事の発端は、雹がいかにも怪しいですよ胡散臭げですよと言わんばかりの古本を入手した事だが、とりあえず、「ソレ」を作り上げた所から話を始める。
チーン☆
軽い鈴の音を室内に響かせ、出来上がりを知らせたオーブンの中には香り芳しいカップケーキ。
「んー、上出来上出来vv」
後は、これを箱に詰めて、と雹はエプロンを外す。
「爆くん、喜んでくれるかなvv」
ハートマークを空気汚染に値するくらい撒き散らし、雹は爆に手渡す所を想像する。
その内、鼻血が滴ったので彼の頭の中は夜にまで進んでいるのだなぁ、と傍から見たチャラにも解った。
「で」
カップケーキ作りを強要されたチャラが問う。
「このケーキには、何が入ってるんです?」
「僕の愛v」
「あぁ、惚れ薬ですか」
身体をくねらす雹を他所に、テーブルに置かれた「家庭で簡単に出来る惚れ薬」というタイトルの本を見たチャラだ。どうでもいいがご家庭で簡単に作っていいのか惚れ薬を。
「言っても無駄だと思いますが……薬の力を借りて情けないとは思わないんですか」
「何を言ってるのさ。僕は照れ屋の爆くんの背中をそっと押してあげたいだけだよ」
そっと押してあげたいだけの割には別の物に混入したりと小細工が多いような気がするが。
「さて」
綺麗に装飾された箱を抱え、雹は意気揚々と爆の元へ向かった。
明るい未来が待っていると、信じて疑わずに。
「ばっく、く〜んvv」
スタッカートな節をつけ、爆に抱きつき、かわされる。
いつもの日常だが、もう終わるかと思えば少し寂しい。
数分後には、自分達は周りの空気をピンクにしてしまうくらい、ラブラブになるのだから!!
「……何を貴様は拳なんか作ってるんだ?」
「何でもないよ。
それより、ケーキ作ったんだ。食べてよv」
君の為に作ったんだ、と箱を開けると、ふあんとバニラの甘い香りがする。
その芳香に包まれ、雹に警戒していた爆の表情が柔らかくなる。そんな変化を目の前で見せられ、はうっ!と卒倒しかける雹。
いやいやダメだ。こんな所でお腹一杯している場合じゃない!これから自分に甘えまくってくれるであろう爆を、しっかり受け入れなければ!
「チョコが入ってるんだな」
「あ、うん。こっちはアーモンドだよ。で、そっちはキャロット、マロン」
どれにしようか、と悩む爆が可愛い。
爆の視線が箱の中に集中しているのを幸いに、だばーと鼻血を惜しげなく流す雹であった。
「これにしよう」
と、爆が手を伸ばす。雹の中でカウントダウンが聴こえる。
薬の効能は、摂取してすぐだ。ケーキを食べ、最初に見た人を好きで好きで好きでどうしようもなくなるのだ。
「ん……美味いな」
「でしょうv」
何せ、僕の愛と君の未来が詰まってるんだからvと付け足す雹。
もくもくとケーキ一個を平らげた爆。
後は適当に呼びかけて、自分を目の中に入れてもらえば万事完結☆!!
「ねぇ、ば………」
「爆、こんな所に居たのか?」
雹のセリフをすっぱり遮り、どうりで部屋に居ない訳だ、というニュアンスを込めた声。
「炎」
と、その名前を呼び、振り返る爆。
ばっちり2人は目が合った。
何か爆の様子が変だ、と炎は思った。
自分の名前を言って、振り返ってからの反応が、無い。
反応は無いが……変化は明らかにあった。
「爆?」
もの言わず、自分を見ているだけの爆に近寄る。
「爆、どうした。気分でも………」
「くっ…………」
爆が呻く。
「”く”?」
まさか苦しいのか、と顔を覗き込めば。
「く………来るなぁぁぁぁぁぁぁぁ----------ッツツ!!!」
ゴパギャ!と覗き込む姿勢のせいで、それはもう爆の蹴りは炎の下顎に決まった。
そのまま、爆は全速力でその場……いや、炎から遠ざかる。
脳と身体の連結部に衝撃を負った炎はぐわんぐわん揺れる気分で、何とか起き上がる。
「何……何だ?」
「炎-------!!テメ------!!
何て事をしてくれたんだ!!!!」
何とか起き上がった所を、雹にがっくんがっくん揺さぶられる。常人だったらここで気を失う所だが、炎なので正気を保ち、なおかつ相手に一発食らわす事も出来た。
「何をしたも何も、今何かされたのは思いっきり俺じゃないか!!」
「あ-----!あああ----------!!僕と爆くんの明るい未来が-------!!
こんな生え際のキテるヤツに邪魔されるなんて------!!」
「キ、キテる訳じゃないぞ!これは単なる髪型だ!!」
うろたえてる場合じゃないぞ、炎様!!
「そうだ、爆!爆はどうしたんだ!!?」
「さぁね。君に愛想つかして僕の帰りを待ってるんじゃないかな」
炎への侮辱と自分の夢を同時に言ってのけた雹。
「そんな訳が………!」
ふと。
炎の目に止まったカップケーキ数個。手作りっぽい。
爆が何かを作っていたのだとしたら、自分が気づかない筈が無い。
よって、これは目の前の雹が作ったものだ。
そして、炎の中で雹が作ったもの=怪しげな薬混入という式が出来上がった。
「お前……さてはケーキの中に、俺の事を嫌いになる薬でも入れたな?」
「まぁ、お前がそういうならそういう事にしてやってもいいかな」
「何でむやみやたらに偉そうなんだ!雹、今日こそは………!えぇい、お前との決着の前に、爆を元に戻さねば!!」
雹の汚い計画の産物とはいえ、自分を嫌いな爆など。
下手すれば神経衰弱で自分は死んでしまう。
原因の薬入りのケーキを持ち、炎は行った。恐らく、分析して中和剤でも作るのだろう。
(ちぇ、惚れ薬失敗だったか……)
まぁいいや、文献は一杯あるから、と雹は以外に前向きだった。ちょっと斜めの方向だが。
さて。
その頃の爆だが。
実は。
雹の薬は、ばっちり効いていた。
それも、本来の効能で。
<続く>
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