「それにしても……っかしぃなぁー……」
ぽそり、と雹は一人で呟く。
さっきの失敗惚れ薬。手順や材料を見ても、何処を間違えたのかが解らない。
失敗したから次の薬〜vと思った雹だが、何せ、将来は自分達の愛の結晶を宿らす身体だ(それは妄想ですよ雹様)そう何度も薬を投与しても良いものか、と思いとどまっている。
そうなると思考の矛先はさっきの薬に向かい、調べた所、どうみても失敗作とは言えない。残った薬の成分を調べても、だ。
ふと。雹は自分のセリフを思い出した。
”爆くんは、照れ屋だから”
「……まさか………」
ざぁぁぁぁぁっと青ざめた。
ケーキの中の薬の成分を調べ、さっくりと中和剤を作り上げた炎は爆の元に向かう。
さて。
中和剤を作ったはいいが、あの爆にどう飲ませようか。
さっき来るなと大声で言われた事を思い出し、ずどーんと心が沈む。あれは雹の卑怯な薬のせいだから、と100回以上自分に言い聞かせてようやく立ち直った。
「全く、厄介なものを……」
今の爆は、自分を嫌いだ。
嫌いなヤツの渡したものを、素直に飲んでくれるものだろうか?
しかし、やらねばあのままだ。
一体どんな罵詈雑言が飛んでくるのか……
今までの爆との思い出を、せめて頭に満タンにして、爆の元へ向かった。
こん、こん、とノック。
「爆?入れてくれるか?」
気配は感じるから、居留守でも使われるんじゃないかと思ったが、意外にあっさりとドアは開いてくれた。
「……何しにきた」
睨まれてる、というのをひしひし感じ、う、となりながら炎は本題を切り出す。
「あー、何だ……爆。
さっき、食べたケーキにはだな、実は雹が妙な薬を仕込んでいて………
今、オマエ何か変だろ?」
「……………」
爆は言葉は発せず、こくりと頷いた。
「それはそのせいだ。で、俺が中和剤を持ってきたから」
これを飲めば治るぞ、と差し出す。
が、爆はそれに手をつけようとしない。
「爆?」
「……じゃない」
セリフ前半は聞き取れず、何を、と聞く前に。
爆が、抱きついた。
自分を見上げる顔は、紅潮していて、目は、潤んでいて。
「………っ、」
「薬の、せいなんかじゃない………!
炎……好きだ」
ガシャン、と。
中和剤の入った瓶が床で砕けた。
ギィ、と普段なら気にも留めない筈の、ベットの軋む音ですら、耳につく。
それだけ、神経が張り詰めている証拠だろう。
緊張している……が、悪くないものだ。
圧し掛かった身体を浮かす、腕の間に爆の身体がおさまっている。何だか、爆が檻の中に居るような、倒錯した錯覚。
「爆…………」
呼んで、頬を撫でれば、それだけで戦く。
怖くはしないから、と言いたい所だが、そういう訳にもいかないだろう。
未知な体験は、怖いものだ。
せめて、ゆっくり。
身体の反応に、心が追いつくまでは待ってあげたい。
綴じてしまいたいのを堪えている為か、睫が震えている。
大丈夫だから、と頬にあった手を頭にし、優しく、優しく撫でた。
そして、最終確認をした。
「----本当に、いいのか?」
「いい訳があるかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああ!!」
バギャドカーン!!と雰囲気とドアをぶち壊して雹様登場!
「炎-------!!貴様何をしてんだコラ-----!!」
「雹-----------!!?お前ここまできて邪魔をする気か!!」
直前だった爆をシーツに纏わせ(何せ衣服が肌蹴られてますので)、臨戦態勢を取る炎。
「ここまでもそこまでもあるか!薬で操られてる爆くんをいいように手玉に取るなんて、お前人間じゃないよ!!」
注:爆が飲んだ薬は、雹様が作ったものです。
「待て。それはどういう意味だ?」
「さっきのケーキに入ってたのはね、惚れ薬なの!一番最初に目に入れたものを好きになるようにね!」
「だったら、さっきの爆の態度は何なんだ!?俺を見て蹴って去ったじゃないか!!」
「爆くんは照れ屋だから、好きな相手に照れ隠しで暴力しちゃうんだよ!仮にも好きならそれくらい解れ!!
「仮にもとは何だ!俺は正真正銘、爆が好きだ!!」
ここに冷静な第三者が居たら、つっこむ所はそこじゃないと、炎に言ってくれただろうに。
「それにさっきにだな」
炎は爆をぎゅう、と抱きしめた。爆が赤くなり、雹も赤くなる。前者は羞恥で後者は憤怒の為だ。
両方のリアクションに気を良くし、炎は言う。
「薬のせいなんかじゃないと爆は言ったんだぞ?」
「酔っ払いが自分の事を酔っ払いって言う?」
冷静な目で雹が言う。
炎は暫く考え。
「まぁ、今回は不本意にも薬の力を借りる羽目になったが、遅かれ早かれ爆とはこうなってるに違いない。相手が俺だったというのも、何かの運命だろう。
と、言う訳で何も問題ナシ!」
「無い方を探すほうが難しいよ!爆くん、今そこのデコっぱちから助けるからね!」
「人の身体的特徴を侮蔑に回すのはある種の人権差別だぞ!!?」
そんな血の叫びを放つ炎の頭には、幾つものヘアスタイルが思い浮かべられている。
闘気と殺気を十分に漲らせ、2人は対峙する。
と。そこへ。
「あら、何か賑やかね」
天母さん乱入。
「姉上!?」
「姫様!」
雹が先生に告げ口するように言った。
「聞いてください!貴方の愚弟が卑怯にも爆くんに一服盛り、本人の意思とは無関係に一方的に身体の関係を結ぼうとしているんですよ!?」
「それはそのままそっくりお前の当初の計画だろうが!
姉上、違います。俺は心も爆と繋がりたいと思っているんです!」
弁解するのはそこじゃないと思うぞ、炎様。
「まぁ、困ったわね」
本当に困ったものである。
が、セリフの発信源の天は、大して困った風もなく。
「とりあえず、爆に中和剤を飲ませましょう。話は其処からでもいいわね?」
2人に顔を向け、そう訊いた。
「しかし、姉上……先程俺が作ったのは、床に落ちてしまって」
「大丈夫、ここにもあるわ」
どこぞのネコ型ロボットみたいにぱかぱかーんと中和剤を出す天。
「何で姫様がすでに中和剤を!?」
と、驚く雹に、天は。
「女の子には、秘密いっぱいなの」
と、答えた。
「姉上……曲がりもなりに一児の母に女の子はキツいぐは!」
いらん事を言った炎に、実姉からの裏拳がヒットする(ちなみに天の表情、変わらず/怖)
実は、天、チャラから事情を聞いていた。
発端は雹だが、爆が関係するとなると当然炎も出てくるだろうし、だったら炎にも敵う天に相談を持ちかけるのが最も適切だろう、との判断の上である。チャラは実に賢明である。
「さぁ、爆、飲んで」
「これを飲んだら……炎の事が好きでなくなってしまうのか?」
爆の目が不安に揺れる。天は優しく微笑む事で、それを取り去った。
「貴方が本当に好きなのだったら、そんな事はないわ」
笑顔に後押しされ、爆は中和剤を飲み干した。
で。
爆は元通りになった。
元通り。
当然、炎にモーションかける真似もしない。
………………
悲しみに打ちひしがれる炎を見ると、「めでたしめでたし」という締め方を使っていいものか、迷う所であった。
<了>
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