四日ぶりに会った三笠校長は、前よりかなり焦っている様子だった。行動に出られた事であの脅迫文が現実になると恐れまくっているんだろう。
 来る途中、走り去るパトカーを二、三台見かけた。何か、事件でもあったんだろうか。
「昨夜の午前二時だったそうです。体育館の方に、何者かが侵入したような音を用務員が聴きつけ、念の為にと行った所、丁度窓ガラスを割ろうとしているような素振りの所を目撃しました。用務員が声を上げると、そのまま逃げ去った、との事です。
 何か変わった事があればすぐに連絡しろ、と職員全員に申し付けていたんですが、夜も遅かった事もあって朝まで待ったそうです。いや、全く」
「うん、まぁ、そんな夜中に連絡されても、こっちも迷惑だしね」
「あ、はぁ………」
 その事について怒られる、と思って恐縮していたらしく、店長のセリフに拍子抜けしたような声になった。
「この事は、何か関係あると思いますか?」
「今の時点では、何とも」
 店長は悪びれもせず、肩を竦めただけだった。
「とりあえず、当人に話が聞きたい。どうしてそんな時間に、学校に居たんだろうね。何か知ってるかい?」
「や、私は何も………
 ………! まさか、彼が差し出し主だとか!?」
「そうだとして、自分で納得出来る結論かい?」
「……いえ、無いと、思います」
 前校長とその用務員が繋がってたら、また話は別なんだろうけどね。この人はそんな事実は無いと踏んだのか、考えがそこまで及びつかなかったのか。
「では、今から呼び出します」
「いや、こっちがものを尋ねるのだから、赴こうじゃないか。ちなみに、その人は手紙の事を教えたのかな」
「いや、教えてません。所詮、用務員ですしね」
 人の職業を軽んじる発言は、校長としてどうだろうね。やっぱり、この騒動はこの人個人を狙ったものじゃないだろうか。


 用務員室は、体育館に一番近い校舎の、突き当たり一帯を占めていた。用務員室といより、宿直室と言ってもいいかもしれない。小型のガスコンロに、ちゃぶ台。押入れがあり、中には布団があるんだろうか。
 ドアを開けると土間のようなスペースがあり、そこに鍬や熊手や箒がいくつも立てかけられている。ドロだらけの長靴も三、四足転がっていた。畳のスペースに座り、話を聞く。嬉しい事に、ここでのお茶も、校長室で飲んだお茶と同じ茶葉だった。それに、今日はお茶請けの菓子もある。真ん中に、でん、とお盆の上に駄菓子が山のように積まれていた。醤油味で海苔が巻かれているあられをぽりぽり食べる。
 彼の名前は小郡 太助と言った。年は六十歳で、潔く頭はつるっぱげ。日に焼けていて黒い。普段外で作業しているからだろう。体力も他の年代の人よりありそうで、服の上からでも身体がしっかりしているのが解る。
 毛髪は無くなったが、その分が眉毛に回ったみたいだ。その立派な眉毛は、彼の印象を強面と認識させる。
「昨日は、ウサギが一匹具合が悪いから、付き添って居たんだよ。疑うなら、四年三組の飼育委員に聞いてくれ」
 小郡さんは自分が疑われていると思ったのか、必要以上に突き放す言い方をしたと思われる。多分、校長はこの人を疑っている。店長には具体的な理由を上げれなくて、撤回したようだけど。
「別にその事はさほど重要じゃないよ。私が一番知りたいのは、忍び込んだのがどんな人物だったか、という事さ」
「関係者じゃないあんたに、何で言わなくちゃなんねーんだ」
「小郡さん!」
「いや、三笠君。取り繕う事はないよ。彼は正しい」
「そんな事、貴方が言う事ですか!だったら、何をしに来たというんですか!」
「そうだねー。何をしに来た、と言われると困るけど、何をしたいかというのは答えられるよ。もう少し、このお茶を飲みたい。飲んでごらん。三笠君が淹れたのより、美味しいよ」
「へー、あんたは味の解る人だな」
 三笠校長が口を開く前に、小郡さんがにやり、と笑いながら言った。
 そうだ、確か番茶は熱湯で淹れるのが良かったんだっけ。小郡さんはちゃんとヤカンでお湯を沸かしてから淹れていた。多分三笠校長は、ポットの湯を使ったんだろう。
「味が解るというか、お茶が好きなだけさ」
「それがいいんだよ。せっかくいい茶を貰ってるのに、お座なりにポットで淹れて終わりよりかは、うんとな」
 小郡さんのこの言葉は、暗に三笠校長を皮肉っている物だろう。三笠校長は何か言いたそうな顔をしていたが、店長やワタシの手前、黙殺する事にしたようだ。
「よし、話そうじゃないか。
 昨日、生き物小屋の、放課後の世話係の子がウサギの様子が可笑しい、って俺に言いに来たんだ。見に行ったウサギは、確かにちょっと具合が悪そうに見えた。でも近所の動物病院は休診日で、明日の朝イチに連れてくと子供達に約束して、異変にすぐ対応出来るようにここにと泊まる事に決めたんだ。女房に電話を入れたのは、八時過ぎだったかな。
 ウサギの様子は相変わらずだったが、悪くもなってなかった。この調子で朝まで続いてくれよ、と祈りながらこの部屋に居ると、足音が聴こえたような気がしたんだよ。あの辺は下が砂利だからな。どうやったって、音は消せねぇんだ。
 どこでも不良のバカどもってのは居やがるもんでな、そういうヤツが暇つぶしに落書きか窓ガラスか割りに着やがったか、と俺はそこの箒持って、音のした方----体育館の方に行ったんだよ。ゆっくりとな。花壇の縁の上を歩いたおかげもあって、相手は俺に全然気づいてないみたいだった。
 夜更けもいい所の時間だったが、月のおかげで誰か居る、くらいの判断は出来たな。そいつが、両手を上に振り翳したんだよ。近くに転がっていた煉瓦か何かで、窓を割ろうとしてるんだ、と思った俺はすぐさま声を張り上げた。コラー!何してやがるー!……ってな。
 そしたらそいつ、まさにウサギみたいにぴゅーって出ちまってな。閉じてる正門をひょぃっと超えて、あっと言う間に消えちまった。俺は念の為、ぐるりと体育館と校舎を見回って、またここに戻ったって事だ。
 後は朝にそいつの家に電話を入れて、獣医ん所にウサギを持ってった、て所だな」
「その忍び込んだ人がどういう人か、ってのは解ったかな。男とか、女とか」
「まさか、ウチの生徒だったりしないだろうな?」
 三笠校長が詰め寄るのを、店長はやんわりと制した。
「ありゃ、男だな。大人の」
 小郡さんは意外とはっきり言った。
「ガキじゃねぇ。身のこなしで解るんだ」
「本当だろうな」
 三笠校長はまた言う。
「言っちゃ悪いが、あんたよりうんと子供を見て来てるんだ。真夜中でも間違えたりしねぇよ」
 それにな、と続ける。
「仮にガキだったとしても、此処のヤツじゃねぇよ。正門から逃げたからな」
「と、言うと?」
 店長が聞く。
「ここの学校のフェンスの一部、一箇所破れてんだ。裏道に通じた所にな。
 どんな生徒でも知ってる。正門から逃げたんじゃ、前の家に見られるかもしれねぇだろ?誰だってこっちを選ぶに決まってる。
 おっと、お茶が無くなったか?欲しいなら湯、沸かすぜ」
「なら遠慮なくお願いしようか」
 店長がちゃっかり頷く。横で三笠校長は顔を顰めていた。
「フェンスが……?そんな事、聞いてないぞ。どうして、私に連絡しない。施設不備じゃないか」
「固いこと言うなよ、校長先生。それくらいの遊び、許してやっても」
「無責任な事を言うな。もしそれで事故が起きたら、私の責任になるじゃないか」
「へぇ、なら、せっかくの抜け道なくして、高くて落ちたら危ない正門をよじ登らせるか?」
「屁理屈を捏ねるな!どうして、生徒がわざわざよじ登ると言える!」
「それが子供だからだよ。あんた、解って無いなぁ」
「この……!」
「次に気になるのは、その不審者の目的だね。何をしに来たのか」
 逸れる会話は、マイペースな店長の一言で修正した。三笠校長は、ワタシ達の手前であるのを忘れていたバツの悪さに、顔(と、前頭部)を赤くした。
「そうだな。途中からだが、あの足音は体育館に一直線に向かってたような感じだった」
 彼の思い出す時の癖か、顎を指先で掻きながら言う。
「悪戯で窓ガラスを割るなら、校舎ので十分事が足りる筈だ。それとも、体育館の窓はそんな悪戯心を擽られるようなものなのかな」
 この部屋からだと、体育館は見れない。先日も、校長室にさっさと行ってさっさと出たから、体育館は景色の一部としか見ていない。
 店長の言い方に、小郡さんは愉快そうに笑った。
「割りたくなる窓か!そりゃいいな!
 けど、違うな。むしろ割りにくい窓だ。小さいし、上の方にあるし。だから、ちょっと割るのに間があったんだな。真っ暗で、標的が決めにくかったんだ」
 その自分の言葉に、自分で深く頷いた。
「そうか。なら、侵入しようとしたんだね」
 店長が言う。
「でも、体育館に何があるって言うんだ?」
「……金目の物は、無かったと思いますが」
 三笠校長が、言ってみる。
「置いてある物を教えてもらえるかい?」
 店長の言葉に、三笠校長は必死に記憶の糸を辿り寄せているようだった。文字通り、首を傾けている。そして、うわ言のように言う。
「……まず、舞台にピアノですな。あとは用具室に、授業で使う跳び箱等の用具一式や、ボール……
 ……あ、まさか、ユニフォーム泥棒!?」
「いいや、普段の練習は体操服でやってるし、ユニフォームはどこの部活でも大会や練習試合にしか使ねーから生徒は自宅に持ち帰ってるぜ」
 小郡さんにはっきり言われてしまったが、三笠校長はめげない。
「なら、体育館シューズは?」
「それは生徒の机の横にかけてある。袋に入れてな」
 物分りが悪いな、といった目つきで小郡さんは三笠校長を見て言った。
 と、なるとますます目的は何なのか。
 ……いや、待てよ。体育館?
「……音楽祭で使う物は、置いてないんですか?舞台袖に置いてある、とか」
 ワタシの言葉に、店長を除く二人の顔がこっちを向く。目立ちたくは無いのに……
「そうか。それに結び付けないとは、うかつだったな」
 頭をぺし、と叩く小郡さん。
 三笠校長は、最初ワタシの方を見ていたが、今の発言で小郡さんを向く。
「ちょっと、待った。君は知っているのか、その……」
「音楽祭を中止しけりゃ自殺するって手紙が来たんだろ?知ってるよ、とっくに」
「私は教えた覚えは無いぞ!」
「あんたはな。でも、俺に協力してくれって言って来た人が居る。俺は先生方が知らない生徒の一面も、よく知ってるからな」
「誰だ!君に言ったというやつは!」
「その様子だと、とても言えねーな。いいじゃねぇか。自分の預かり知らぬ事があっても?
 ほらほら、話を戻そうぜ」
 三笠校長は、最後に荒く鼻息をし、とりあえず終結させた。顔を小郡さんじゃなく、店長に向ける。小郡さんの無礼に腹を立てていた顔は、店長を見た事で今の事態を思い出し、だんだんと顔の色が赤から青へと移り変わっていく。
「では……本気なんでしょうか?。本気で、自殺しようと……?」
 三笠店長が小声で言う。でも、それは違うと思うんだけど。
「いや、それはどうだろうね」
 と、店長は言う。
「自殺予告を出す子、というのは多分本当は自殺したくないからだと思うんだ。今回の例を取ると、死にたくないけど音楽祭をされると死ぬしかない。だから中止してくれっていう事じゃないかな。そうだとすると、こうまで徹底的に実力行使まで出て妨害しようとするのは、やっている事が可笑しい。
 と、私は思うんだけど、三笠君は、どう思う?」
「……あ、私も、そう思います」
 本当かよ。小郡さんがそんな風に呟いたのが、聴こえた。
「でもね、この前話を聞いた時から思っていたことなんだけどね。この手紙の差出人は、音楽祭を中止にしたい為に、自殺っていう言葉を使ってるだけのような気がするんだ」
 店長は、その中心が三笠校長個人を狙ってかもしれないかもしれない、というのは黙っていた。またややこしく話が逸れるのが目に見えているしね。
「……そう、なんですか?」
「まだ憶測の域は超えてないからね。断言するのは危険かな」
「彼が言うには、大人と言う事だったから……教員の誰かが……?」
 もし合っていればの話ですが。と、言外に言っていそうだ。店長はそれには答えず、ちょっと考えているようだった。
「で、結局、音楽祭で使うものは、何処であるんだい?」
「校舎内の空いた一室に収めてあります。丁度、この部屋の反対の突き当たりになりますよ」
「近いね。ちょっと、行ってみようか」
 店長が立ち上がり、慌てて三笠校長も立ち上がる。
「中もご覧になりますか?」
「そうしたいね」
「なら、鍵を持ってこないと。壊されたら困るので、かけてあるのです」
 職員室は隣の校舎だ。三笠校長は、部屋の前まで案内すると、少し待っててください、とちょっと小走りで行った。ここには部活で使うような教室が無いのか、生徒の声は遠い。体育館の中からの掛け声がよく聴こえるくらいだ。
 店長が音楽祭で使う飾りを気にしたという事は、ここに事件解明の鍵があると踏んだからだろう。
 確かに、音楽祭を行うとなれば、ここにあるのを使うし、中止するとなると使わない。ここにある何かを、使われたら困る人物が自殺を褒めのかして中止させようと企んだというのは、考えられる。あるいは、此処から物が無くなると困る、とか。
 が、そこで朱麻先輩の言葉が思い出された。そんな事をして、誰が得をするのか?
 やがて校長が戻ってきた。手にした鍵がチャラチャラと音を立てる。
 カチッ、と音がして、戸が開く。日に焼けるのに対策してか、カーテンは暗幕になってとても暗い。三笠校長が電気のスイッチを入れて、部屋の中が見渡せた。中は割りと整頓されていた。少し接着剤やニス等の色んな匂いが混ざってはいるが、息が出来ない程でもない。
 店長はとりあえず周囲をざっと見回す。
「此処に音楽祭で使う物があるのは、誰でも知ってる事かい?」
「……どうでしょう。秘密にしている訳でもありませんが、教えてる訳でもないので……まぁ、聞けば簡単に答えるとは思いますが。
 ……と、言う事は、部外者で?」
 三笠校長の顔がちょっと明るくなったように思えた。結局この人は、校内から犯罪者や自殺者が出るのだけを恐れているみたいだ。
「さて、今回の事とは別件とも考えられるしね」
 店長は素っ気無く言った。
 棚からはみ出ているものが、音楽祭で使うものだ、と三笠校長は説明してくれた。
 まず、第百回音楽祭と大きな毛筆で書かれた立て看板。どこかの門に置くんだろう。舞台の上からぶら下げる為の看板は横書きで、こっちはポップな感じに仕上がっている。音符のイラストが沢山描かれていた。その看板は四つに分かれていて、ばらばらのそれを繋げると、大きなひとつになるようになっていた。周囲には薄い紙で作った花があしらってある。
 それから、色紙テープを編んで作ったモール。かなりの量だ。
 そして、クス玉。表面は綺麗な空色の紙を貼ってある。
「……小学生が作ったにしては、立派ですね」
 表面を軽く撫でてみる。それだけで、しっかりとした作りなのが解る。
「いえ、違うんですよ。クス玉はすぐ近くの高校の生徒に作ってもらったんです。ここの校庭からでも、その高校がちょっと見えますよ」
「その高校って、英生高校ですか?」
 ワタシは聞いてみた。と、いうかそれしか無いのだが。
「えぇ、ご存知でしたか。
 クス玉をやりたいな、と思ったのは唐突にでしてね、どうやって作ればいいのか、皆見当もつかないんで英生高校の校長にちょっと話してみたんですよ。あそこの河出さんとは、ちょっと顔見知りでして」
 それも知ってるよ、とこそっと心の中で呟いてみる。
「そうしたら、あの高校、演劇部が盛んでして、そして部員も多いんで、裏方の仕事にしても人があまるくらいなんだそうです。主に新入生がね。毎日発音練習ばっかりじゃ可哀想だから、その子達に任せてやってみてはくれないかって事で、作ってもらえる事になったんですよ。
 河出さんは学生時代、ずっと演劇部だったんで、個人的によく顔を出してたみたいなので、そういう事情をよく知ってるんですな。
 おかげで、こんな立派な物が貰えましたよ」
 嬉しそうにクス玉を撫でていた三笠校長だが、不意に表情が翳る。
「……音楽祭を中止にしたとすれば、このクス玉もお倉入り、って事になるんでしょうねぇ……それか、廃棄か。河出君にも、申し訳ない……」
「他に再利用が出来ませんか」
 ワタシの言葉に三笠校長は苦笑した。
「無理ですよ。中に、「祝!第百回音楽祭」という垂れ幕が入ってるんですから」
 あぁ、そうか。それは、無理だな。ついでに、次回に回すのも無理だ。垂れ幕だけ変えて、とかは。……出来るのかな?
「ところで、こういう類の物は、いつもここに仕舞っているのかな」
 店長が言う。
「いえ、貰うのが早かったもので。向うの場所を塞ぐ訳にもいかないので、出来た時に貰ったんです。確か、先週の火曜日だったかと」
「どうやって運んだんだい?」
「近いですから、リヤカーで。放課後、生徒会の子と、その顧問の先生が運びました」
「ふぅん………」
「茶紀さん……」
 恐る恐る、といった具合に三笠校長が店長に言う。
「あの……大丈夫なんでしょうか。音楽祭は、もう三日後ですよ」
「あぁ、そうだったね」
「そうだったねって………!」
 まるで緊張感の無い店長の言葉に、三笠校長が絶句する。しかし、店長はいつもの様子を崩さない。
「そんな!話が違う!」
 ヒステリックに叫んだ。
「話が違う?言っとくけど、私は解決してやるなんて、一言も言ってないよ」
 言われてみれば、確かにそうだな。
「三笠君、私は最初に言ったね。本当に心配するなら、警察に連絡すればいいって。茶葉屋の主人じゃなくてね」
「だったら、どうして最初から断らなかった!そうすれば、私だって警察に連絡したんだ」
「----本当かい?」
 そう言って、店長は笑みに細めていた目を、少し開き三笠校長を見た。見据えた。睨んだ訳でも射抜く視線ですらなかったが、その眼は逸らせないものがあり、相手の怒りや激昂をあっさり殺いだ。三笠校長は、水をかけられた犬のように大人しくなっている。
「明日には、」
 と店長は唐突に言う。
「音楽祭を開催するべきか否かを教えてあげるよ。美味しいお茶の代わりにね」
「……ほ、本当でしょうね。信じていいんですか?」
「それは、自分で決める事だよ」
 店長は、悪魔のようにその心の隙に付け込むような事はしないが、かと言って神のように自らに救いを求める者を助けない。


 駅に着く頃にはすっかり遅くなっていた。店長と別れた後、先輩に連絡しようと、携帯電話でメールで報せる。しかし、却って来た返事は思いがけないものだった。
『駅のどの辺に居る?今、近くの商店街で買い物中』
 ワタシはすぐさま北口、とキーを打った。が、急ぎすぎた為指がもつれ、結果普通に打った時と変わらないように思う。
 すぐ行く、という返事で待つと、五分くらいしただろうか。朱麻先輩がやって来た。
「やっほー。待ったか?」
「いいえ、ちょっとしか」
 軽く手を上げ、朱麻先輩はやって来た。私服の朱麻先輩を見るのは、実に久しぶりだ。
「タイミング良かったな。丁度、買い物が終わった所だったんだ。
 ……で、何か解った?」
「……いいえ。店長は解ったような事は言ってましたが、ワタシには何も……」
「教えてくれなかったのか?」
「何か、「最終確認してからね」とか言ってたので」
「??? 何だろうな?」
「さぁ………」
 朱麻先輩と一緒になって、首を捻る。
「秘密調査とかしてたのかな」
 歩きながら、会話する。駅前商店街は、近所に大型スーパーをライバルに持ちながら、それでも人の呼び込みに成功している。
「……ワタシが知っている限りではそんな事はありませんでしたけどね。それに、今回はそんなに店長の興味を特別に引く事件でもなかったですし」
 もし被害者が茶園の主人だったりしたら、それはもうインターポールお手上げの手腕と行動力を見せ、速攻で事件解決に心身を注いだだろう。で、もし犯人が死体で転がってたら、ほぼ百%の確率で店長が始末したに違いない。
「そういやさ、」
 と、朱麻先輩。
「行った小学校って、英生高校の近くだったんだろ?テレビのカメラとか、来てたか?」
「何かあったんですか?」
「うん、昨日さ、何か自殺したかで川原で高校生が見つかったじゃん。あれ、あの高校の生徒だったんだよ。図書室で新聞見てたら、載ってたから今日の夕方のニュースでそれ、やるかもな」
「え……………」
 昨日の死体が英生高校の生徒………
 ……もしかしたら、もしかするんだろうか。
「新聞、」
「え?」
「近くのどこかにありませんか。今すぐ、新聞が見たいんですが。新聞というか、それのもうちょっと詳しい情報が知りたいんです」
「それだったら、携帯で見れるかも!パケ放題入ってるから見てやるよ」
「お願いします」
 ニュースのサイトを開いて、リンクを絞り込むと待望の記事が出て来た。
 その英生高校の一年生は、先週の月曜日から行方不明で昨日の死体発見まで自分の通っていた幼稚園を初め、まるで自分の走馬灯を足で辿るように回っていたらしい。それまでの母校は、通っていた高校から駅で下りに四つの所にある。実家もその近くにある。丁度ワタシと反対だな。
 遺体は死後日は経っていて、目撃情報を合わせて月曜日の夜か火曜日の朝に自殺したと思われる。遺体が発見された川には、一キロ上流に橋があり、たぶんそこから飛び降りたのだろう、という事だ。現場は町や道路から外れていて、滅多に人は来ない為、発見が遅れた。
 朝から幼稚園と小学校を回り、中学校の放課後、校庭をうろついているのを職員に目撃されている。話かけようと思ったら、逃げられるように駆け出したのでよく覚えていると証言した。これが、生きている彼が誰かに目撃された最後だったらしい。途中、失踪時に持っていた所持金でその時の空腹を凌ぐ為、行き先のコンビニで食料を買い求めたのは防犯カメラに映っていた事で解った。最後にコンビニに入ったのは、月曜日の昼だった。
 彼は大人しく、挨拶も出来る礼儀正しい子で、四月からは演劇部に入り、そこでもさぼったりはせず真面目に活動に参加して、とても楽しそうだったと生徒は証言する。
 記事にはそんな事が書かれていて、今後詳しい足取りや、自殺した動機について警察は捜査していくという文で締め括られていた。
 ……て、事は、今頃英生高校の校長は、インタビューにいじめの事実は無かったと聞いています、とか表情を強張らせて答えてるんだろうか。
 いや、それより……
「阿柴。阿柴!」
「え、あぁ、はい」
「どうした、急に黙って。腹でも痛いか?」
「いえ、別に冷たい物は食べてません」
「じゃ、自殺予告文を出すヤツが解ったとか?」
「……………」
「眼、泳いでるぞ。
 解ったなら教える、っていう、約束だったよな?」
「……いや、解ったっていうか……これだと筋が通るな、っていうくらいで……」
「それでもいいよ!こっちはそれだって解んないんだから!さあ、言えって!」
 ワタシが逃げられないように、両手をがっし、と掴む。
 さぁどうする。そんな披露するものじゃないし、でも言わないと朱麻先輩怒るだろうし……
「……もし、後で違っても、怒ったりバカにしたりしません?」
「しねぇよ、絶対!て言うか、言わないと拗ねるぞ」
 唇を尖らして言う内容に、一瞬その顔見てみたい、と思ったが、ここは我慢する事にした。


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