格好つけて、小説みたいに徐々に疑問を片付けていって、最後に肝心な部分をどーんとバラす、という演出を考えてみたが、しようとすればする程説明がこんがらがるような気がしたので、最初から結論を言う事にした。
「つまり、朱麻先輩。クス玉なんです。これを開けられたら困るから、音楽祭を中止にさせたかったんです」
「え、何でまた」
「多分、その人はそこに遺書が入ってると思ったんでしょうね」
「遺書!?誰のだよ」
「昨日発見された、自殺した人の」
「自殺したのは、高校生だろ?何で小学校にそんな手紙が届いたんだ?」
「うーん………」
 あぁ、やっぱり筋道立てて説明するのは、難しい………
「質問形式にしましょう。解らない点を、言ってください。それに答えるような感じにします」
「うん、解った」
 朱麻先輩は頷く。
「えーと、じゃ、手紙を出したのは誰なんだ?」
「多分、それは……英生高校の校長、が一番可能性が高いと思います」
「校長が?どうして」
「それは……これも多分ですが、記事には最後に目撃されたのは中学校と出てますが、多分ワタシは高校にも行ったと思うんです。発見された場所は高校の近くでした。学校には行かないで自殺する為だけに行く、というのも何だか可笑しいです。行っている可能性は、高いと思います」
「記事に載ってないって事は、校長は見た事を隠してるって事だよな。……まさか校長が殺したとか……」
「いえ、事故か自殺か殺人かは解りませんが、少なくとも校長は殺してはいません。小学校に行ったついでに高校へ行ってコーヒー届けた事は言いましたよね。その時、校長に会ってるんですが、とても人を殺したようには思えませんでした。酷く、疲れてはいたみたいですけどね」
 そう、手持ちの豆の配分を忘れてコーヒーを貪るくらいに。あの時河出校長は、その生徒が死んだまでは知らなくても、行方不明になっているのは知っていたんだろう。だから、コーヒーが無くなってしまった。それでも足りず、インスタントのコーヒーにすら手を伸ばした。少しでも、気持ちを落ち着けたくて。
 あの人は喉の渇きを癒すより、精神安定剤としてコーヒーを飲んでたと思う。自身、そういうような事も言って居た。
 それに、あの人は三笠校長が何か悩んでいるのをすでに知っているような口ぶりだった。あわよくば、店長から聞き出して、それに協力するつもりで居たのかもしれない。
 三笠校長は自分で考える力の足りない人だ。誰かにそれは絶対中止した方がいいと強く言われれば、従ってしまうだろう。その後、何か理由でもこじつけて、クス玉を回収すればいい。けれどあいにく、店長は黙秘を決め込んだ。
「その時は、まだ校長は彼が死んだとは知りません。が、自殺したのかもしれない、と考えたんだと思います。だから、小学校にあんな手紙を出したんです。
 あのクス玉を作ったのは、英生高校の演劇部でした。彼もまた、演劇部でした。しかも新入生に作らせたと言っていましたから、彼が携わっていたと考えてもいいと思います。そして、訪れる最後の地として、部室に行ったかもしれません。
 河出校長は、個人的に演劇部とちょくちょく関わっていました。自分の立場もありますから、そんなに手を貸す事は無かったそうですけどね。だから、遠くからちょっと見ただけでも、河出校長がそこにいるのが誰なのか、というのは解ったと思います。今年入ったばかりの新入生でもね。
 そして、それを見たのを最後に、翌日から彼は姿を消します。その時は、まだ皆も風邪か何かと思うでしょう。しかし、校長は違う。校長はは前日の彼を見ています。中学校に見られたのが、その時の放課後、遅く見て五時だったとして、そこから向かったのなら、もう夜も遅くなっていると思います。
 そんな行動を取っている彼を見た後、家に帰ってない、と聞かされたら、事件に巻き込まれたか、自殺したかと思います。その時の彼は、そんな顔だったんでしょうかね。校長は、自殺の方を重く考えました。
 自殺と言えば、遺書です。もしそこに、いじめられたから、という事が書いてあったら、それに気づけなかった自分の責任になります。今の世情で、いじめ問題はかなり過剰に反応されますからね。あの夜の気になる彼の行動と、遺書、という事が校長の中で繋がったんだと思います。つまり、彼が遺書をあそこに残した、と。
 さっきも言いましたが、校長はちょくちょく演劇部にお邪魔していました。その日にやって来ても、誰も気にしたりはしないでしょう。自分で探したのか、顧問の教師にでも聞いたのか----多分、結果は、無い、どこにも見つからなかったんでしょう。
 そしてその時、校長は気づいたんですね。作っていたクス玉が無い、という事に。
 あのクス玉は火曜日に貰ったと言ってました。その後彼は迷います。簡単に、ちょっと返してくれとは言えなかったんでしょうね。事情を打ち明けるには、あの三笠校長は力不足です。あの校長にこんなデリケートな問題を共有するのは危険だと、ワタシはちょっと顔を合わせただけですが、そう思います。
 何とか、向うから返してくれるような事は出来ないか。そう考えた末の、あの手紙だったと思います。音楽祭が潰れれば、あのクス玉は割れる事はありません。あの中に入っている垂れ幕には、第百回音楽祭と書かれてあるとの事ですので、次回に回すにも、他の行事に回すのも出来ないんですよ。だから、その後の運命は返すか、廃棄してしまうか。そうしてもらう事こそが、あの手紙の真意だったんですよ。と、思います」
「じゃぁ、昨日の怪しいヤツは、その校長か。クス玉を壊そうとして」
「まぁ、本人じゃないかもしれませんが、頼んだのは校長だと思います。ついに死体が見つかって、自殺の可能性が高いと聞かされたんでしょうね。クス玉を返して貰わなくても、中に遺書があるかどうかだけ確かめれればいんですから、その場で解体しちゃってもいい訳です。これは、見事に失敗したんですけどね。内部調査が甘かったみたいですよ」
 三笠校長宅に直接手紙が言ったのも、河出校長が出したというなら、納得いく。学校のポストに入れるには、そこまで行くしかない。生徒や教員であればこの上なく簡単だが、部外者によってこれほど厄介な場所は無い。河出校長としては、あまり目立った真似はしたくなかったんだろう。
「見た事を隠しちゃったのは、そんな小細工をした後ろめたさからか……」
 朱麻先輩が言う。
「多分、そうですね」
 店長の最終確認というのは、おそらくは本人に直接聞く事だ。君、三笠君に自殺予告文だしたかい、って。いつものように。
 茶葉の品質を確認するみたいに。


 例の自殺した彼の告別式。それの邪魔にならないように、ワタシと店長は河出校長を待っていた。……だから、なんでワタシまで!
 まぁ、待っていたとかは言ったが、来た時に、それとほぼ同時に河出校長がやって来たのだが。このジャストなタイミングについては、あまり考えないようにする。
 声をかけ、呼び止めた河出校長の姿は、精神的に疲労困憊ながらも僅かばかりのダンディズムが見られた少し前の彼とは違い、心の芯から草臥れていた。記者やら何やら、色々聞かれ、答えたのだろう。そして自分の良心の呵責に。
「一体、何のようだ?」
 その声にも、力が無い。
「うん、いい事を教えてあげようと思ってね。
 彼の動機は、家庭内にあったよ。あの子は俳優を目指したくて、演劇部に入ったんだけど、それは実は親に無断だったんだ。物凄く怒られ理由を話す事も許されずに、退部する事だけを約束されたそうだよ。次の日、夢を奪われた自分の人生に絶望したのか、彼はそのまま死に逝った。
 警察に知り合いが居て、教えてくれたよ」
「そうか……」
 頷いた割には、河出校長はちっとも嬉しそうではなかった。
「もうちょっと嬉しそうにしてくれないかな。君に非はなかったんだからさ」
 店長はけろっと言ってくれた。
 そんな店長に、河出校長は自嘲めいた笑みを浮かべた。嫌な笑顔だった。
「貴方は私を軽蔑してるだろう、茶紀さん?もし、遺書が見つかりその無いようにいじめが原因だと書かれていたら、そのまま誰にも読まれないよう、処分するつもりだった。世間から糾弾されるのが、嫌でね」
「別に、それでいいんじゃないかい」
 店長は、とてもあっけらかんと言った。その分、そのセリフが本音であると、語っていた。
「君には来年孫が産まれるって、この前嬉しそうに言っていたじゃないか。その子のおじいちゃんが、いじめによる自殺者が出た学校の校長ってのは、ちょっと格好悪いからね」
 そして、店長は不意に空を見た。今日の空は、降水確率四五%の、曇り空だ。
「誰かの為に一生懸命な人は、私は軽蔑したり侮辱したりはしないよ。
 どんなに醜悪だったとしてもね」
 そう言う店長は、誰かの為に一生懸命になった事があるんだろうか。そんな事を思いながら、けれど訊いたりはしなかった。


「阿柴!阿柴!」
「はい?」
 今、まさに缶を開けようとしたワタシの腕を、朱麻先輩がしっかと掴む。
「はい、じゃなくて、その缶すっげー高値そうじゃん!」
 あぁ、そういう事か。
 今日は日曜。此処はいつもの「フォール・リーフ」。この前、ワタシのアリバイを偽装してくれたお礼にと、紅茶を振舞おうとこの店へ招いた訳だ。紅茶を振舞う、と言ったら、朱麻先輩はなんとマフィンを作って来てくれた。それもちょっと一工夫されていて、サツマイモ、カボチャ、ニンジンが練りこまれている。自然の甘い香りが、とても美味しそうだ。その仄かな芳香を殺さない為にも、これはもうダージリンのファーストフラッシュにしなければ、と選んだ所だ。
 朱麻先輩の言葉は正しい。たしかに、今、取ったやつは高い。この缶は百グラムだが、中学生の小遣い一か月分は軽く超えるだろう。
「いいんですよ。どれ飲んだって」
「そうそう、美味しく飲んでくれるのが一番」
 とか言ったのは、店長。
 …………………
「店長、今日は朝っぱらから三笠校長の弟の茶園に行くって言ってた筈では」
「あぁ、うん。行ったよ。帰って来たに決まってるじゃないか。
 やっぱり山の中は空気が澄んでていいねぇ」
 確かこの前、そこまで行くのに二時間はかかると言って居た。片道で、だ。
 そしてワタシは休日のブランチっぽくここでティー・タイムをしようとしたから、今の時刻は十一時。……店長が何時から行ったかは知らないが、それでも今こうして平然で立ってるって……いや、まぁ、もうどうでもいいや。
 いや、それよりマズいぞ。店長と朱麻先輩を会わせるつもりなんて、これっぽっちもなかったってのに!何故って、絶対店長気に入るに決まってるんだから!
「これねー、湯のみみたいだろう?でもね、昔のカップはまだ取っ手がついなかったんだよ。ついたのは17世紀中頃だったかな。ロシアでエカテリーナ二世が即位するちょっと前くらい」
「へぇー、すっげー!」
 うわぁ、さっそく和気藹々してる。
 店舗の敷地からドアを隔てた向こう側は、店長のスペースだ。そこには棚があり、ティーカップだけに止まらず、茶器が沢山ある。その光景は、大きな図書館に本棚がずらっと並んでいるのを彷彿させる。そこにいつの間にか店長と朱麻先輩は移動していて、ティーカップを選んでいた。
 この場所を教えたって、事は、かなり店長は朱麻先輩の事が気に入ったと見える。
 …………………最悪だ。
「あ、これがいいな。白っぽくて可愛い……
 おーい阿柴!カップ選ぶぞー!こっち来いよー!」
 朱麻先輩が手招きするので、ワタシも足を引きずるように歩いていく。あぁ、折角呉に邪魔されないと思ったのに……
 でも、沢山の綺麗な茶器を目の前にしている朱麻先輩は、とても嬉しそうで可愛いから、ヨシとしよう。ヨシとしよう。
 ヨシとしよう(マインドコントロール中)。
「いや、朱麻君。アッサム君は君とお揃いがいいと思うよ。ねぇ、そうだろう?」
「阿柴です」



 おわり。

アッサム君と朱麻先輩のやり取りが、若干朔良君と紗々深さんのやり取りと被っていたのはわざとです。
つーかそもそもアッサム君と朔良君がキャラ被ってんですけどね。朱麻先輩と紗々深さんも被ってますが。