Tea Time V,





 空は晴れ----
 気温は暑くもなく寒くもなく----
 何をするにでも理想的な日だが、しかしワタシは安心しない。
 まさにこんな時こそ----油断している時にこそ、人の平常をぶち破って、”ヤツ”が来る!多分、来る!!
 ……さっさと帰ろう。こんな日は。
 帰りの起立礼をして、一目散に昇降口へ向かう。ウチのクラスが一番早かったらしくて廊下には誰も居ない。
 いける。いけるぞ……!
 スリッパを脱ぎ、自分の下駄箱へ入れ、入れ違いに運動靴を出し履き替える----
 この一連の作業を、最速にて行うべく、頭の中で何度も何度も繰り返す。
 昇降口は目の前!
 その時!
 ぽん、と肩を叩かれた。




 中等部生徒会室。だいたい、生徒会室は校舎の上の隅っこにある。スペースが広いから故の配置だ。
 キィ、とそこへ通じるドアを開く。
 と、そうして一番最初に目に入るのは、会社の社長やら会長やら、総帥やらが座ってそうな革張りのやたら無意味にデカい皮製の椅子。それが、くるりと回り、座っている人物が確認出来た。
「やぁ、よく来てくれた」
 絡まない、優雅な動作で足が組み返えされる。
「って、さっきまで並んで来ただろうに」
 ちょっと待ってね、と置いて入って、何をしたかと思えば……これがやりたかったのか。
 置かれた時点でそのまま帰ろうかと思ったが、それだと後日の仕返しが怖いので止めた。
 初めて生徒会室に入ったが、無駄に立派だな……
 基本は机と椅子が並ぶオフィスみたいな感じだが、小物やらデザインがストレスを溜めそうな無味乾燥さを無くしている。パソコンは、ノートが3台デスクトップが2台。どっちも最新式……だと思う。もちろん空調完備。夏も冬も快適だ。
「なんだこの椅子は。まさか、他に白いチェシャネコだとかワイングラスに入ったブランデーとか、葉巻とかがあったりするのか」
「うん、今、どうやってそれを経費として落とそうか考えてるんだ」
 そうか、考えているのか……考えてるのなら、実行するだろうな、こいつは……
 中等部生徒会執行部会長、呉 明流(くれ あくり)は必要以上にやる人だ。
 表向きは活発系美少女で、生徒教師老若男女問わず人気が高いんだがねぇ……その仮面で、どうしてワタシも騙してくれないんだろう……
「で、用は何だ。さっさと済ませて欲しいんだが。ワタシにも都合があるんだ」
「あんたの都合なんて、どうせ週刊誌の立ち読みくらいでしょーが」
「実に重要な予定じゃないか」
「今週のヤツ、朝買ったのが其処にあるよ」
「さぁ、じっくり話そうか」
 呉は総帥椅子(勝手に命名)から降りてソファへと移動した。その向かいに、ワタシも腰掛ける。
 実はね、と切り出した。
「この前の日曜日、余所の学校の交流を深める為に、ちょっと行事に参加してたんだよね」
「ふーん、ご苦労様だな」
 ワタシだったら頼まれても内申点くれても行かんぞ。
「生徒会の……というよりは町内会やPTAの行事みたいなんだけどね。中庭を開放して、そこに屋台やらなんやらを出した訳。まぁ、当たり前みたいにちゃちぃヤツなんだけどさ」
 この発言の数々を録音して、明日の昼の放送に流したらどうなるだろう……
 ……おそらく、ワタシがどこかの川に死体として浮かんで、犯人は永遠に捕まらないままだろうな。
「そこで、ちょっとした事件が起きた」
 話が核心に触れる。
「美術準備室で、今度市に出す下水道のポスターに、色水がぶっ掛けられていた」
「……ふぅん」
「問題なのは、誰もその掛けられた色をした水を、持って入って無いって事」
「……へぇ」
「……聞いてる?」
「はいはい聞いてますよ」
「……………」
 呉が無言で読んでいた水曜発売の少年誌を取りあげる。あぁ、若返り探偵が途中だ……気になる。
「でも、持って無いって言っても、事前に身体検査とかした訳じゃないんだろ?隠し持ってたりしてたんじゃないのか?」
「そんな単純な話だったら、阿柴なんかに言わないって。
 その時、ビデオ撮ってたんだ。それを何回見返しても、そんな素振りしてるヤツも居なかったんだって」
「ちょっと待て。何でビデオがまわってるんだ」
 常にビデオを回している物好き、探偵ものの小説やマンガでもあんまり居ないぞ。
「その学校はさ、卒業式にそれまで撮りためていた映像を流すんだよ。学校全体の行事とか、修学旅行とかね。3年生になると部活別に生徒の様子を撮るの。その日が、たまたま美術部員ので、カメラ回す人が来てたんだ」
 その日、たまたま、か………
「で。
 さっきオマエ、とてつもなく回りくどい説明してたが、何か色のついた水を持ち込んだヤツが何人か居たんだな?」
「うん、カキ氷。外の露店で売ってるヤツ。全部溶けきる前に食べ終われるのなんて滅多にないから、皆途中で流し台に流す為に準備室へ引っ込んだんだよ」
「実際にポスターにかかってたのは何色だったんだ?」
「ピンク色」
 ピンク……カキ氷でそうなる色は……
「イチゴ?」
「イチゴの人は一番最初に入った。その後入った人は何も言わなかった。
 それに、水で薄まったとしても、イチゴの色じゃなかった。本当に、淡いピンク色だったんだ。薄い赤じゃない」
「カキ氷を食べた人は?」
「その場に居た全員。あ、アタシは違うよ?……ていうか、美術部員が皆食べてた」
「……何でその場全員がカキ氷を食ってるんだ。何ブーム到来だ」
「部長がタダ券貰ったんだって」
 なるほど。
「何人居たんだ?」
「部員は5名。で、美術部長が来て、生徒会長が来て、アタシともう1人ウチの学校から来たのが居たから……全部で、えーと、9人か」
「少ないな」
「ビデオ撮るから3年以外は外へ出たみたい」
「それぞれが何色のカキ氷だったかは解るか?」
「誰が誰とは解らないけど……準備室へ入った順番は、イチゴ、レモン、メロン、ハワイアンブルー、小豆。
 あ、ハワイアンブルーは美術部長さんだったな。で、イチゴの人はもう1人居たんだけど、レモンの人が捨てた後に部室を出て行った」
「……と、言う事は、ポスターがぐちゃぐちゃになってたのを見つけたのは、最後の小豆の人か?」
「そう。そして、アタシ」
「オマエが?」
「バケツを持ってきてって頼まれたんだよ。5個くらい入るそうだから、部長さんが手伝ってって」
「そして準備室へ入った、って事か」
「そう」
「前の2人は、何も言ってなかったのか?」
「何も。直前に入ったのは部長さんだけど……それは無いと思う」
「どうして」
「だって、そのポスターは部長さんのだから」
 そうか………
「もしかしてと思うが……やっぱり最初のイチゴの人がぶっかけて、その後入った全員が嘘をついてた、て事は?」
「それは無い。アタシが見た時、全然乾いてなかったから。
 ポスターがあった机は、確かに奥にあって、ゴミ箱にゴミを捨てに来た人には見ようとしないと見れない位置だったけどね」
「現場は美術準備室だったんだろ?だったらその場で色水くらい作れたんじゃないのか」
「いや、それも無いね。その日の納涼祭の為に美術室を解放するから、前日に徹底的に掃除したらしいよ。準備室も。何か使われたりしたら気づかないはずがないって、部員皆が言ってたよ」
「何者かが窓からこっそり侵入した」
「1階だったからそれも出来そうなんだけど、やっぱり無理。
 その学校、緑がとても多くて、ていえば聞こえがいいけど、茂みとか茂らせっぱなし。特に、校舎の端っこは酷いの。教室の3分の1は確実に覆っちゃってて、その3分の1の中に準備室の窓がある。準備室の窓はそこだけ。通れない事は無いかもしれないけど、そんな事があったら皆絶対気づいてるって」
 そうか。
 でも、そんな状態だったら、外から中が見えない----って事だな。目撃者の心配は要らない。
 じゃぁ、内部犯だろうか……?
「その後はどうなった?」
「顧問の先生とかが来て、おざなりな事情聴取&状況分析。犯人は解りません。
 あまりこの事はもう気にしないように-----って出来るか!」
 ウガーと喚く呉。
 そうか、そのとばっちりがこっちに来たのか……こいつ、大人に指図されるのが、1番嫌いだもんなぁ。
「オマエも、何でそんな時に美術室なんかに行ったりしたんだ」
「仕方ないじゃん。生徒会長さんと部長さんが友達なんだから。
 それより阿柴!誰がやったか解るッ!?」
「生徒会長で、学年末に成績優秀者として名前を挙げられるオマエに解らないなら、ワタシにも解らないって」
「いや、それはない」
 無意味に強気で断言したなオイ。
「なんだかんだで世間一般のイメージの優等生に収まってるアタシはさておき、色々妙な事を知っていて突飛な発想が出来る阿柴になら解決できるって!!」
「マンガ読み終わったから帰ってもいい?」
「まぁ、キャラに合わないから冗談ぽく言ったけどね。
 悪い意味になろうが、いい意味になろうが、アタシは阿柴は他の人とは違うと思うよ。
 それは、本当だよ」
「……………」
 はー、やれやれ。
 一応信頼されてるみたいだから、その分くらいには応えてやるか。
「呉、オマエとびきり上等の紅茶とか持ってるか?」
 やっぱり餅は餅屋だろう。




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