Tea Time V,





「ふぅん。そんな事があったのかい」
 呉から貰ったメトロポリタンのロイヤルカナディアンを堪能しつつ、ざっとワタシが聞いたような話を聞き終わり、店長は言った。
 ここで店長について説明しようか。
 本名「落葉 茶紀」(らくは さき)本名とは言うけど、その裏づけされるものは何も無い。
 そのまま続けると、国籍・年齢・誕生日、そして冗談みたいに思われるかもしれないが、性別まで解らない。どちらにでも取れそうな美貌はなんとなくギリシアの神々の彫刻を彷彿させる。そんな神秘的なイメージも、丸いフォルムの眼鏡で大分薄れている。
 そんな風に謎だらけの店長のはっきりしている事と言えば、お茶がとても好きである事と(特に紅茶が好きらしい)茶葉専門店「Fall Laef」の店主である事。そしてワタシを本名でちゃんと呼ばない事。
「アッサム君はどう思ったかな」
 ほら。
「別にどうも……店長の方が、解るでしょう」
 なるほど、と呟く。
「と、言う事は君もある程度解ってる、って事だね」
 ----しまった。
 案の定呉が噛み付いてきた。本当に、歯で噛み付かれそうな勢いだった。
「阿柴!そんな事訊いてないよ!?」
「方法とやった人しか解らないんだ」
「それだけ解れば十分だって!!」
「あほ。一番重要なのは「どうしてしたのか」という事だろうが。
 誰がどうやって、なんてどうでもいいんだ」
「でも!部長さんはポスターを台無しにされたんだよ!?」
「本音は」
「アタシの目の前でこんな小癪な真似をしたヤツには、それ相応の対処ってもんをしないと」
 ………動機がわかってもコイツだけには言いたくないな……事件を率先して起こす趣味もないし……
「あと、情報がまだ少ない。せめて、そのテープがあったらもうちょっと確信が持てるんだけど……」
 と、ワタシが言うと呉が不気味にふっふっふと笑い出した。
「持って来てるんだな、これが」
 じゃーん、と未来の世界の猫型ロボットが不思議アイテムをポケットから登場させる時の効果音が聴こえたような気がした。
「カツアゲしたのか……」
「違うよ。ウチの学校も卒業式に映像流したいから参考に、て渡してもらったんだよ。どうせ、取り直すそうだから」
 さぁ、解らんぞ……濃いサングラスをかけて、白スーツの呉はさぞかし相手の胸倉を引っ掴むのに最適な容貌だろう。
「じゃぁ、早速見ようか」
 と店長が言ったので、ワタシはとても驚いた。
「此処……そういう機械とかがあるんですか?」
「当たり前だよ。さすがに茶葉だけじゃ営業できないからね」
 いや、今まで本気に此処には茶葉しかないと思っていた。




 で。早速見た。
「次の人との間隔とか、時間は計ってみます?」
「いや、それはいいよ」
 呉の提案を、やんわり断る。
 呉がちゃんと敬語を使ってるのを、ワタシは始めて見た。教師につかうのは形ばかりの張り付いたものだが、これはちゃんと敬って使っている。色々めちゃくちゃなヤツだけど、人を見る眼はある、というのが本人の自負だ。
 流れた映像は、どうって事ない学園風景だった。最後、呉と小豆の人が慌てて準備室から飛び出したのを除けば。
「これが部長さんだよ」
 と、指したのは、眼鏡にロングヘアーの地味な人だった。濃いブルーの色水が入ったプラスチックの容器を持っている。他の人のカキ氷も、溶け切ってただの色のついた水になっていた。
「でも、結構オシャレだったね。レモンの香水つけたから。
 あ、この人もつけてたけど、ダメだね。キツいのなんの」
 と言ったのは茶髪の人で、こいつが途中から抜けたイチゴの人だそうだ。
 他に特徴を挙げると、もう1人のイチゴの人は学校指定ではないカーティガンを着ていて、レモンの人はガムを噛んでいた(カキ氷食ってるのに)。メロンのは左手首に包帯をしていて、小豆の人はコンタクトに代えたばかりなのか、しきりに目を気にしていて手鏡を覗き込んでいた。
 皆、一度は口につけている。薬品を、偽って持ち込んでいる、という線は無さそうだ。
「で、この人が生徒会長さん」
 とても凛々しい人がテレビに映った。
「教室の中を、よく見たいんだけど……」
「準備室ですか?」
「いや、美術室」
 キュルキュルと画像が適当に早回しされ、要望に添えそうな場面を探す。
「あ、ストップ」
 店長の声で、映像が止まる。
 それは本棚で、ある本はやはり美術関係が多い。
 店長の視線の先を辿ると、それは今まで賞を貰ったポスターを載せた資料の本だった。あるのを全部上げると、節水、節電、省エネルギー、森林災害、環境保全、薬害阻止、安全運転、火の用心。
 見たい所は全部見たのか、少し前のめりだった姿勢を、ゆったり背凭れに背中に預けた。
「一個質問してもいいかい?」
「はい、どうぞ」
「バケツは、どうしたのかな」
「バケツ……?」
「ほら、部長さんに頼まれた」
 呉は記憶を探るように目を彷徨わせ、
「……あぁ、結局、ポスターの事で持っていかなかったっけ……」
「そうか」
 店長は、満足そうに頷いた。
「ところで、学校に行けないかな。行きたい所があるんだ」
「うーん、ちょっと遠いですけど……」
「いやいや」
 店長は手をぱたぱた振った。
「君達の学校でいいんだ」




 ワタシらの学校のサン・イースト学院は結構自由な校風だ。
 きちんと手順をふめば、店長みたいな人でも校内に入れさせてくれる。何せ、こっちは中等部生徒会執行部会長のお墨付きだからな。
 言ったのは美術室で、店長は徐に下水道ポスターの資料を手に取った。
 そう言えば、ビデオの中で、この資料だけは無かった。
 どうしてだろう……
「これが、答えだよ」
 それを呉に読むように言い、そして呉があ!と声を上げた。




 再び場所を変えて「Fall Laef」。ハーブティーの香りが宙に散る。
「ま、全部は想像だけどね」
 と、店長は前置きをして言った。
「あの部長さん、ビデオでしか見てないけど、きっともの凄く真面目なんだろうね。だから、きっと凄く悩んだんだ」
 呉が下水道ポスターの資料を見て声を上げた。その時、ワタシには解らなかったが、続いていったセリフに納得出来た。

「ここに載っているヤツの、部長さんのポスターにそっくり」

 資料に載っているという事は、過去にあった作品ということで。つまり、そういう事だ。
「人間、機械じゃないんだから、どうしても描けない時もある。けれど、締め切りは迫る。高校3年生で、内申を気にする身としては、とても無提出で済ます訳にはいかなかったんだね。
 そこで、資料を持ち出して、真似る事にしたんだ。
 その時は昔のだからバレないだろう、選ばれはしないだろう、と思ったんだろうけど、後になればなる程、バレるのではという不安は大きくなった。提出しなおしたい所だけど、理由を言う訳にもいかない。
 そんな時、彼女に色んな要素が飛び込んだ。
 納涼祭、其処に出されるかき氷、ビデオ撮影。
 そして、これ」
 ”これ”を指したものを、店長はガラスの器に注いだ。何処までも透明なブルー。
 しかし、店長がレモンの汁を数滴入れると、それはたちまち淡いピンク色になった。ポスターに掛けられたのと、同じ色に。
 これは「マロウ」というアオイ科、多年草のハーブで和名はウスベニアオイ。ちなみにマロウには花色や形に異変が多くて、その数は1000種にも及ぶ。普通にマロウと呼ぶのはコモンマロウを言う。専ら気管支系統のトラブルに効き、堰が出る時などに飲むといい。はちみつとの相性もいいので、是非入れるべきだ。
 ともあれ、これの一番の特徴は、今見せた「色が変る」という事だろう。
 前に一度見せてもらい、とても印象深いこの現象を、ワタシは忘れはしなかった。
 掛けられた水の色が淡いピンク、と聞いて真っ先に思い立ったのが、これだった。話を聞けば、ハワイアンブルーのカキ氷を持っていた人がいるという。色がちょっとくらい違っても誰も特に言わないだろうし、なにより掛けられた色とは違い過ぎる。だれも、同じだとは思わない。何より、食用なので、何か色が化学変化する薬品でも持ち込んだのでは、という推理が消せる。カットしたレモンをしのばせる事はそんなに難しい事じゃない。
 だから、直ぐに犯人……この場合、犯人と言ってもいいのか……と、手段は解った。解らないのは理由。自分のポスターを、だめにしてりまう理由。
 それも、先の一件で解明出来た。
「彼女が今回、特に気を使ったのは、誰も容疑者にしない事だよ。自分も含めてね。
 だから、その時のはっきりとした様子を記録したくて、その日に選んだんだ。ビデオを見返せば、誰も色水を持ち込めた筈がないと、相手を納得させる事が出来るからね。
 それと、もう一つ、君だ」
 君、と指されたのは呉だった。
「アタシ?」
 何もしてないのに?というニュアンスを込めて言った。
「事件の第一発見者が疑われるのは世の常だよ。でも、その発見者が複数名で、全く無関係の人が居たら、疑われる事も無いだろうしね。そして、出来れば年下であったほうがいい。じゃないと、スムーズに用事を頼む事が出来ないから」
「……じゃぁ、生徒会長さんも一枚噛んでたって事?」
 そうだな、呉は招待されて行ったんだから。
「さぁ、さすがにそこまでは。
 でも、私としては噛んでいて欲しいね。1人で悩むのなんて、寂しいじゃないか。
 ……で、君はこの事を本人に言うつもりかな」
「いえ、別に」
 呉は言う。
「アタシは、人のもの傷つけて、それを隠しているようなヤツが許せないだけですから。あそこの生徒会長は、言い方はキツいけど、いい人なんです。その人が信用する人だというのなら、今更追及なんてしなくてもつまらないだけです」
 それを聞いて、店長がとても嬉しそうに笑う。
「さ、それじゃ飲もうじゃないか。はちみつも入れたしね」
 ワタシは、緑茶の方が好きなんだけどなぁ……




 そんな訳で、真相は本人とワタシ達の間だけで封印される事になった。相手も、ワタシ達が知っているとも思わないだろう。
 あの学校には謎が謎のままになってしまうが、まぁ時期柄期末テストも近いし、たかがポスター1枚だめになった所で気にもしなくなるだろう。こんな時、人の薄情さがありがたい。
 その後、とあるデパートで下水道ポスターが張り出されていた。その中の1枚が、確か呉が行った学園の名前だったと、思う。




<END>





長!でもこれでも大分削ったんですがね……

マロウの事を知って、すぐ思いついたトリック(って言ってもいいのか)です。
実際にはまだ見た事が無いんですけどね(激しくダメじゃーん)
推理小説(って言ってもいいのか)を書く身として、話ってのはトリックを中心に、それが出来易い環境を考えていくものなんですねー。

アッサム君と呉は薄ら生ぬるい友情って事で。どこかの総帥と根暗のような。
間違ってもちょっとしたすれ違いで関係が気まずくなって雨の中追いかけっこして追いついた相手に「バカァ!」とか叱るような事はしないでしょうね……って考えただけで気味が悪くなった。
そんな人たちですが、タイタニック号沈没のような極限状態にあったら……自分だけが助かる道を必死で考えると思います。