Tea Time U,




 春。
 中学生以上には春休みにも宿題が出るという事実を知らない小学生が、全くの自由を満喫する季節だ(別にワタシが中学3年生で地味な宿題に苦労している嫌味ではない)。
 そして、春の風物詩と言えば、桜。
 さらに花見。
 本屋以外にあまり外に出歩かないワタシがこうして自転車を扱いでいるのも、それに参加する為だ。
 大和国民に産まれ、自国の花を存分に愛する為----
 ではなく。
 出ている屋台の軽食を食べるため。
 花見てるだけで腹が膨れたら、花屋に食費はいらん。




 元城跡の地形をそのままにしたこの公園は広い。
 かつて堀だった所に池、かつて城があった所が丘になっていて、ちょっとした自然が此処にはある。
 まぁ、あんまり都会的とは言えない地元柄なんだがね。公園の向こうは畑と川と新幹線の線路しか見えない。
 そんなに広いものだから、道路から駐輪所は近いが、駐輪所から公園までは5分の徒歩を強要される。駐輪所はまだいい。駐車場になると徒歩10分以上になる。
 今年の花見は、嬉しい事があった。ワタシの好きなのポテト屋が、店主(?)が中年のおっつぁんになったのだ。
 世代交代したらしい。去年まではこの道何十年なじっさまがポテトを揚げていた。良かった。この息子(だろう)が心変わりか株に失敗しない限り、ワタシはポテトにあるつける。良かった良かった。
 ここのポテトが一番美味い。外はさっくり中がほっかり。
 唯一にして最大の欠点は年に一回しか食べられないって事だ。
 さて、他には何を買おうか。
 小学生の時分だった時、花見に持っていけるお小遣いは1000円。それで300円のクレープと200円のチョコバナナと500円のたこ焼を買い、ワタシの花見は慎ましく幕を閉じる。
 最近クレープがちょっとしたデパートでも買えるようになったので、そっちの方が豪華で安いからクレープは買わない。
 現在所持金は2800円(ポテトは1つ200円)。ポテトをも後でまた食べるとしても、2000円は確実に残る。
 まさか、2000円分もチョコバナナを食べる訳にもいかん(考えただけで胸焼けが)。
 たこ焼の500円を抜いてもまだ残るな。どうしようか。
 別に無理して使わないでもいいんだが……出来れば使い切りたい諸事情が。
 この3000円(今は2800円だが)は、ワタシがバイトをして稼いだものだ。
 果たして、あれをバイトと称してもいいのか、大変悩む所だが。
 「Fall Laef」という茶葉専門店が、ワタシの勤め先だ。
 仕事の内容は、主に品質チェック。
 つまり、無目的に茶を飲むことだ。
 とえあえず、腐ってないという事は判る。
 そして勤務時間はワタシが行きたいと思った時に始まり、帰ろうと思った時に終わる。
 何時、どんな時に行っても、店長は居る。
 そうだ。店長だ。




 全くの突然に店長が言い出した。
「そう言えば、君にちゃんとしたバイト代を払って無かったね?」
 確かに。ちゃんとしないバイト代なら貰っている。
 ちゃんとしないバイト代・例:茶葉。お茶。
「あげようか?」
「下さい」
「私は、アッサム君のそういう遠慮しない所が好きだよ」
「ワタシも、店長のそういう金銭面に拘らない所が好きですよ」
「それはそうと、私の事はマスターって呼んでくれないかな」
「是非ワタシも本名で呼んでもらいたいです」
 ワタシの名前は阿柴 夢(のぞみ)。変な風に読まないでもらいたい。
 しばらく見えない攻防があった後、店長はエンピツをそっと白いテーブルの上に出した。
 エンピツの後ろには1から6の数字が書かれている。
「普通に決めても面白くないから、出た目の数字分をあげるよ」
 面白みを求まないで普通にください。そしてサイコロも無いんですかこの店は。
 と言いたかったが、この店長が普通に行動するのがむしろこの世の異常だ。ワタシの一存で世界を恐慌に陥れる訳にはいかない。
 何せこの店長、解っている部分をあげたほうがうんと早い素性の持ち主で、その解っている部分も、A5判に用紙に5センチ四方の文字で書いても、半分にも満たないだろう。
 解っているのは、お茶が好きで茶葉屋の店主だという事。これだけ。
 一応「茶紀」という名前があるが、それが実名だと保障してくれるものは何も無い。
 国籍も、年齢も----冗談に思われるかもしれないが、性別すら解らない。
 本当に、解らないのだ。長身だが、それは日本人の感覚だからで、外人にすれば女性でも通じる範囲だ。
 声は高くも無く、低くも無く。飄々として捕らえどころのない性格は、雄雄しさも女々しさ感じられない。
 容貌は端整な部類に属していて、中性的というより、無性的な感じの顔立ちだ。
 トイレという方法は使えない。店長がトイレに行った所を、ワタシはまだ見たことが無い。ドラえもんだって1回は行ってるというのに(本当に行ってます)。
 そもそもお茶ばっかり……というかお茶しか飲んでなくて、固形物を口にしているのを見たことがない。
 あぁ、一度紅茶のゼリーを食べていたような。やっぱり茶か。
 ともあれ、ワタシはサイコロ(エンピツ)を振った。出た目は、「3」。
 3万円か……欲しかったらDVDが買えるな。
 そう思ってる間に、一旦店内に入った店長が戻ってきた。
「はい」
 入っていたのは。
 3000円だった。




 そんな訳で、ワタシはこの3000円を全部食物に変えてやりたいのだ。解って欲しい。
 ともあれ、塩分過多なものばかり食べるというのも。こういう所の食い物はついでに飲み物を買わそうとする魂胆の元、塩辛くなっている(ビアガーデンでついついビールを頼んでしまうのも同じ理由だ)
 場しのぎに買った一本の焼き鳥をもぐもぐ食べながら考える。
 と、ふと、橋を渡った池の向こう岸に並ぶテナントに目が行った。
 このテナント、何処かと何処かと何処かの大学の何とか学科が主催しているもので、儲けた金はとある国の学校や病院に姿を買えるのだそうだ。
 テナント、と表現するのだから、屋台より場所は広い。ので、中には喫茶店のような事をしている所もある。
 あそこなら、けっこういい買い物が出来るかもしれん。
 と、言う事で出発だ。
 食べ終わった串をひゅぃっと投げ。
 ゴミ箱に入らなかったので拾いに行った。




 立ち並ぶテナントで、今年一番の稼ぎ頭は何処かの女子大学主催の綿菓子屋のようだ。
 綿菓子屋というとオバーさんが割り箸で、ぐるぐる綿菓子を纏わりつかせているようなイメージだが、ここのは違った。
 まず、看板には「コットンキャンディー」と英語でとてもポップかつキュートに書かれている。
 そして、袋も朝番組のヒーローではなく、シンプルで色彩華やかな花柄の袋。小学高学年以上の人が、買って歩いている。まぁ、高校生がとっとこハ○太郎の絵の入った袋持っていたら違和感もいい所だ。
 この綿菓子屋の女子大学は、開いたスペースでお茶を販売している。ペットボトルではなく、紙コップで配られる緑茶だ。1つ200円。少し値が張るが、それなりの葉を使っているんだろう。
 紙コップではあるが、柄がちゃんと桜になっている。
 お茶か……思わず、店長を連想する。
 確かに始終お茶ばかり飲んで、お茶に関係ある所ばかり出没する人だが、まさか此処には居ないだろう。
 と、綿菓子コーナーから女子大学生の声がした。
「わー、サキさん、上手ー!」
「いやぁ、私は綿菓子を割り箸に纏わりつかせるのが特技なんだよ」
 そして、その声に答えるよくわからない返事。
 サキさん。
 ……店長の名前も茶紀だが。
 まぁ、割とそこそこありふれた名前だし……
 気のせいだ。うん、気のせい。
「おや、アッサム君じゃないか」
 ゴズ。
「樹に頭をぶつけたら痛いよ」
 そんなもん今更言われなくても知ってる……以前の話だ!
「店長……何故こんな所に女子大学生に囲まれて………」
 160弱の背の女性達の中で、店長はひょっこり抜き出ている。
 いきなり小学低学年生にこれから予防注射しますと言ったら。
 多分、今のワタシと同じ表情になるだろう。
「いやね、店の常連さんにこの学校の学生が居てね。カフェみたな事をするから、色々アドバイスしてあげてたんだよ」
「で、何故ここに」
「当日に居てくれたら心強いからって言われてね。断りきれなかったんだよ」
 ふぅ、と物憂げに言う店長。しかし、ワタシは気づいた。緑茶ばかりの空間に、仄かに漂う紅茶の香りを。
 店長は、お茶の中で特に紅茶が好きだ。
 ワタシの頭の中に、こんな想像が過ぎる。

「茶紀さん、当日にも現地来て下さいよ!その方が心強いし」
「うーん、でも店を開けるわけにはいかないしね」
「茶紀さん、この前パリに留学に行っていた友達が、ル・パレデテ本店で買った茶葉をお土産にくれたんですけど」
「確かにその場じゃないと解らない事も色々あるだろうね。行こうじゃないか」

 簡単だ、店長。
「君は花見かい?」
「まぁ、そんな所です」
「そうか、それはこの前バイト代をあげて、正解だったね」 
 うんうん、と自分の所業を称える店長。いや、それが元なんだけども。
「はい、アッサム君、お茶だよ。さくら茶なんだ」
 一旦テントの奥に引っ込んで、紙コップを持って、店長が現れた。
 さくら茶、と渡された、ふあんとした香りは。
「桜餅の匂い……」
「うん、まぁ、そうだろうね」
 テントの軒先の、赤い布が敷かれた長椅子に座り、茶を啜る。たらふく飲んでいる筈の店長も、横で飲んでいる。
 いかにも桜餅然としていて甘そうな香りの茶だが、口に含むと香りも味も仄かなものだった。無発酵の緑茶が好きなワタシにとっては、好きな味だ。
 目の前の桜から、チラチラと桜が舞う。個人的に、桜の花に限らず、樹の花は散っている方が好きだ。
 んまぁ、店長に出会うというハプニングが逢ったが、中々いい雰囲気だ。
 お茶も奢ってもらえたし。
「あ、そうだ、アッサム君、200円ね」
「……………」
 チャリ、と100円玉2枚が、店長の掌で虚しい音を奏でた。




 あぁ、自腹で切った茶は美味しい。
 と店長本人に言っても効かないので心の中で一人ごちてみる。
 目の前には池際の桜並木。道が広いため、テントに目的がある人達と混雑させる事はない。
 ぼけっと眺めているだけだが、色んな人が目に飛び込んでくる。
 10歳くさいの子供3人組み。誰かを探しているのか、しきりに周囲をきょろきょろと見渡している。その中の一人が、携帯電話でメールを入れていた。
 小型犬をバッグに入れて連れ居ている主婦のような感じの女性。ああいう持ち方は良くないんだか。万一落としたら犬にとって致命傷だ。
 手に一杯綿飴やリンゴ飴等、お菓子を持ってご機嫌な4歳くらいの女の子。綺麗な生地のスカートがふわふわしている。少し離れて歩いている30歳くらいの女性が母親だろうか。常に女の子を視界に入れて歩いている。
 未成年と成人の間くらいの男性2人。立ち止まり、なにやら財布を覗き込んでいる。手にはたこ焼やお好み焼きが入っているビニール袋が3つ。
 品の良さそうな老夫婦が、池近くのベンチで座っている。奥さんが帽子を被っていて、旦那さんの方は杖を持っていた。傍らに、ここのテナントの何処かで買った茶菓子に持参の水筒からのお茶で花見を満喫している。
 さて。
「店長、どう思われます?」
「うーん、今は推測の域を出ないけどね」
 確かに判断する材料は少な過ぎる。
 店長は続けた。
「まぁ、間違いだったらそれでいいし。
 こんな桜の下で誘拐事件だなんて、無粋もいい所だからね」
 ひゅぃ、っと店長が投げた紙コップは、ゴミ箱に綺麗に入った。



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