人と桜がどんどん遠くなる。
 大きな河川沿いのこの道----いや、道とも言えない、ただの野原。
 それでも2人は歩く事を止めない。さっきと違うのは、さっきまで後ろを歩いていた人が、前で誘導しているという事だ。
 ……こういう役所は苦手なんだけど。
「ねぇ」
 と、ワタシは女の子の方に声をかけた。
「このハンカチ、落とした?」
「ううん、違うよ」
 女の人が鬱陶しそうにワタシを見る。さっさと行けと言わんばかりに。
 さて、本題。
 女の人が口を挟む間もなく、さらっと言ってやる。
「この人、母親?」
 女の子は答える。
「ううん、違う」
「------!!」
 女の人が無理やり女の子を抱き上げ、走り去ろうとする。
 が、しかし。
 トン、と。
 見た目には軽く、首の後ろを叩いただけなのに、女の人が崩れ倒れた。
 そうしたのは、勿論店長。この見晴らしのやたらよい空間の何処に今の今まで姿を見せず隠れていたのかは、気にしない事にした。
 女の子は脅えて、泣き喚いている。それでも、買ってもらったお菓子を落とさないのは、さすがと言うか。
「大丈夫だよ、もう安心だからね」
 店長はとても優しげに言ったが。
 店長。
 女の子は、多分店長を「お菓子を一杯買ってくれた優しい女の人を倒した悪い人」と見てると思いますよ。
 河原には、女の子の泣き声が響いた。




 確かに連絡したのは瑠依さんだが、まさか当人が来るとは。
 相変わらず刑事という職業に遠い雰囲気だ。
「瑠依さん、殺人課じゃないんですか」
「たまたま、近くを通りかかったものですから」
 ふんわりと言う。いや、瑠依さんの事だから車でも止めて「桜が綺麗ですねぇ」とか眺めてたんじゃないだろうか。
 女の子は、お母さんの元に無事届けられ、母親の顔に安心して泣いて、沢山買って貰ったお菓子を取り上げられてまた泣いていた。
「それにしてもよく解りましたね。あの女の人が誘拐犯だって」
「まぁ、そこまで思わなかったんですが、可笑しいなとは思いましたよ。
 あんなにお菓子を沢山持っていたので」
 虫歯になったりご飯が入らなくなったり。
 子供に山ほどお菓子を与える母親なんか、この世には居ないんだ。




「----ところで」
 部下(何せ瑠依さんは警部なので)に犯人を連行させて、瑠依さんは訊く。
「茶紀さんは、何処ですか?」
「……店長ですか」
 ワタシは、数分前のやりとりを思い出す。
 泣きに泣いている女の子を前に、店長が言う。
「うーん、どうもこの子は私に脅えているみたいだね」
「みたいですね」
 ワタシでも、いきなり現れて横の人を一撃で気絶させるヤツなんて、恐怖の対象以外に当て嵌めようがない。
「仕方ない。この子を安心させる為に、私は戻った方が良さそうだね。
 あぁ、その人なら、10分くらいで目を覚ますと思うよ。それくらいしたら、瑠依さんから連絡受けた警察も来るだろうし。
 じゃぁ、あとはアッサム君、よろしく」
 と、店長は。
 ル・パレデテ本店の茶葉を再び堪能するため。
 実にあっさり戻っていったのだった。
 瑠依さんが来るまでのおよそ10分。
 ワタシは、気を失っている女の人と泣き喚く女の子と時間を持て余していたのだった。 




 戻ったら店長はやっぱり紅茶を飲んでいた。
 何もかもが解らない店長だが、これは確かだ。
 この人は、茶と、厚かましさで出来ている。



<END>



朱涅の伝統芸。唐突に現れて攻撃。

やる時にやる人っていうより、茶紀さんはやらなくてもいい時にやっちゃう人で、アッサム君はやるべき時にもやらない人です。ていうか茶紀さんはお茶の為なら何でもする人です。とんでもない2人だ……
まだ2人とも猫被っているので、さっさとそれを取ってやりたいです。


今回のネタは何となく昔から考えている事で。
お母さん手のは子供にお菓子を上げすぎない人だ、という所から。
花見にしたのは何となく。さくら茶の感想は、月瀬しゃんに飲ませてもらったときのワタシの感想です。
本当、香りの割りに味が軽いから不思議っすね。
というか今年はさくら茶が流行りだったんだろうか。テパ地下で試飲されたヨ。