体を動かすのが好きな自分に、音楽鑑賞というものはあまり合わない。 よって、授業中自然と視線の向くのは窓の外だ。 そんな自分は、音楽室近くの樹に鳥が巣を作ったのを知っているから、この雛が何処から落ちたのか、推理するまでもない。 音楽室の掃除中、ベランダに居た小さな生き物。目も開いていない。 これは大変だ、と皆の止める暇無く、天馬は雛をパーカーのポケットに入れて、樹に飛び移った。 「!!!て、てっちん-----------!!?」 そんな経緯を知らない級友にとって、天馬の取った行動は、まるで自殺にしか見えなかった。 血相変えて飛び出した友達に、簡単に事情を離す。 「ほら、雛。はやく巣に返してやんねーと」 本当に簡単で、聞いている側はいまいち安心出来ない。 「だからって-----!!いいから、戻って来いって-----!!!危ねぇよ-----!!」 「平気、平気!オレは将来のメジャーリーガーだぜ?」 「これっぽっちも関係ねぇぇぇぇぇぇ--------!!!」 慟哭するクラスメイトを他所に、天馬は幹の方へと移動する。巣は枝との分かれ目にある。 近づくと、なにやら鳴き声がした。きっと、兄弟が減っている事に動揺しているのだろう。 「もーちょっとで会えるからなー」 優しく、安心させるように言う。 程なくして巣に辿りつく。 巣に近くなる程に羽をばたつかせてた雛は、まさに巣の中へ飛び込んだ。 「わぁッ!!………と、危ねぇなー」 そのセリフは断じて今の天馬の言うセリフではない。 今度は家族が戻ってきた事への喜びの鳴き声を発する雛たちを、天馬も嬉しそうに眺めた。 「てっち-------ん!!まだ-------!!?」 と、自分にも呼ぶ声が。 「おー、バッチリだ!!オレ、このまま下降りるからな-------!!」 ベランダから一番近い枝は、少し下に位置する。それは枝に移る時はいいが、逆は少し難しい。一番近くで上にある枝はやや高すぎた。 それだったら、このまま樹を伝って下まで降りたほうが安全だろう。 クラスメイトも、それは賛成出来るが…… やっぱり不安だ。 「先生呼んだ方がいいんじゃねーかなぁ」 「う〜ん……」 自分もそれは考えたが、この状況で教師を呼んでもどうにもならない気もした。 なんて事をしている間に、天馬はまるでアスレチックで遊ぶみたいに、枝から枝へ着実に降りていく。 正直な所、この樹は太くて枝もたくさんあって、是非一度登ってみたかったのだった。更に言うと、いつもこのベランダからあの枝に飛び移ってもみたかった。 心配で胃潰瘍になりそうな友達の心境とは裏腹に、天馬はとても楽しそうだった。 地面が見えた。もうすぐそこ------- ズル!! 「ぅわッ!!?」 「てっちん!!!!」 クラスメイトの口から心臓が飛び出した(ような気がした)まるでディズニー作品だ。 天馬が足を滑らした! 円筒状の枝の上では、一旦崩れた体勢はもう戻らない。 (ヤバい------------!!!) 下は辛うじてアスファルトではないものの、落ちればやはり痛い……どころではないだろう。 骨を折るかもしれない……この前テレビでやっていた。背中の骨が傷つくと、下手すると身体が動かなくなるという。 (どうしようどうしよう! オレ今週も試合あるのに。試合出るのに----------!!) 地面まであと………50センチ。
「うっす、おはよー!」 「てっちんおはよー!」 「おはー!」 明るく元気で、運動会には大活躍な天馬は往々にして好感を持てる少年だ。余程ひねくれた精神の持ち主(狐)でない限り。 友達も天馬の事は”楽しくてとびっきりいいヤツ!!”と心の底から思っているし、友達であることを素直に喜べる。 しかし最近、天馬を表すのに、”凄い”という表現が使われる。 と、言うのも。 粗方友人達に朝の挨拶を済ませた天馬は、探した。 まぁ最も探す必要も余りないが。 見渡せば、すぐ見つかるのだから。 大きな、大きな体躯。 自分なんか、片腕でひょい、と持てるくらいの。 (居た!) 「飛天--------!!おっはよ!!」 無視なんかされないように、駆け寄って腰にしがみ付く。周囲に居た者は、最初の頃こそその度に目を剥いたが、今では……やっぱりまだ驚く。 「ガキは朝っぱらから元気でいいなーオイ」 どんなに渋い顔をしても、それはポーズだ。何故なら、腰の天馬を引き剥がす事無くそのままにしているのだから。 「そっか?オレ普通だけど。飛天元気じゃねーの?」 「大人はなー色々あんだよ。色々な」 「ふーん……オレも大人になったら色々あんのかな」 「いや。オメーは今のまんまだろう。 大人になっても、ガキのまま♪」 「何だよソレ---------!!」 毎朝毎朝、よくも懲りずにからかったりからかわれたりするよな……とは周りの皆の、とても素直な感想だった。 んべーと舌を出して、天馬は飛天から離れる。さすがに職員者用の下駄箱には入らない。自分はまだ靴だし。 「てっちん……すげーよなぁー」 先程述べたように、凄いと言われた天馬だ。 「ん?何が?」 「いやだって、あの飛天先生にあんな事出来るなんてなぁ」 なぁ、と他のヤツとも顔を合わせる。 自分だったら可愛い女の子に頼まれてでもやりたくない。 飛天は歴史の教員だが、体育の先生より逞しい身体、丈のある身長。 瓦50枚は確実に割る拳。嘘か本当か解らない武勇伝の数々(曰く、ヤクザの組2つ3つばかし壊滅させた) ”穏やか”なんて言ったら閻魔に舌を抜かれそうな双眸は、どんな不良も敬語口調にしてしまうに違いない。 ここだけの話、歴史の先生でも体育教師でもなくて、教育指導へ来ないか、と引抜がきてるらしい(同じ学校内で)。 「えー?だって飛天、いいヤツだぜ?顔怖いかもしんねーけど」 しれない、じゃなくて明らかに怖いよ、てっちん……と2人は思った。 「それにさ」 と、歩きながら言う。 「オレの事助けてくれたしな」 にこぱ、と明るく笑う。 確かに、それは事実だ。 鮮明にその時の記憶が蘇る。
野生の薄れた人間でも、必要最低限の防護反応は存在する。痛みを感じそうになった時、すぐ手を引っ込めたり奥歯を噛み締めたりするのがそれだ。 天馬も無意識に、目と口を固く閉じ、これからくるであろう痛みに備えた。 ……………………… ………………………………… ………………………………………… (あれ?) いつまで経っても痛みも何もなかった。 ふと気づけば、もう落下も終わってるし。 (何…………--------ッッ!!) 「わわわわわッ!?」 目を開けるのと同時に、首根っこを掴まれた。 ぐいーと引っ張られ、そうしている張本人の顔とかち合う。 「あ」 天馬はその人物に見覚えがあった。 クラスメイトから”怖い、怖い、怖い”の三拍子で恐れられる、中等部及び高等部の歴史担当教員の飛天だ。 「”あ”じゃねー……っつーの!!」 ゴチィン!! 「いってぇぇぇ-----!!!」 今までネコみたいに捕まれて、それがようやく膝にちゃんと乗せられたかと思ったら、頭殴られた。 「何すんだよ!!」 「あぁ!?よくンな口が叩けるもんだな!!そんなふざけた事抜かすのはこの口か?んん?この口か-----!!?」 「ひひゃいひひゃい------!!」 口を無理矢理左右広げられる痛さを逃れようと、飛天の手を掴む。が、当然のようにびくともしない。 うーうー、と、言葉らしい事は最初から言えてなかったが、呻きしか出来なくなった頃、ようやく手は離れた。 「ったく何処のサルが樹に登ってるかと思えばよー、思いっきり人間のガキだし!しかも落ちやがる!! バカかお前は!!何か用があったのかもしんねーけどよ、だったらもっと気ぃつけろ!! 木登りってのはな、降りる時が一番危ねぇんだ!降りる時が!!!」 「あ、そっか」 普通の人なら、あれ程の形相と怒声を浴びれば冤罪でもすいませんごめんなさい、と謝りそうなものを天馬はけろっとしていて。 「心配してくれたんだな。 んでもって、助けてくれたんだ。 あんがとな♪」 「…………………………………。 うぇいおあ?」 てっきり泣き出されるかと思っていたところにありがとう、などと言われ、飛天は少し言語障害に陥った。 「あ!て事はオレお前の上に落ちたって事じゃん!! わー、どっか痛くねぇ?なぁ」 ごく至近距離だった事もあり、天馬はとても無遠慮に飛天の腹などを探った。 「……………」 「……おーい?」 こんなにボケーっとしてて、もしかして頭でも打ったのだろうか、と天馬はちょっぴり不安になった。 が、その間近の呼びかけに飛天ははっと我に帰る。 「……何ともねーよ。テメーみたいなちみっこが落ちたくらいじゃぁな。 その前に、飛天先生だろーが!!何だ”お前”って!」 「解った。飛天」 「”先生”!」 「いーじゃん。飛天で。オレ飛天から何も教えてもらってねーもん」 「ほーう、ンじゃこれからたっぷりあれこれ教えてやろーかー?」 飛天にしてみれば、それは単純な売り言葉に対した買い言葉なのだが。 「飛天っち……その言葉は学園内じゃ過激だわ」 「あぁ?……………………………………………………………………」 何処から湧いたのかなんて疑問は何時もの事で、同僚の八雲(ちなみに国語の古文担当)の声に振り向いてみれば…… そこには。 ずらーっという効果音が聞こえそうな程のギャラリーが、自分たちを囲んでいた。
上からだった自分達にはよく事の様子は見えなかったが、後に友達から窺うった所によると。 天馬が降り始めたくらいから飛天が、同じ校舎の1階の階段の窓から飛び出して、木の下に駆け寄った。 飛天が何か言う前天馬が足を滑らせて、どうやら立ったまま受け取ろうとしたけど、下までの距離が短かったらしく、仕方ないから身体で受け止め、一緒に地面に倒れた……という事らしい。 その出来事は、天馬に”凄い”という単語を付け加え、飛天に対する見方も少し変わった。 ただ、やみくもに暴力を振りかざすような人ではないらしい。ヤクザの組を壊滅させたのも、裏に事情があるかもしれない(噂の筈がすっかり真実に)。 まぁそれで親しみが増した、というのはあまり無いのが飛天だろう。 あの後1週間は超絶に不機嫌でうっかり逆鱗に触れたら手打ちにでもなりかねない勢いだった(後にこれは八雲が散々詰っていた事と判明)(多分飛天がヤクザの組云々というのもこの人が流した可能性大)。 「やっぱりてっちんは凄いよ」 ただハテナマークを浮かべる天馬に、尚も言う。 怖い先生にも平然と、それこそ友達の自分たちと同じように接する。 その度胸も凄いが、世間の評判に動かされない事の方がもっと凄い。 などと思っていたら、天馬を”凄く”される理由、その2が訪れた。 その人物を目にして、天馬は元気よく手を振る。 「あ、ミッチー!おはよー!!」 「……あぁ」 無視されているのと紙一重の素っ気無さで、けれどもきちんと挨拶をしている。 帝月はある意味天馬と対照的で、どうしてこの2人が親友なのか、この年代に新たに加わった学園の不思議だ(やっぱりこれも八雲が流している)。 殆ど一方的に天馬が話しているように見えるが、時折帝月に何か言われ、天馬の表情が変わったりするので、ちゃんと話は聞いてるらしい。 大概、帝月に何か言われた時、天馬は憤慨していて、帝月も飛天と同じように、天馬をからかって楽しんでいるみたいだ。 そう見ると、教師以上にとっつき難い帝月も、自分のクラスメイトなのだという感情が芽生える。 天馬が居なければ、自分はおそらく帝月の声すら知らずに卒業していたに違いない。飛天の事も、ずっと誤解で終わっただろう。 自分の内で終わらず、周りに影響を与えるのも天馬の凄い所だろう。 それも悪い意味じゃなくて、その前の自分はなんて浅はかだったのだろう、と思わせるものだ。 たとえ、本人から否定されても、天馬の事は”凄い”と思う。実は尊敬もしている。 尊敬できる人物が友達なのは、きっといい事だ。 せめて、側に居て、恥じないくらいの自分でありたい。 なんて帝月にあれこれ話す天馬を見て思う彼だが、今日の宿題をしっかり忘れていた。
|