視る事だけが叶う情景





 実はまだ”夢を視る”というメカニズムに対してはっきりとした事は判明していない



 グラウンド内に歓声や野次がひしめき合う。
 それのどちらにも参加しないで、帝月はずっと手持ちの本を読んでいた。
 視線はずっと下を見ていたが、湧き上がる声等でゲームの行方がどうなっているかは伺える。
 最も、そんな事を探る必要もないのだが。
 天馬は言った「今日も勝つから」。だから、勝つのだ。もう結末は決まっているのだ。
 ふいに静寂で包まれる。
 と、バスッ!と何かが何かにぶつかる音。そしてその後、今日一番に大きな歓声が飛んだ。
 どうやら試合は終わったらしい。
 そうして初めて見た得点表で、天馬が完全試合を達成したのだと知った。けれどこれも知っていた事「今日、オレすごく調子いいんだ」。
 皆にもみくちゃにされるのを、どうにか顔だけ出して、その笑顔は帝月に送られた。
 ふ、と彼の顔が緩んだ。

 並んで歩く、一人は絵に描いたようなスポーツ少年。そしてもう一人は見本みたいな文学少年。
 それでも二人は親友だった。見慣れている者でも、どうして彼らが親友なのか、時々首を捻るらしい。
 今日の祝杯、と二人は歩きながらジュースを飲んだ。
 天馬はともかく、帝月は歩きながら何かを食べる、飲むなんて行為とは全く無縁に今まで生きてきた。これからも必要ないだろうし、と思っていた彼の人生計画はあっさり水泡に帰した。
 天馬に出会ってから。
「今度の試合は再来週にあるんだ」
「そうか」
「次も勝つぜ〜♪」
 ヒュ、と投げる仕草をパントマイムでする。
 天馬が勝つといっているのだから、次も勝つのだろう。
「試合もいいが……ちゃんと学業にも精を出せ」
 う、と天馬の表情が固まる。
「え……と、何か宿題あったっけ?」
 宿題を忘れる以前にあったかどうかも知らない天馬であった。
 はー、と溜息をつく帝月。
 天馬が宿題の存在を知るのはだいたい、教師→帝月→天馬、という図式の上である。
「今日もウチ来るだろ?」
「必要があるからな」
 そうして、天馬の家路を歩く。


「………ッチー、なぁ、ミッチーてば!!」
「……………?」
 何処か遠くで誰かが呼んでいる。
 しかし、それは物理的に物凄く至近距離だった。
「………ッ、天馬!?」
 すぐ、まさに直ぐ目と鼻の先に天馬がいる。天馬は座る自分に凭れないよう、足元に手を付いてぐ、と身を乗り出している。
 目を覚ましていきなりのドアップに、帝月は戦く。
 ………と、待てよ。
(目が覚める………?)
 これはおかしい。断じておかしい。
 何故なら----自分に”眠り”は要らないから。
「なーんだ。やっぱり寝てたんだな」
 天馬は帝月がぼーっとしているのを、寝ぼけているのだと判断した。
「オレはそーじゃないかなーって思ってたんだけど、周りが違う、て言うし」
 それこそ違う。この場合、周りが正しい。
 そう、自分は眠らない。眠って体力を温存する事も、回復する事にも無縁な身体だからだ。
 しかし現に自分は眠って----”夢を見ていた”。
 そう、あれは夢だったのだ。
 自分は普通の子供として生きて、普通の子供として天馬と出会い。
 遊んで、時々はぶつかり合ったり。
 眠らないと夢は見ない。だとしたら----今の眠りは偏に夢を見たかったから?
 夢は自分の、深層意識の願望だという見解もある。
 ----馬鹿馬鹿しい。
 自分は括りの術者で、天馬は憑カワレなのだ。
 それが自分たちの絆だ。

 これが、現実だ。

「………ミッチー?」
 再度、自分を呼ぶ天馬。
「……何だ」
「いんや……何と無くだけど……
 泣いてるような気がしたんだ」
「…………泣いてなんかいない」
 そう、何を泣く必要があるのか。
「だよなー。うん、何でそう思ったんだろ?」
 と、首を捻る。相変わらずの至近距離で。天馬が何かリアクションするたびに、間の空気が動く。
「……ところで、次の試合は何時あるんだ?」
 思ってもみなかった質問に、きょとんとした顔になる。
「……来んのか?」
「いや。訊いてみただけだ。来たら迷惑なんだろう」
 いつかの飛天た達とのやり取りを思い出す。
「んーん、ミッチーならいいんだ。あいつらみたいに騒がないしな。
 あのな、次は再来週にあるんだ。試合」
 と、その返答も天馬の笑顔も、夢の見たものそのままだったから、思わず帝月は……
 天馬の頬を抓っていた。
「イッテー!!」
 どうやらこれは夢ではないようだ。




帝月さん、夢を見る。
最初の頃に書いた”食べる必要が無いのに天馬に付き合って食べる帝月”の姉妹作かな?