「海に行きたい!!」
と、何をきっかけにしたのか、天馬がそう主張する。
「夏休みだってのに、近所の祭りに行くだけじゃつまんねーよ!海ー!海行きてー!!」
あと、もう2,3歳幼かったなら、手足ばたつかせて転がっていそうな勢いだ。
「……泳ぎたいなら、プールにでも行けばいいじゃないか」
我侭ぶっこく天馬に閉口しながら、帝月が言う。
「プールもいいけど、プールだけじゃだめなんだよ!だって狭いし、砂浜じゃないし海の家も無い!」
「そう!そして新作水着に身を包むピチピチギャル(清々しく死語)も居ない!」
「逞しい上半身を惜しげもなく晒す若者も居ないわ!!」
いや、それらは居るだろう。凶門は口に出さず思う。
しかし、賛同してくれた火生と静流に、「だよな!そーだよな!?」と天馬が便乗してしまい、場はいよいよ収集つかなくなった。
他3名は、困っている。
天馬が海に行きたいと言う。
それはいい。そこまではいいのだが、ちょっと問題なのは、天馬がそれに「皆と」という項目を付けたためである。
ついで言うと、テレビで海水浴場でその混雑さを目の当りにした事もある。人ごみは好きじゃない。と、いうか避けて拒絶すべきものだ。
「なぁー、帝月、いいだろ?行こ」
「……………」
当たり前みたいに強請る天馬に、対処法が何も思い浮かばない。と、いう事は叶えてやってもいいかなと無意識下で思っているということなのだが、帝月はそれを否定した。
「飛天も火生もさぁー、行こうってば。楽しいぜ?」
さっきみたいに騒いでいたのなら、突っぱねる事は容易いが、「そんなにだめ?」と訴えるような眉の下がった眼で見られては、こっちが悪者みたいにではないた。
(……空の魔王がガキのお供かよ)
あーあー、と溜息を吐く。
面倒くさいのに、どこかくすぐったい。
「仕方ねーなぁ、わーったよ。行けばいいんだろ」
ぱぁ、と輝きだした天馬に、「ただし」、と釘を刺すように。
「場所は俺のいう所にしてもらうぜ。あんな人が芋洗ってるみてーな所、行きたくねーからな。
って事で海の家も、ピチピチギャル(とても死語)も逞しい若者も居ねぇからな」
その言葉にがぃーんとショックを受ける火生。静流は飛天様が居るならそれでいいわ!と切り替えが早い。
で、天馬は。
「それでもいい!飛天さんきゅー!!」
抱きつく、というより飛びついた。
「どぁっ!暑ぃな!!」
「ちょっと天馬!そんな羨ましい事、だったらアタシもー!」
「だ-------ッツ!離れろ-------!!!」
クーラーを効かせてないこの部屋の温度は30強。
しかし、一部にのみ零度を下回っている箇所があったりして、凶門は原因も解り、それが解らない火生はただ身震いしていた。
さて、当日。
飛天が案内した所は、若干小さい浜辺ながらも、人が1人も居なかった。その分、海も砂も綺麗に感じる。
「…………ッ!!」
今年初めての海に、天馬は感極まったように声を出さず感動している。
「ここにはな、月見によく来るんだよ。まん丸な月が海にも映って、そりゃ綺麗なもんだ」
よく来るのならば、飛天の妖気がこの地に染み付いているのだろう。だから、誰も近寄らないのだ。
「よっしゃ-----!泳ぐぞ--------!!!」
ババッ!とその場で服を脱ぐ天馬。その後ろでぎょ、とした帝月。
「あらアンタ、下に水着着てたの?」
「当たり前じゃん!すぐに泳げるだろ!?」
そのまま海へと駆け出す天馬を、凶門が捕まえた。
「準備体操が先だ」
そう言って。
とりあえず気の済むまで泳いだ天馬は、持ってきたバックをごそごそと漁る。
「あー、」
「どうしたの、天馬」
何だか気の抜けたような声を出した天馬。静流が訊く。
「ビーチボート膨らますやつ、忘れちったよ。ほら、シュコシュコやるやつ」
はっはっは、馬鹿だなぁ、と火生。
「俺らを何だと思ってるんだよ、天馬?そんなもん、一息で膨らませてやるぜ!」
おおーと感嘆の声を浴び、いよいよ調子に乗る。
「よぉし、行くぜ!」
すぅ、と息を吸って吹き込む。
刹那。
バン!!!という音が浜に響いた。
5分後。近くの町で空気入れと新しいビーチボートを火生が買ってきた。
シュコシュコという音に合わせ、ボートが膨らむ。
「道具って、便利だね」
「そうだね」
誰ともなく、そう言った。
浜が大きな波で隠れそうな沖で、天馬はビーチボードの上で日光浴をしていた。
クラスメイトと一緒なら、当然こんなに沖には出ないのだが。自分は今特別な力を宿しているし、飛天たちが一緒ならなんて事もないだろう。
(うん、やっぱ海っていいな)
プールはこんな波とか無いし。
昨夜興奮してあまり眠れなかったせいか、振動の心地よさに睡魔が呼び起こされる。
それに逆らう事はしなかった。
切り立った崖がある。とても飛び込み台代わりに使えそうな高さではないものが。
火生は何のためらいもなく、飛び込んだ。海底に足が付き、それを蹴った反動で海面に顔を出す。
その表情は、どこか不満そうだ。
(やっぱオンナが居ねぇとなー。あーあ、天馬がもーちょっと大人だったらなぁー)
そうしたら自分と同じ事を要求しただろうし、それは叶えられるだろう。何故って天馬が言った事だからだ。
いやぁやっぱ無理だな、とか独占欲と執着欲が意外に強い主を思う浮かべて改める。
と、ビーチボートの上で呑気に寝ている天馬を見つける。
「おー………」
おーい、と呼ぼうとしたのだが、途中で止める。その代わり、にやりと意地の悪い笑みを浮かべ、気配と音を消して近づく。
そして。
「うぉりゃ-------!!」
ざばー!とビーチボートをちゃぶ台みたいにひっくり返す。ドボシャーン!と天馬が落ちる音がした。
「どうだ天馬ー、驚いたかー?」
と、いうセリフを「何すんだよ!!」と咽ながら浮かび上がってきた天馬に言う。
予定なのだが。
5秒経過。
10秒経過。
20秒経過。
………………
「うわ------!!天馬---------!!!!?」
慌てて火生が潜った。
「水を飲んでいるな」
冷静に凶門が言う。
その前には、ぐったりと横たわる天馬。
「全くあんたは!どうしてすぐに助け出さなかったの!!!」
火生が静流に怒られている。
「いや、ほらなんて言うか……そ、それよりもだ!この場は原因を追究するより、問題を解決する方が先なんじゃないのか!?」
『お前が言うんじゃない』
全員から拳を貰って、火生が砂浜の隅まで吹っ飛ぶ。何か身体がビリビリするのは、絶対帝月が何かしたんだろう。
「とにかく水を吐き出さないとならない。
顎を上向かせ、気道を確保し、鼻を摘んで口から息を吹き込む。その場合、視線は胸へ向けて上下して居る事を確認する」
「て事で頑張れ帝月」
「……何故僕が」
憮然として帝月が言う。ちなみに帝月、普段のスーツではなくTシャツにハーフパンツと実に場にあった格好をしている。
「何故も何も、俺らがすると下手すりゃ身体が破裂しちまいかもしんねーぞ?」
先ほど、沈痛な表情でビーチボートの破片を眺めていた天馬達を思い出す。
「そうか……なら、仕方ないな……」
頷く帝月。
それを見て、笑い転げたい衝動を抑えるのに必死の飛天。凶門もあらぬ方向を見て、微妙に肩が震えている。
「え、人工呼吸って事は……何何?帝月が天馬にキスするの!?」
「わー、ぼっちゃん、夏のアバンチュールですねー!!」
瞳をキラキラさせている静流と、頭からダクダク血を流している火生を問答無用で符に戻す。
飛天と凶門は黙って退散した。
この場に居るのは帝月と、気を失った天馬のみ。
「……………」
いや、これは人命救助なんだ。何も疚しい事は。
何度も自分に言い聞かせ、ぎこちなく手を伸ばす。
(まずは、気道確保か……)
顎に手を沿え、上向かせると抵抗無くそれに従う天馬。
「…………」
帝月はこれでも強靭な精神力の持ち主なので、先に進む。
鼻を摘んで、口へ息を吹き込む。
口へ、息を吹き込む。
口から。
口へ。
唇。
「………………」
何も疚しい事は無い、何も疚しい事は。疚しい事なんか!
前かがみで、ゆっくりと顔を近づける。
今日はやけに暑いな。帝月はそんな事を思った。
あと20センチ、あと10センチ……
あと……5センチ………3センチ…………
あと、
「!!!!!!!」
ば!と、動作で空気が音を立てる速さで顔を上げ、気づけば天馬を背中に向けて砂浜に手をついていた。
なんだか呼吸が荒いような気がする。いや、気のせいだ。断じて気のせいだ。
今、弾かれたように離れてしまったのだって気のせい……なんだと思う。
いや気のせいだのなんだのと理論立てている場合ではない!!時間が経てば経つほど、天馬が危ういではないか!
今度こそ!と覚悟を決めて(覚悟を決めている事自体に何か思わないのだろうか。帝月は)ば、と意気込んで後ろを向くと。
飛天が天馬の腹に足乗せていて。
「えい」
なんて掛け声でちょこっと踏んで。
そしたらごは、と天馬が水吐いて。
「う……げほっ……っく、うー、何?何だぁ?」
「おめー、溺れたんだよ。火生にボートひっくり返されて」
「え?あ、そうだ!そーじゃん!火生は何処だ!!?」
仕返ししてあるアンニャロウ!と喚く天馬。
「火生は符に戻ってんだよ」
「そっか。あ、ミッチー、丁度いい所に!火生符から……」
帝月に近寄る天馬を、飛天が止める。
「帝月は……今は、そっとしておこう」
「なんで?」
はてな、と顔を傾ける。
「そういう時なんだよ、今はな………」
飛天のセリフは天馬にはさっぱり理解不能だ。
でも、背中向けていて表情はわからないけども、なんだか雰囲気でそんな感じがしてたので天馬もそっとしておいた。
そっと置かれた帝月が色々と抜け出せたのは、それから30分後の事だった。
<おわり>
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