天馬はその日ご機嫌で帰って、夕食の時に皆にこう報告した。
「赤ちゃんが出来たんだー♪」
『………………』
皆の手が止まる。
「学校のうさぎがさ」
「うさぎか!!」
そう叫んだのは火生であった。
「何だよ、オレん所の学校のうさぎがあかちゃん産んじゃいけねーのかよ」
なんて天馬は言うが、問題は全く別の所であった。
そんな天馬と火生の後ろで、静流が、
「ねぇ、安心?残念?」
「…………………」
なんて言って帝月の眉間に皺を刻んでいた。
「そのうさぎの飼育は、お前がしているのか?」
という凶門の問いに天馬はううん、と首を振る。
「飼育すんのは4年生の役なんだけど、でもそのうさぎ、オレ達が世話した時に入ったヤツだからさ。
スッゲー楽しみなんだ」
にこにこと、明るく言いながら天馬は笑った。
さて、数日後。授業開始5分前というちょっとぎりぎりな登校をした天馬だが、クラスの様子がちょっと違うのはすぐ解った。
ざわざわしていて、落ち着かない感じ。それだけで表すのであれば普段と変わりないが、いつもと確実に違うのは、混じっている感情が不安や心配、そして恐怖という類のものだった。
「------え」
その理由は、訊けば簡単に知れた。
「それ……マジなんか?」
天馬の問いに、頷く。
「マジ。隣の市の学校で、もう2つでウサギが殺されてるんだって」
「………………」
そうして、天馬も皆と同じように顔色を無くす。
2度ある事は3度ある。しかも、場所は近い。気まぐれで来られても、不思議ではなかった。
「犯人のめぼしとかついてねぇのかな………」
天馬は言ってみた。しかし、薄々気づいている。
学校で飼育されたウサギが殺されただけで、警察は真剣に動いてくれなという事くらい。
皆もそんな事情が解る年頃だったから。
何処か、諦めた表情をしていた。
帰宅して、天馬は何か考え込んでいた。
そして、やおら帝月を向き直る。
「なぁ、ミッ………」
「学校に結界を張ってくれとか、犯人を捕まえてくれとか、そういう願いなら受け入れられないな」
まさに天馬が頼もうとした事を、先回りで断った。
「人は人の、妖は妖の、お互いの領分を踏み入れるべきではない。
相手が妖怪に限ってなら、僕も力を使わざるを得ないがな。今回は人間とはっきりしているんだ。首を出す訳にはいかない」
「………ぅ〜……」
正論には敵わない。天馬は歯を噛み締めて呻いた。
「その意見についちゃ、俺も賛成だな」
と口を挟んだのは飛天で。
「飛天様がそうなら、あたしも協力は出来ないわ。ごめんね、天馬」
「俺なんてぼっちゃんと旦那でWでダメだ」
「……………」
ちろ、と凶門に眼を向けても、その表情は皆の意見を肯定するものだった。
天馬は少しむ、と頬を膨らませていたが、それもすぐ萎れた。そして、顔をぱっと切り替える。
「そうだよな。オレ達の問題だし、帝月達に頼っちゃいけねぇよな」
ごめんな、と無理して作った笑顔で最後にそう言い、自室から出て行った。
「………………」
その襖を睨むように見る帝月。
「”もっと頼んだら、力になってやらない事もない”……って言ってみたら?」
「黙れ」
硬質な声に、静流は肩を竦めた。
そのまた数日。
「てっちん!また出たって、ウサギ殺し!」
「えぇええ!!」
しかも今度は隣の市と言えどすぐ近く。不吉なカウントダウンが聴こえたような気がする。
「一応さ、見回りとかしてくれるらしいけど……」
でも、万全では決して無い。日付の変る頃の時間帯にまで見回る事はしないだろう。
警察や大人が頼りにならないのなら。
残るは。
天馬は、ぎゅ、と拳を強く握った。
当たり前だが、妖怪たちの時間は夜中である。
飛天達は夜の闇に紛れて好き勝手している。家には、自分だけだ。
一応、寝たふりをして、こっそりと出かけた。向かうのはもちろん学校。
ウサギ小屋だ。
犯人が見つかるまで、徹夜で張り込む。
以前は普通の身体だったが、今は違う。体力は格段にアップしているし、寝なくても平気だ。
見つかったら……その時はその時だ。今は、うさぎを守る事に専念しよう。
かつては中に入って掃除をしていた小屋が見える。まだ2年しか経ってないのに、随分懐かしい。
さて、何処で見張ろうか、と見渡すと。
「……………、」
ウサギ小屋の中で、明らかにウサギではない蠢く影が見えた。
「-----誰だ!」
小屋の鍵は開いていた。いや、壊されたのだろうか。
反射的に飛び込み、声を投げかける。
影が動いた。
そして。
闇が、銀色の一筋を残した。
<続く>
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