君の行く道は





 彼が学校のうさぎが連続して殺されているというニュースを聞いて、覚えた感情は怒りだったが、その対象は無意味な殺生にではなく、自分が押さえ込んでいる欲望を、誰かがあっさりと果たした事による妬みにあった。
 普通に生きたいだけなのに、理不尽な思いばかりの毎日。
 そんな風に悶々としている中で、子供のはしゃいだ声はとても癇に障る。
 それを思うと、学校のうさぎを痛めつけるのは、とても効率的だと思う。うさぎ自体を甚振るだけでなく、それにより子供に精神的ダメージを負わせる事になるのだから。
 うさぎが死んだ事が何だってんだ。大人になったら、もっと苦しいんだ。
 そうは思うが、実行はしなかった。それももちろん命を奪う行為に対してではなく保守のためだったが。
 しかし重なる時は重なるものだ。
 給料のカット、恋人からの一方的な別れ。
 出口を探して膨らむ一方のストレスを抱え、見つけたのがうさぎ殺しのニュースだった。
 そうだ。
 今、こうして騒がれる中で自分がやっても、それも本当の犯人の仕業だと思うだろう。
 真犯人が逮捕されたら厄介だが、その可能性がとても薄いのは自分の思い出から解っている。
 うさぎも少しは可哀想かもしれないが、自分の方がよっぽど可哀想だ。
 武器はゴミ置き場にあった鎌を持ち出した。使った後は適当に捨てればいい。
 その学校を選らんだのは、その時に周囲に誰も居ず、入る場面を目撃されなかったからだ。
 鍵を無理やりこじ開けて、中に踏み込む。そこには、世の中に何の為にもならない無意味な生き物が居た。
 いや、何かの為にはなるだろう。自分のストレス解消には。
 きゅ、と口角を上げ、何も解っていないうさぎに鎌を構えた。
 と。
「------誰だ!!」
「ッ!?」
 見つかった。




 反射的に鎌で薙ぎる。こういう時には頭より身体が先に動くとは本当だ。
 鎌に空気以外の抵抗があった。
 草のように柔らかではないが、木のように固くもない。
 斬ったのは、その道具で扱うべきではないもの、だった。




 -----どさっ!!
 倒れた音がやけに大きかったような気がしたのは、精神的なものだろうか。それとも、相手が受身らしい事を全く取らなかった事だろうか。
 取らなかった、というか、取れなかった、だろうが。
 夜に慣れた眼は、それが見れた。
 ティッシュにインクを染み込ませた時のように、急速に地面に広がる。
 血液。
「-------ッツ!!!」
 悲鳴を飲み込んで、どうにかその場から逃げ出した。




 転がるように室内に飛び込む。
 喘ぐ様に呼吸しているのは、全速力したからではない。
 殺してしまった。
 人を殺してしまった。
「…………!!!」
 ぐしゃぐしゃと髪を掻き乱す。
 どうしたらいいんだ。どうすればいいんだ。
 喚きたい声を押さえ込んで、考える。
 どうすれば……いや。
 どうにもしなくてもいいんじゃないか?
 当初の計画通り、あのままあの子供死体が見つかっても、うさぎ小屋の中という事で、警察はここ最近で起きているうさぎ殺し犯だと思うだろう。
 そうだ。何もしなくてもいい。誰にも見られてないのだから、下手に細工するだけ墓穴を掘るだけだ。
 あとは、鎌を捨てる。それだけで、大丈夫だ。
「は、ははは………」
 自然と笑いが零れた。自分はなんて馬鹿馬鹿しい事で悩んでいたのか。
 爆笑に近い笑い声が零れる。まだ残っている不安を、消し飛ばす為だろう。

 -----ピチャ……ン………

「!」
 背後からした水滴音に、身体が強張った。
 風呂場も、洗面台も、台所も。
 自分の、”目の前”にある。

 ----ピチャ……ッ……ピチャン…………

 なら、今後ろで滴っているものは、何だ?
 喉が渇く。水が欲しい。
 しかし、金縛りにあったみたいに動かない。
「………………」
 そうだ、この水音は、雨漏りだ。
 きっと、どこからか漏れたんだ。今は振ってないけど、前降ったのが溜まって、今、零れているのだ。
 そうだ。そうに決まっている。
 だから、後ろは振り向かない。見ない。
 だというのに。
 首は、勝手に回って背後を振り返る。自分ではない力に動かされるように。
 そこに”立って”いたのは。
 さっき、の。




 男の絶叫が迸る。




「ふぃー、鎌持ってるなんて聞いてねぇよ」
 天馬は息を吐いた。
 鎌の切っ先は当たり前に天馬を狙った。
 常人であればその凶器に犠牲になってたのかもしれないが、並外れた動体視力と反射神経の天馬は難なくあっさりとかわしたのだった。
 そうして。
 自分が身を翻したと同時に、相手の男へ向かい、何かが飛んで、額に張り付いた。
 符だった。
 という事は勿論。
「なぁ、ミッチー。こいつ死んでるの?」
 そんな事はないだろう、というニュアンスをこめた言葉を、帝月に投げかける。
「いや、死んではいない。ただ、幻を見せてるだけだ」
「幻?」
「はっきりした悪夢、と言った方が判り易いかもな。自首する程度に神経が衰弱したら、解放してやるつもりだ」
 もう、十分衰弱してんじゃないかな……青白い顔でぐったりしている男を見て、天馬はちょっと心配になった。
「でもよ」
 ちょっと頬を膨らまして、天馬が言う。
「この前は協力しないとか言ってたくせにさ。まぁ、してくれたのは嬉しいけど-----」
「僕は別に」
 続きそうな天馬を遮って、帝月が言う。
「協力しないとは……言っていない。符の力は貸せない、と言っただけだ」
 早とちりしたお前が悪い、とでも言うように言う。
 天馬は眼をぱちくりした。
「んな事言ったって……使ってんじゃん」
 少し困ったように、天馬は視線で男の額を差した。
「………緊急事態だったから、やむを得ない」
 帝月はそっぽを向いて言う。
 天馬は、それがいつも通りにぶっきら棒なだけだと思ったが。
 真相は、もちろん違った。




 そしてまたある日。
 天馬は、やっぱり上機嫌だった。うさぎは3日ほど前無事に産まれたから、その理由が解らない。
「ちょっと天馬。何にこにこしてんのよ」
 静流が聞く。
「んー?」
 天馬は、少し前を思い出していた。




「やぁ、皆!耳寄りな話があるんだけど、聞きたくないかな!?」
「別にいいや」
「お願いだよー、聞いてよー!!」
 と、福原が鬱陶しく食い下がるので聞いてやる事にした皆だった。
「でー?話ってなんだよ」
 さっさと済ませよな、と先を促す。そして、気を取り直したのか、すっくと立ち上がり、言った。
「実はね、この前のとは別の----というか、本当のうさぎ殺し犯が捕まったんだよ」
『マジで!?』
 皆の声がハモる。それに気を良くしたらしい。鼻の穴が少し膨らんでいる。
「捕まったと言ったけど、そいつも自首したんだよ。
 そして、その理由が傑作でね-----」


 何でもさ、学校物色してる時、女の人に逆ナンパされて連れ込まれた先で、
 火を纏わせてたり、尻尾が蛇だったり、やたら身体がデカくて牙があったりする男に脅されたんだってさ
 きっと夢見たか酔ったか、さもなくば狸に化かされたかだね




「オレさ」
「うん?」
「皆の事、大好きだぜー♪」
 唐突な天馬の告白に、全員の目が点になる。
「……な、なーに言ってんのよ、急に!」
「ンな事言ったって、何も奢らねーからな」
「そんなんじゃねーもん」
 ぎゃわぎゃわと騒ぐ静流に火生に天馬。
 飛天はやっぱりバレたか、と頬をかき、だからもっと上手くやればよかったんだ、と凶門が雰囲気で語る。
 そして。
 「”皆”大好き」というのに事に対して、色々複雑になっているのが、約1名。




<終わり>





あーあー、相変わらずカップリ色がうっすいですなぁー!
その分片思い色が濃いぃですが。(あんま報われて無いッス!帝月さん!!)

うーん、毎度の事ですが、本当はもちっと進展させたかったのに。
でも悶々とした帝月さんが楽しいのも、事実な訳でした。