その昔、天照大神が天岩戸に篭ったのは、弟である素戔鳴尊の荒行のせいだが、現在、帝月が押入れに引きこもる原因はと言うと。
ガチャガチャとボウルの中をかき混ぜる天馬の表情は、ややご機嫌斜め。
「別に全部押し付けようなんて思ってねぇのにさ、一緒にケーキ作ろうって言っただけなのに、何で押入れに篭っちまうんだろ。
訳解んねぇよな」
いや、非常に解りやすい……と天馬を覗いた此処にいる全員が思った。
天馬が今ケーキを作っているのは、バレンタインに静流から貰ったお返しの為である。
何が悲しくて、自分の想い人が違う誰かに贈る為に作っている物に、手を貸さなければならないのか。
押入れの中が帝月の定位置になりつつあるのは、偏に天馬のせいによるものだが当の天馬は全くと言って差し支えない程気付いていない。
角度を変えれば目に余るくらいあからさまなのだが、やっぱり客観的と主体的での視野は違ってくるのだろうか、と思う面々である。
さて。
そんな天馬(と帝月)に比べ、対照的なのが静流だ。
先ほどからにこにこして、ケーキを作る天馬を眺めている。
「んふふ〜♪天馬から貰ったケーキ。これでもかってくらい帝月に自慢しちゃお〜vv」
「んー?ミッチーって甘い物、好きだっけ?」
上の2人の会話のズレは、静流が”天馬の”という所にウェイトを置き、天馬が”ケーキ”という所を重要視したために起こったものだ。
静流自身はこのズレに気付いたが、さぁね、と曖昧に返事した。
ここで自分が言ってやるのは非常に簡単だ。
しかし……それでは……
(つまんないじゃない。折角面白いのに!)
天馬の一挙一動に右往左往する帝月。と、それに何でだ?という表情をする天馬は傍から見るととても滑稽で微笑ましい。
人の恋心すら自分の楽しみにする静流である。
天馬の作るケーキはカップケーキだ。スポンジと違って失敗はあまりない。
紙製のカップに中身を振り分け、オーブンにセットする。出来上がるまで静流達と他愛無いお喋りをし、ヴァニラの甘い匂いがキッチンに立ち込める頃、天馬は立ち上がった。
「もうすぐ出来そうだから、ミッチー呼んで来る!」
言うが早いか、パタパタと軽快な足音を立てて2階へ上る。
静流は少し肩を竦めた。
「ケーキ作り断られたの、そんなに前の事じゃないってのにね。
切り替えが早過ぎるわ」
天馬と帝月の小競り合いはしばし、よく目にする。
小競り合いというか、素直に意見しない帝月に天馬が噛み付くのだが。
そんな場面はよく目にするが、ごめんなさいとかすまなかったという台詞はあまり聞かない。
どんな酷い喧嘩でも、だ。
ふと気付けば、並んでいる。そんな2人だ。
「傍に居なければ落ち着かないんだろう」
お互いがな、と付け足した。
凶門のこの意見が、一番合っているのだろうと、静流は思った。
「ミッチー!」
来るまでの勢いを隠さずに、そのままスパーンと押入れの襖を開ける。
帝月がその気にさえなれば、例え一般家屋の押入れだって、飛天でも開けるのに苦労する結界を張れるのだが、そうしなかったのは、そこまでするのは大人気ないと思ったのか。
天馬が開けてくれるのを期待していたのか。
「ミッチー、ケーキもうすぐ出来るぜー。
焼きたて食おう。やっぱ出来立てが美味いよな!」
「……………」
矢継ぎ早に話しかける天馬に、帝月は答えない。
「何だよ。失敗なんかしねぇよ。簡単なヤツだし」
帝月の沈黙を取り違えた天馬が言う。
ストン、と押入れの2階から帝月が降りる。
2人はほぼ同身長なので、かち合う視線は水平に真っ直ぐだ。
「ん。行こう」
天馬は歩き出す為に帝月の手を握った。
が。
その手は、帝月が天馬を引き止める為に使われた。
「ミッチー?」
きょとん、と帝月を見る。
相手は、何だか思いつめたような、一大決心をしたような顔だった。
「……お前は………」
ひとつ間を置いて、言った。
「お前は……僕の事を、どう思っている……?」
本当は、自分は何よりもお前を想っていると言いたいのだけど。
天馬は、一回瞬きをして答えた。
「どう、って……ミッチーだと思ってる」
がっくり。
なんていう文字がでっかく帝月の背後に現れたような気がする。
「いや、だからな……好きとか嫌いとか色々あるだろうが」
一世一代と意気込んだ告白にそんな返し方をされ、何だか萎えてきてしまった帝月だ。
「オレ、嫌いなヤツを家に入れたりしねぇよ?」
「そうじゃなくて……まぁ、いい。おかしな事を言ったな」
「そうだよー、ミッチーおかしいって」
「…………」
自分の真摯な想いがこれっぽっちも通じてなくて、帝月は地に伏したくなった。
「さ!早く行かねーと飛天と火生が全部食っちまうかもしんねーぞ」
部屋を一歩出れば、芳しい甘い香りがほんのり満ちている。
その香りに包まれている天馬を見ると、和んでしまう自分は、もうきっと、前の自分には戻れないのだろう。
帝月にとって、それはむしろ喜ばしい事だった。
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