君がため





「ねぇ、天馬。今日は暇よね?」
 訊くというより、確認の態勢なのが静流らしい。
 確かに練習は入ってないし、宿題はやってないけど明日ユージにでも見せて貰えばいい(しかし、大抵凶門から宿題やったかとの指摘が入るので自分でせざるを得なかったりする)。
 だから、天馬は一応”おう”と頷いてみせた。嫌な予感はビンビンにするのだが、嘘をつけない性質らしい。
 天馬の肯定を貰った静流はにっこり笑って、
「だったら一緒にデパート行きましょv冬の新作と、秋物バーゲンがやってるのよ!」
 ググ、とチラシを握り締めて燃える静流に、天馬はどうして女って(いや、静流は男だが)バーゲンが好きなんだろう……とつらつら考えた。
 身近にいた女性と言えば母親がいるが、変わり者と謳われた父親と結婚するだけあってか、ファンションの新作よりも古代に作られた壺の方に興味があった。
 母親はそんな具合だったが、クラスの女子もバーゲンだのフェアだのという単語を混ぜた会話が盛り上がってるのは知っている天馬だ。
「服くらい1人で選べよ〜」
 目的を知った天馬は顔を顰めて言った。
 静流の買い物に付き合うのはこれが初めてではない。
 あれやこれやと店舗を梯子して、冗談抜きで一日が終わってしまうのだ。
「そうそう、どうせオメーが着るんだしなー」
 横槍を入れたのは火生である。
 天馬とデパートなんて羨ましい。
 が、あの人間が大勢(しかも殺気迫った)居る場所には行きたくないので、こんな妨害工作に出た。
「馬鹿ね。荷物持ちが欲しいだけよ。アタシは」
『……どれだけ買うつもりだよ……』
 図らずして、火生と天馬、2人の声が唱和した。
「それに1人だけで行ってもつまらないし?
 アタシに付き合ってくれたら、お礼にパフェくらい奢ってやるわよ?
 そこにいるヤンキーもどきとは違うんだから」
「俺だってバイト探してるんですー」
 中身はくどいようだが男だけども、外見は可愛い静流は駅前の喫茶店にてウェイトレスとして大活躍だ。バイト代も弾んで貰っている。
 一方、見掛け不良然とした火生はなかなか雇い先が見付からない。
 変化したらいいのに、という建設的な意見は俺のプライドが許さないという火生の自尊心にて却下された。
 ともあれ。
 ”パフェ”という単語で天馬の目の色が変った。それもう、解り易いくらいで。
「パフェ!?マジで奢ってくれんの!?
 わー、だったら行く!オレ、行く!!!」
 ハーイハイハイ!と諸手を上げて言う天馬だ。
「えっ!?じゃあ、俺も行く………」
「そんな柄の悪い人を連れて行くとアタシの品性まで疑われてしまいそうだから、イヤです」
「ンだとー!?」
「キャー、怖い。天馬、行きましょv」
「おう!んー、チョコパフェ……でもフルーツもいいよなー」
 ギャンギャン喚く火生を後ろに、静流は服飾に、天馬はパフェに頭を一杯にして出かけて行った。
 そんないつもの光景に、帝月はやっぱりいつも通りにため息をつくのだった。




「ミッチー、たっだいまー!!」
 ただいま、とか天馬は言っているが、今彼が居るのは玄関にも入ってない塀の外である。
 窓の桟に腰掛けている帝月を見つけ、その場で言う。
 以前だったら鬱陶しいで切り捨てただろう大きな声も、手を大きく振る仕草も、今は何だか憎めない。
「あのさ、ミッチー……」
 言いかけ、何も外で大声で話す事はない、と気づいたのか、駆け足で家に入る天馬。
 その速度を落とさない足音が家の中に響く。
「ただ今。あのさ、ミッチー!」
 同じセリフをなぞり、駆け寄りながら帝月の前へ座る。
 勢いがついていたせいか、なんだか距離が近い。
 何だ、となるべく素っ気無く聞くと、天馬はがさごそとバックを漁る。
「今日さ、デパート行ったら最上階で何とか展覧会とかやっててさ。昔のカルタとか百人一首とかいっぱい出てたんだ。
 んで。其処の土産物売ってる所にも寄ったらさ、静流が」
 そこまで言って、ようやく目当ての物を見つけた天馬は、それを帝月の眼前に翳す。
「コレ買ってくれたんだ。付き合ってくれたお礼に。
 なんか、オレと帝月ににぴったりの歌なんだって」
 天馬が出したそれは、百人一首の札を、トレカみたいにカードコーティングしたものだった。サイズも若干小さめだ。
「………………」
 其処に書かれている歌を読み取った帝月は、眉を潜める。
「静流が、本当にそう言ったのか?」
「おう」
 こっくりと頷く天馬。
「なぁ、どんな事が書いてあんだよ。静流、いっくら訊いても教えてくれなくてよー」
 唇を尖らせて拗ねる。2人の間でどんなやり取りが展開されたのか、想像に難くない。
「ミッチー?」
 黙ってしまった帝月に、答えを促すように、横から肩に圧し掛かる。
 天馬としては、クラスメートにもする極自然な仕草なのだが。
「……教えてやるから、離れろ」
「ん。解った」
 こいつがこんなだから、僕までからかわれる、と強ち場違いとも言えない八つ当たりをしてみる帝月。
 教えてやる、と言ってしまった以上、このままで終わらす事は出来ない。天馬は、嘘を嫌うから。
 帝月は、書かれてある歌を詠む。
「”玉の緒よ 絶えなば絶えぬ ながらへば 忍ぶることの 弱りもぞする”」
「ふーん。それ何処の言葉?」
「……日本語だ」
「……。知ってるよ!」
 顔が赤い。
「式子内親王が詠んだ歌だ。一説に藤原定家に掲げられたものだと言われている」
「へぇー。で、どんな意味なんだ?」
「それは………
 ……………
 自分で調べろ」
 この答えに、天馬は思いっきり抗議した。
「っえー!何だよソレ!肝心な所がダメじゃんかー!!」
「僕は何が書かれてあるか訊かれたから、それを詠んだんだ。別に約束を反故した訳じゃないぞ」
「屁理屈だって、そんなの!!」
「天馬」
「何だよ!」
 ガルルル、と唸る天馬に、帝月はまた静かに詠う。
「”君がため 惜しからざりし 命さへ 長くもがなと 思ひけるかな”」
「………?」
「日本語だぞ」
「解ってるよ!」
 ガーと再び威嚇する天馬。
「静流に、今の歌を伝えておけ」
「へ?何で?」
 何でもだ、と頑なに言う帝月に、変なの、と天馬は首を捻った。



 よく考えたら、帝月が直接言えば良いではないか。そう思い至ったのだが、目の前に静流が居るので、天馬は言われた通りに伝える事にした。
 のだが。
「なぁー、静流、ミッチーから伝言なんだけど」
「帝月が、アタシに?」
 一体何の冗談なのか、と目を剥く静流。
「うん。えーっと何かの短歌だったんだけど……忘れた。
 君がため、で始まるヤツ。解る?」
 和歌……君がため……
 は、と静流は思い当たる。昼間、天馬にあげたカードだ。
 あんな覚えてもないちっぽけな悪戯に、律儀に意趣返しをしてくれるものだ。
 だから、余計にからかわれるのだと、解っていても止められないのだろう。
 目の前の、この少年が関わっている以上。
 クス、と小さく笑いを漏らし、静流は言う。
「オーケイ。解ったわ。
 じゃ、アタシからも帝月に伝言。
 ”ご馳走様”って言っておいて」
「ん?静流、ミッチーに何か奢って貰ったんか?」
「ま、お腹一杯、てのは一緒かしらね」
 ウインク一つ。
 昼間から確実に増えていく頭上のスエスチョンマークは一向に消えなくて。
 帝月に静流の伝言(というか一言)を伝えると、帝月は少し怒ったような表情をして。
 何故だか、顔が赤かった。



 昨日は実に消化不良に終わった一日だった。
 こんな調子では今日にも申し訳ないし、第一、何だか自分だけ仲間はずれみたいで面白くない。
「凶門」
 一見つっけどんな凶門だが、この中の誰よりも誠実だ。はぐらかしたりはしないだろう。
「この歌なんだけど、どんな意味なんだ?」
 例のカードを見せる。これが元と言えば、元だ。
「”玉の緒よ……”
 ……これは、どうしだんだ?」
「静流がくれた」
「……静流が?」
「ミッチーとオレの歌だってさ」
 それで合点がいった、と凶門は深く頷く。
「で、どんな意味?」
 納得はしたものの、一体どう説明すれば良いのか。
 肩に圧し掛かる天馬を持て余す。
 しかし、自分の所に来たという事は、当事者達は天馬の疑問を解消してやらなかったという事で。
 だったら、どんな結果になっても自業自得だ、と無事に自己完結した凶門は、一句一句丁寧に説明してやった。
「まず、”玉の緒”というのは、魂の緒という意味で、魂をつなぐ紐、つまりは命そのものを指す。
 それが解れは、後は結構そのままで意味合いは取れると思うが、意訳すると『絶えるならいっそこの命よ、絶えてしまえ。このまま生きているとこの恋を忍ぶ気持ちが弱まって、皆に知れてしまいそうだから』という事になるな」
「………何か、これって恋の歌みたいじゃねぇ?」
「あぁ、その通りだ。誰にも知られてはならない、秘めた想いを綴った歌だ」
 あっさり肯定され、天馬の頭の中からもう一つの歌の事ははすっかり抜け落ちてしまった。




 一方その頃、静流は屋根の上にいた。
 飛天を追っかけたものの、逃げられてしまったのである。
 んもう、飛天様ったら照れ屋なんだからvとがっかりとのろけを同時にこなす、器用な静流だ。
 それにしても。
「”君がため……”ね。
 よりによって、言ってくれるじゃない?」
 最も、あれは若くして亡くなった者が詠んだものだが。
 其処だけが少し意味が違ってくるが、それでも、帝月はこの歌を選んだ。
 この歌に込められた想いを。
「こりゃー、今度からからかいのグレード、アップしないとねv」
 にんまり、と何とも小悪魔じみた笑みを浮かべた静流だった。




 その晩、「静流!オレの事おちょくったな!?」とぶいぶい文句を言う天馬に、それを笑い飛ばす静流。
 そんな天馬を見て、少し肩を落としている帝月が居た。






”君が僕のことを想ってくれるなら、この命だって惜しくないと思っていた。
 だけど、いざ君が想ってくれると、すこしでも永くこの幸せの中で生きていたいと
 想うようになったんだ”







サブタイトル、「天馬、ちっとも通じてない」の巻きでしたv
……いや、持っていきようにはそう持っていけない事もないのですが……ていうか最初はそのつもりなのでしたが……
フ。ワタシったら、ダメねv(頭こっつんv)
どうも最近帝天馬に静流&カズッキー(この呼び方は何)の横槍が入るようになっちゃって。
2人きりにすらなりません。
でもウチは帝天馬サイトです!(力いっぱい主張!)

和歌。小説のタイトルにでも、と探したのですがねー(いつもワタシが困るのは小説のタイトル付け)
そうしたら、めっちゃこりゃ帝月!ていう歌があったんで。そう、「君がため」。
最後の文はその意訳ですよvv
てっちんに似合う歌はないかーと探したんですが、大抵恋の歌は忍ぶ恋や秘められた恋の歌なんで(まぁ、歴史背景からすると当然ですが)
これ、と思うのは無かったですな。

いやー、でも和歌っていいね。言葉の韻がとても綺麗なんじゃよ。
日本の文化万歳!
しかし何しろ付け焼刃なんで、「意味違っーよ!」てな事があっても見逃してくれると幸い(汗)