子供達が夏を待ち侘びるのは、そのいかにも光照らす太陽のせいでもあるのだろうが、夜遅く(あくまで、子供の感覚)まで出歩いても親にあまり怒られないからだろう。 大人も子供も、夏の夜は長いのだ。
夏。 といえば夏休み。 と、言えば。 チームの合宿である! 朝から夕方まで練習して、近くの市民館にてお泊り。 当たり前みたいにカレーを食べて、宿題をやって(例え忘れても母親が持ってくる)。 そして夜のメイン・イベント! 肝試し、である!
「それでは、道順の説明をする」 ワクワクしたやんちゃ盛りの子供達の視線を浴び、凶門が説明する。 キャスター付きの掲示板に、おおまかな見取り図。何かと律儀な凶門が書いた物だ。 「現時点が此処だ。 左側から神社を抜けて、その道で奥のご神木まで行く。 行った証に置いてあるボールを取り、帰りは入ってきた道ではなく、そのまま目の前に続いている道を行け。 間違えそうな箇所には、看板を立てておいた。 何か、質問は?」 ありませーん!と綺麗な唱和。 「よし。順番決めのくじ引きに行くぞ」 くじ引きは皆がするのではなく、凶門が行う。公平を追求した結果だ。 「最初は-----」 ダラダラダラダラダラ……と太鼓を叩く音でも聴こえそうだ。 凶門が読み上げた、その名前は。 「天馬、お前だ」 「…………」 あちゃ〜というその表情を見えたのは、一人だけ。
雰囲気作りの為、手渡された明かりは提灯だった。 ただし、中は蝋燭ではなく、ごく軽量の懐中時計が入っている。時代の流れを感じさせる。 真っ直ぐ持ってるつもりなのに、常に揺ら揺ら動いているから、提灯は不思議だ。 「行って来いよー!てっちーん!!」 「てっちんガンバレー!!」 「神隠しに遭うなよ--------!!」 「わーってるよ!!」 それじゃ、とぶんぶんと肩で手を振り、天馬は神社の影に消えた。 と、同時に、この場に居る大多数の目には見えない者の気配も消えた。 それに何とも複雑な顔をして、凶門は時間を計った。 3分経ってから、次の者の出発なのだ。
地に道路が走り、山にトンネルが通る。 食べ物はコンビニのおかげで常に手に入り、インターネットでは自宅にいながらニューヨークの交通事故を知る事も出来る。 しかし、そんな生活が当たり前になっても、人が闇を恐れるのは、否、恐れるからこその、この文明の発達なのだろう。 先祖代々、夜の闇は怖いと、染色体の隅まで染み付いるに違いない。これからどんなに電気や機械の力が僻地にまで侵入しても、これは変らない。 ぎゅ、ぎゅ、と道ならぬ獣道を歩いているせいか、足の感触は殆ど草の上。 凶門は間違え易そうなところに看板を置いたと言っていたが、そもそもその前に間違えていたらどうなるのだろうか? 辺りは真っ暗だが、木々の向こうに民家の明かりが見える。 だが、それがまた恐怖になるといえば、なる。何だか自分だけ異世界に紛れ込んでしまったみたいだ。 「………ミッチー」 不本意だが、常にお前を見張っていなければならない。いつかそう自分に言った相手を読んでみる。 ザワザワザワ…… ふいに葉が鳴ったのは、上にだけ風が吹いているのだという事にした。……つもりだったのだが。 一度湧いた恐怖が全身を回るのは、早かった。 それを誤魔化す為にか、さっきより大きな声で叫ぶ。 「ミッチー!ミッチー!!!」 「……そんなに人の名前を連呼するんじゃない」 「んでぇぇぇぇぇっぇぇぇぇぇぇぇえええええッッ!!?」 それこそ本当に影みたいに、ふ、と後ろから現れたものだから、天馬の口から悲鳴ともつかない大音量の声が飛び出す。 「ミ、ミ、ミ、ミッチー!驚かすなよ!!」 「僕の方が驚かされた……」 キーンとなった耳を押さえ、苦い表情で呟く。こんな身体の、何処がどう響いてあんな音量になったのか。 「それで。何の用だ」 呼ぶからには何かあったのだろう、と帝月が聞くと。 「あ……えーっと………」 天馬にしては珍しく、目をキョロキョロさせると。 「あのさ……一緒に、居てくんねぇ?」 と、言った。 「……………」 一瞬、時が止まった。と、帝月は思っただろう。 実際に止まったのは、彼の思考なのだが。 「だって!」 帝月が黙っているのは、呆れているからだろう、と思った天馬は必死に口上を並べる。 「だって!!結構怖ぇんだもん!!!道に迷うかもしれないしさ!!」 「お前……今まで何匹、妖怪倒して来た?」 軽く眉を顰め、聴く。 なるべく不機嫌さをアピールしての事だ。 ……さっきの天馬の発言で、抱いてしまった感情を隠す為にも。 「いや、妖怪はさ……目に見えて、ぶん殴れるじゃん」 目に見えないから、怖いのだ、と訴える。 そういう心理はよくある事だ。解らないでもない。 さて、どうしたものか、と無意識空を仰いだ帝月の腕を、天馬が握る。 「ッ!?」 「な!?だからいいだろ!? いいよな!な!!」 「おい………」 強引に、それこそ引きずられるように腕を引かれる。 妙に鬼気迫る天馬に、帝月は仕方ない、とため息を吐いた。 心の表面だけのそれを、もっと底まで浸透させようとしたが、無理だったのは、見ないようにして。 掴まれている腕がじくじく熱いのも、気のせいにして。
片手に提灯。片手に帝月。 ボールはポケットに捩じ込んだ。 はっきりと聞き取れる範囲に、皆が勝手に喋る声が聴こえてきた。 「……そろそろ、僕は消えた方が良さそうだな」 「ん、そーだな。 ありがと、ミッチー」 へへ、と照れくさそうに笑う。 そして、は、と気づいたように。 「でもミッチー、この事、皆に内緒な?」 この”皆”とは、おそらくクラスメイトも含まれているのだろう。 ……見えてはいない、と、何度も言っているのに。 「……解っている」 しかし、口を出たのはこの言葉で。 それを受け、サーンキュ、と笑い、天馬は軽く駆け出す。 天馬が到着地に着くまで、帝月は其処でずっと気配を感じていた。
一緒に居てくれ、と言われた時の感情も、 (これから先、ずっとかと思った) 握られた腕の熱い感触も、 (まるで心臓があるみたいに)
年に一回の、子供の為の、夜のせい
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