暑い日だから




 7、8月は冷夏で「こんなに涼しくていいのか?」なんて不安にあった頃が懐かしい。
 長期休暇があけ、学校に通う日々が始まった途端、今までの寒さを忘れさせるくらいの暑さが続く。今日なんか最高気温は33度だ。
 そんな某日。


「ッあー!やっぱり夜になると涼しいなぁ!」
 風呂上り、部屋に戻るなり天馬は服を着るも疎かに、ガララッ!とガラス戸を開けた。
 その後ろ頭を、静流がスパーン!と叩いた。
「アンタは!上素っ裸で外出るんじゃない!!」
「いーじゃん。外、庭なんだし!」
「そういう問題じゃないの!!
 アタシも目の前にいるでしょ!」
「だって、静流は………わ、解った、着る」
 ”男じゃん”と続く筈だった言葉は、先に察して殺気を放った静流の元で消え失せた。
 パジャマと言っても簡単な物だ。上はタンクトップに下はショートパンツ。
 暑い夜なんかには、その薄着故、上が脱げている事もある。
 着せてもあんまし変らないかも……
 などという感想を抱き、ふと見やると。
「ん?天馬、首の根っこ、赤い点がわよ?」
「え…………え!?」
 2回目の”え”で天馬はその痕を隠す。
「………?」
 あからさまな態度。しかし、何がそうさせているかは解らない。
「あ、あ、えと……
 静流!ミッチーには言ったらダメだかんな!!」
 それだけ言って、どうしよ、どうしよ、あ、バンソーコー貼ればいいや!とタンスをごそごそと漁る。
(………ふ〜ん?)
 これはいい事を知った、と、静流は妖しく微笑んだ。




 何か。
 視線を感じる。
 それはそう珍しくも無いのだが、今感じているのには普段には見えない色があった。
「………何かあるのか」
 咥えて、このメンバー。
 凶門、静流、火生が含む事は、大抵天馬絡みであるから無下に無視出来ない。
「ん?別に?」
 そう言って微笑む静流は、子供の面倒を見る幼稚園の先生のようだ。
 しかし、それと同時に女性週刊誌を銀行のロビーで読みふける小母さんのようでもある。
「やー、さすがぼっちゃんですよね。押さえる所はきちんと押さえる!」
 くー!羨ましいなぁ!と指をパチン!と音を立てさせて言った。
「……だから、何の事だ」
 帝月の不機嫌も最絶頂。あと少ししたら、問答無用で皆を符に閉じ込めていただろう。
「ですから、天馬の首ン所のキスマーク!!ばっちり付いていたじゃないですかv」
 あれだけですか?もっと何かしたんですか?
 火生の目はそう訊きたそうだ。
 静流は別に天馬との約束は破っちゃいない。
 天馬は”静流”に”帝月”へ言ってはいけない、と言ったのだ。
 だから、”火生”に言って、その火生が帝月に問い質す分には、まるでオーケー!!
 ……言うまでも無いが、静流のこの理論展開は、人間の世界において屁理屈という。そしておそらく妖の世界でも。
 気分はすっかりワイドショー!な2人に対し(ちなみに凶門は先程から苦虫を50匹くらい噛み潰した顔をしている)帝月はというと。
「………知らないな」
 氷点下マイナス60度-----バナナで釘が打てそうな温度の声で、言った。
「僕は、そんなものをつけた覚えは無いな」
『……………』
 帝月のあまりの凍えるオーラに、3人、凶門までもが沈黙した。
「………付いていたのは確かなのか?」
 帝月が言うと、まず火生が”オイ!どうなんだ!”と静流へアイ・コンタクトを送り、それを受けた静流がコクコクと首を振った。
「そうか」
 立ち上がり、くるりと背を向ける帝月。天馬のところへ行くのは明白だ。
 3人が、再び普通に動けるようにまるまで、やく15分の時間が必要だった。



 天馬は、悪戦苦闘していた。
 何せ首の付け根なんて、自分では中々見れない所だし、鏡で見るにしても、ちょっとしゃがんだり姿勢を崩さないと、はっきりとは見ないのだ。
(あぁぁ、どうしよう、ミッチーに見つかっちまったら………)
「天馬」
 まさにその相手に名前を呼ばれ、ギックーン!と体が強張った。
「あー、ミッチー。風呂入った?」
 あはは、と笑いながら話題転換を試みた天馬だが、頬に一筋汗が流れている上、笑い声が枯れ過ぎていた。
「こっちに、来い」
「わ!?」
 ぐい、と腕を引かれ危うく体勢が崩れ倒れそうになった。
 変なミッチー、と天馬は思う。
 いつもの彼は、決してこんな力づくには出ないのに。
 当然、事情を知っている者から見れば、今の行動は、痕を付けられた嫉妬故の好意である。
 首元を見れば、容易く見つかった。
 その途端、目の前が赤く染まったような気さえした。
「お前…………」
 すい、と細い指がなぞる。ピク、と生理的な反応をする身体。
「コレは、どうした……?」
 その帝月の声を聴いたなら、どんな者でも固まり、背筋を凍らせずにはいられないだろう。
 しかし、天馬はそうでもなかった。
 それ以外の事で頭が一杯だったからだ。
「あぅ……こ、これは………」
「言え。どうした」
 真っ赤になって言うのを躊躇う天馬の姿に、帝月は無意識に符を探していた。それも、とびっきり苦しくて痛みを与えれるヤツだ。
「〜〜〜〜〜ッ!ミッチー、ゴメン!!」
「お前は謝らなくてもいい。何処の誰が…………」
「あれっ程ミッチーに裸で居るな、て言われたのに、オレ、つい暑かったから上脱いで昼間過ごしてたんだよ〜
 で、蚊に食われたんだな、多分」
「…………蚊?」
 よくその痕を見れば……確かにちょっと膨らんでいる。
 蚊。
 ………蚊。
 帝月は眩暈を覚えた。
 間違える程、我を失っていただなんて……
「……ミッチー、やっぱ、怒ってるよな?」
 天馬は帝月の沈黙をそう捉えた。
「いや…てん怒ってはいない」
 座り込みそうになる脱力感に、立っていられる自分に拍手したい。
 え、そう?とぱっと顔を輝かす。
 全く、何から何まで振り回されっぱなしだ。
 とりあえず。
「次からは怒るぞ」
 釘をさしてはおかないと。





”暑さ対策”の続編ですな。わー、一年前だし……
ところで”怒るぞ”てセリフ、妙に可愛いよな、とか思うのです。