”本日は明け方より曇り。 昼より雨が降り出し夜には所により雷を伴う雷雨となるでしょう。”
今日は卑しくも大和国民であるなら、その恋物語に身を焦がす日ではあったが、生憎上のように誰かが仕組んだみたいな最悪の天候となった。 がっかりしたのは短冊に純粋な願いを書いた子供達か、はたまた伝承に乗っかって恋人と雰囲気を出そうとした大人達か。 が、例え雨であろうと、7月7日の日本では、家の軒先やベランダに、短冊の付いた笹がある。 当然此処も例外ではなかった。
「今年の彦星は、きっとアンタみたいなヤツなのね」 こんな時ばかり天候は予報に忠実で、街はあっという間に雨のベールで覆われた。 こういったイベントの好きな天馬は、おそらく今頃がっかりしているだろうな。 と、つらつらと考えていた帝月に、そう言ったのは静流だ。 「………」 「きっとアンタみたいに嫉妬深くて、織姫を隠しちゃったんだわ。誰にも見せないように」 ねぇ、と同意を求めてクスクスと笑う。その表情はまさに妖艶。 性別は男であろうと、その容姿にその仕草であれば、愚かな男を引っ掛かける事は容易いだろう。本人にその意思があるかどうかは別として。 しかし、自分がどんなに誘惑する事に能力を総動員させても、天馬と、目の前のコイツだけは堕ちないだろう。静流はいつもそう思っている。 「………自分も会えないだろうが」 会話なんて成り立たせたくはなかったが、何か異を唱えないと静流に小馬鹿な笑いを浮かばせたままだ。 それは、癪に障る。 「いいのよ。それでも。 誰にも会えないのなら。 強い愛情故の強い独占欲。 一番解ってるんじゃない?」 「……………」 「そんなに皺を作んないの。ただえさえ愛想は良くないんだから。 天馬に嫌われちゃうかもよ?」 その名前を出した途端、帝月に纏う空気ががらりと変る。 凪の状態だった海面に、波紋が立ったみたいに。 あぁ、面白い。愉快だ。 折角の七夕。 星達の恋愛浪漫。 妖怪でも、ましてや静流は恋する身。 それがこんな天候で、八つ当たり半分、からかい半分で静流は帝月をなじるのだった。 「………もーすぐ帰って来るかしらねー。 あいつはお星様じゃないから、雨が降ったくらいじゃ、隠せないわね?」 「…………………」 いい加減にしろ、と符を出した帝月から、逃れるように部屋を出た。
今帰ったのが誰かなんて、一発で解る。 それが天馬なら、尚更だ。 理由は単純。”慌しい”。 「たっだいまー!ミッチー!」 「……もう少し静かに帰宅は出来んのか、貴様は」 「あのなぁ!ミッチー! オレ凶門から教えて貰ったんだけど、七夕の短冊に書くときって、サトイモの葉の露で書くといいんだってな! んで、八百屋のおっちゃんから貰って来たんだぜv」 ほらー、と自分の顔ほどに大きな葉を、それは得意げに帝月に見せた。静かにしろ、という忠告はその笑顔で消えた。 「飛天たちは酒買ってる。 七夕には酒だなって、昨日も飲んでたじゃんなぁ? なんで毎日飲みたがるんだか、解っかんねーなぁ。そんなに美味いのか?」 「飲むなよ」 「飲まねぇよ!」 念のため釘を刺す帝月に、ちらりとはそう思っていたのか、天馬はちょっとムキに反論した。 そして、やおら物置を漁り出す。 「えっと……習字セットここに仕舞った……あ、あったあった」 中身を改め、筆や墨など、とりあえず必要であるものは揃っていた。 「まだ短冊を書くつもりか?笹が折れるぞ」 ざっと帝月が見たところでも、天馬は最低10個は願い事を笹に吊るしていた。 「むぅー、ミッチーの毒舌!」 イーッと歯を見せる天馬だ。 相変わらず、くるくる表情の変るヤツだ。 「…………。 天馬」 「ん?何?」 いくら拗ねても、呼ばれたら答える所に素直な性分が窺える。 「……何でも無い」 「んー?変なミッチー」 今更露は取れないから、雨の水でいいや、と天馬は窓から身を乗り出す。 「天馬」 そうしたら、また帝月に呼ばれる。 「何?」 「………いや」 「…………。 ミッチー、熱、ある?」 その後、どやどやと皆が帰ってきて、そうなった時には帝月の妙な行動など、天馬の頭からすっかり抜け落ちてしまっていた。
君が星でなくていい 雨で隠せなくていい 星の大河に阻まれる事も無く
呼んだ声が、届く距離
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