ぶつかり合ったりすれ違うのは仕方ない
相手は”自分”じゃないのだから
「なーんか最近……雨続きだよなー」 次から次へと雨を降らす鉛色の雲を睨んで、窓枠にへばりついている天馬が言った。 まだ梅雨には早いのに、ここ1週間まともに太陽を拝んだ覚えがなかった。 それで何が不満かといえば、当然野球が出来ない事だ。 一番好きな事が出来ないと、他も何も出来ないように思えてしまうから不思議だ。 そうなると、当然口を出てくる言葉は。 「……退屈だぁー」 で、ある。 と、そのセリフを待ってました、と言わんばかりに火生が、 「そっかー、だったら天馬くーん。俺と一緒にこれを見よう!!」 「んー?何?」 「”リング”」 やたら青い袋を片手で掲げ、楽しそうに言った。 ここで言う”リング”は勿論呪のビデオで、見たら七日以内に死んで、井戸から出てきたりブラウン管から出てきたり本当に映像に幽霊が映っていたりした、アジアホラー映画の先駆けとなったあの”リング”である。 天馬はヒク、と顔を引きつらせていた。 正直自分は、ホラー映画はあまり好きではない……どころではない。君付けされた時点で気づけば良かった。 「や、やだ!見ない-----!!」 まるでビデオ自体が瘴気でも発してるみたいに、遠ざかる天馬。 が、火生はその首根っこをしっかり掴んで離さない。 「一緒に見よーねーv天馬くーんvvv」 相手が弱くなるととことん強気になる火生であった。 「だ、だいたい何で火生がンなもん見るんだよ!!意味ないじゃん!!」 本物の妖怪である火生が、何故作り物の怨霊を見なければならないかと天馬は問いたいのだろうが、それを認めると人間も人間の出る映画が見れなくなってしまうのではないだろうか。 「人間がどんな物に恐怖し、どんな風に怯えるか、っつーのを見るのはいい勉強になるってもんだ。 それに俺好みの人間の女が出てるし」 絶対2番目が本当の理由だ。 「ま、別に俺も悪魔じゃねーし?妖怪だから。 オメーがどぉぉぉぉぉしても怖くて夜一人で便所に行けません、ていうなら見るの勘弁してやっけど?」 すべからく、スポーツ選手というのは負けず嫌いだ。 「む。そんな事ねぇもん!!」 天馬も然り。 「よーし良い返事だ。 て事で飛天に静流ー!ゲーム片付けるぜー!」 「了ー解v」 「ビデオってのはこれだよな?」 天の魔王はいつのまにか電化製品に馴染んでいた。 凶門は凶門でいつのまにかちゃっかり場所を変えているし。 それもこれも……皆天馬にちょっかいかけたいだけなのだ。 ううううーと劣勢の犬みたいに唸る天馬は両サイドをがっちり火生と静流に固められてしまった。 そして。 ………時々、うにゅあー!!という訳の解らん悲鳴を聞いて、押入れの帝月はため息を隠せなかった。
「ミッチー。ミッチィー…………」 「……何だ」 時間は夕食後。場所は今から部屋に行くまでの廊下。 なぜこの時間のこの場所で呼び止められるのか、心当たりはさっぱりない。 人とはあきらかに存在の仕方の違う帝月は、当然食事を採る必要は無い……のだが、当たり前に天馬に「ミッチーの分!」と用意されてあったのでは、食べない訳にもいかない。 なので帝月は、天馬と居る時に限っては普通の人間みたいに”食事”をするようになった。 呼び止めたものの、肝心の用件を言うのに天馬は躊躇っているようだった。声をかけたのも、決心をつけての上だったのだろう。 帝月は訝って眉を寄せたのだが、天馬には咎める様に見えた。それでようやく口を開く。 「あんな……今日な…… …………オレと……」 ……オレと? 帝月はその続きを待った。 「オレと……一緒に風呂入ってくんねぇ?」 「…………………………は?」 何を言い出すかと思えば……言われてもその意図が解らない。 目が点になるというのはこんな気分だろうか。 「だ、だって、昼間怖いの見ちまって一人で居るのなんかヤだし、かと言って飛天達に頼んだら思いっきりからかわれるし! もうミッチーしか頼む相手いねぇんだもん!!なぁ!なぁ!ミッチー!!ミッチー!!」 袖を掴んでゆさゆさと揺す振る。 なるほど、先程から声のトーンをやや抑えていたのは先に部屋に行った連中に聞かれないようにする為か……と納得する一方。 やたら自分に縋ってくる天馬に、何だか……何だか…… ……目はうるうるしてるし……やたら自分の名前連呼してくれるし…… ……………… 「なぁ、ミッチ……お願いだからぁ……」 「………解った。入ってやる」 要求を受け入れたのはこれ以上天馬にお願いされない為なのは言うまでも無い。 「本当か!?サンキューな!!!」 余程イヤだったらしく、感極まって帝月に抱きつく。 天馬が離れて部屋に戻ってもも、しばらくその場に固まったままだった。
「あ、ミッチー、服入れるの其処だからなー」 「解った」 湿り気と香りを含んだ空気。 無論帝月が風呂に入るのはこれが初めてだった。 飛天達は入っているらしい。身体の汚れを落とすためではなく、湯に浸かってリラックスする為だ。 天馬に付き合うようになって、自分の今までの生活スタイルを変えた事はもう数え切れない。 しかし、まさか風呂に入るようになるとは…… 未来は誰も解らない。 そんなフレーズがふと脳裏を掠めた。 「ミッチー、オレ先に入ってるからなー」 「あぁ………」 と、天馬の方に目をやれば。 「…………」 無言でタオルを掴み、天馬へと突き出す。 「お前は、腰にタオルくらい巻け!!」 自分らしくない事この上ないが、怒鳴らずにはいられなかった。 「えー、何で?」 「礼儀だろう!それは!!」 帝月がそう言うと、案外天馬はそっか、それもそうだなーと大人しく帝月に従った。 何処まで無防備になれば気が済むんだ!と結構ズレた怒りを抱き帝月も脱衣所を後にした。
この家の風呂は寝そべるように入るユニットバスではなく、長方体を抉ったような形の湯船と呼ぶに相応しいものだった。 大人一人がゆったり入れるサイズなので、子供の体躯の2人が入ってもあまり窮屈さは感じされない。 「あ〜、良っい湯だっな♪」 節をつけて天馬が言う。 泣いた烏がもう笑ったというか、さっきまで怯えの表情をしていたとはとても思えない。 しばらくふにゅー、と心地よさに蕩けていた天馬だが、ふいにその表情を崩した。 「オレさぁ……本当にああいうのダメなんだ。 ていうか、どうしてあんなの作ったり見たがったりするヤツがいんのか解らねぇ。 どうせ見るんなら笑えて楽しいヤツがいいのになぁ……」 湯船の淵に腕と頭を乗せていた天馬は、ちゃぷんと口ぎりぎりまで湯に浸かる。 「……オレ、心狭いな。そんなのいけないのにな」 「………………」 位置的に下となった天馬を見下ろす。 いつもはふわふわいしている髪も水分を含んだ事でしっとりと天馬の頬や額に張り付く。 濡れた事で光沢が増し、一層輝いているようにも思えた。 「……差別や偏見を抱かない人間が居る訳が無い。そう思うことは防衛に繋がるからだ」 「……………」 帝月が黙るのはよくある日常だが、天馬が黙るのは物を食べている時か何かを言われその意味じっと考えている時か、だ。最も理解できるか否かはさて置き。 「肝心なのはそれを自覚し、受け入れるかにある」 ……心が狭い、だと?
本当に狭いのなら、そんな風に煩うものか
うーん、と言われた事を思巡させ、自分なりに消化出来たのか帝月の方を向く。 「ミッチーって、いい事言うな!」 「……………」 いい加減、この笑顔に慣れないと、と帝月は思う。
で。 「うあ〜〜〜……………… 熱ぃぃ〜………」 天馬は体中真っ赤にし、のぼせていた。 何の事は無い。 互いに相手が出ようと言い出さなかったからまだ入って居たいのだろう、というすれ違いの思いやりの結果だ。。 帝月は温度を感じないので放っといても何とも無いが、曲りなりにも肉体的には普通の人間である天馬はしっかり湯あたりしてしまったのだった。 せめてもの慰めは、のぼせたせいで怖いビデオが原因で寝つきが悪くなるような事はないだろう、という事だろうか。 ちなみにこういう状態でも直接扇風機なので冷風をあててはいけない。 とりえずは水分補給だ。 凶門は清涼飲料水を持ってきた。 「ほら、飲めるか?」 「う〜喉カラカラ……」 「一度に沢山は飲むな。ゆっくりだ」 「ん………」 いいつけどおり、普段飲む一口分をこくんこくんと飲み下す。 「んで。こいつがのぼれるまで、オメー何してたんだ?」 「……何もしていない」 『……………』 「…………何もしていない」 飛天に詰問され、その場全員の視線を浴びせられようとも。
本当に何もしていなのだから、帝月はそう言うしかなかった。
「………本当だ」 それもまた少し悲しい、帝月、初めての入浴の夜だった。
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