異国人がこの国を取り上げるのなら
決って脳裏に開く淡い花弁
もとより自国の者なら尚の事
「飛天--------!!今野球行ったら、桜もう咲いてたんだぜ--------!!!」 春の日差しを浴びてうつらうつらしていた所。 その背後をいきなり抱きつかれたらいくら天の魔王とて吃驚するし、そのまま前につんのめって顔を床に直撃させたりする。 「……天馬……オメーなぁ!!」 「花見行こうぜ、花見!ずっと約束だったもんな♪」 今度ばかりは鶏冠に来た、と怒鳴りつけようとしたセリフも表情も、その幼く無防備な笑顔を見た途端、う、という小さな呻きと共に消えうせる。 それどころか、自分との約束を護れる、と勇んでの事だったのだし、と許そうとしている自分も居る訳で。 でもやっぱり認めるのは悔しいから、 「やなこった。何が悲しくてこんな街中の桜、拝めねーとならねーんだ」 飛びついたまま飛天の背中に張り付いたままだった天馬は唇を尖らせた。 「そりゃ……鞍馬山の桜に比べたら子供騙しみたいなもんみたいかもしんないけど。 でもすんげー綺麗だったんだぜ!咲き始めた頃で散ってもないしさ!!」 ふーん、と興味を無い振りを装っていた飛天のすぐ眼前に、突如天馬がひょっこり顔を出した。 「ぅお……!」 「だから、行こう!!!」 誘うのに一生懸命なのか、天馬はどうやら飛天が戦いた事に気づかないようだった。 (こいつ……解っててやってんじゃねーんだろうな……) 普通に接するのならまだいいが、こう間近に寄られると心臓に悪い。色々と。 「なー。オレたこ焼きも焼きソバもリンゴ飴も強請らないから」 「の、割りにゃやけに具体的に言うじゃねーかオイ」 「飛天〜〜〜」 帝月曰く、天馬の猫なで声に弱いのは彼だけではなくて。 自分もそろそろ桜を見たかったのだ、と飛天は必死に言い訳をした。 「………ま、折角の桜だしな」 「それじゃ……!」 「ただし!!」 キスできるまであと少し、という距離にまで縮まった天馬の額を指で押さえた。 「見る時間は俺が決めるぜ?」 に、と不敵に笑う飛天に、天馬はきょとんと首を傾げるばかりだった。
風花の花言葉は”精神美” その名に相応しく、咲き誇る様のなんと艶やかで逞しく そして なんと儚いことか…………
(そろそろ、だな) 弄っていた時計を置き、窓の外を見て飛天は立ち上が……ろうとしたのだが。 何かが足を引っ張った。それは邪魔を出来る程の力でもないのだが。 何処か期待をして、視線を下に向けてみれば案の定の光景。 「ぬにゅ〜〜〜」 「天馬!?」 寝言だか呻きだかを上げながら、足の裾を掴んでいるのは天馬であった。 「なに……起きてんだよ」 「だって〜……飛天この時間に見るんだろぉ〜?」 飛天の指定した時間は、日の入りのやや前。まさに夜と夜明けの境界であった。 「しかも目覚まし止めて〜〜 ……ンなにオレと一緒に行きたくねーのかよ……」 憮然とした表情がふにゃ、と緩み見る見る内に目に涙が溜まる。 ぎょ、と慌てながら飛天は腰を降ろし、天馬に話しかける。 「い、いやだってお前絶対起きねーだろうなーと思って、だったら目覚ましも無駄になるじゃねーか!!だから……」 「………………」 「わーった!行く!行くよ!!一緒にな!!」 「へへ〜〜♪やった」 ……目に溜まる限界まで涙が浮かびあがったかと思えば、これだ。 やはりこんな普通の子供はまず起きない早朝……いや、朝とも呼べない時間に起きたせいか、その笑顔も何時もと違って勢いが無い。 しかし勢いが無いせいで、その分柔らかさだけが全面に押し出されていてこれはこれで……て何考えてんだ!! 別に飛天は天馬と一緒に花見に行きたくないわけではない。むしろその逆だ。 ただ、普段自由奔放で遊ぶ天馬が、自分の事で慌てふためいてくれたら、なんて、嫌気がさすくらいの子供っぽさに逆らえず。 ……最も、振り回されたのは自分の方だったが。 「じゃもう少し寝てな。行くのは昼頃でいいだろ?」 布団から半分這い出した天馬をきちんと寝なおし、掌をそっと目の上に翳して寝ろと訴えた。 が、天馬はその手をやんわり退けて、 「いいよ。今行こうぜ。 こんな機会じゃこんな時間に起きねーし。この時間の桜も見てみてーし」 それに、と付け加える。 「飛天は、この時間に見たかったんだろ?桜」 「………まぁな」 「だったら行こー」 と、天馬はのそのそと起き上がり、これまたのそのそと着替えをし始めた。 無理矢理寝かしてもよかったけど。 でも。 天馬の言った通り、自分はこの時間帯の桜が好きで。 ……ならば、その桜を、天馬に見せよう。 「飛天〜出発〜〜」 着替えの終わった天馬が間延びしたテンポで張り切って言う。 じっとしていても、何だかふらふらしているようで危なっかしい。 はぁ〜、と一応これ見よがしに溜息を吐いて、飛天はひょい、と天馬を担いだ。 「ん?」 「歩く途中で寝かれちまったら面倒だしな。だったら最初から担いでいる方がいいだろ?」 「ぬぅ〜オレ歩いたまま寝たりしねーもん……」 そのままぷい、と天馬は顔を逸らしてしまったから。 飛天が薄っすら微笑んでいた事に、本人共々気づかなかった。
花見をするにしても何処が良いだろう。 空の上から飛天は場所選びに専念する。 飛天が真剣に場所選びをするにはそれ相応に理由があった。 気を抜くと、つい担いだ天馬の寝起き直後で少し高めの体温や、ゆっくりな吐息等に妙な気を起こしそうだったからだ。 そうならないために、と思っている辺り、ひょっとしたらもう手遅れかもしれないが。 周囲をざっと見下ろして、飛天はどうにかお眼鏡に適う場所を見つけたらしい。 「おいー、降りるぜ」 「んー………」 「寝たかったら寝ろよ」 「寝ねーもん」 それにはややはっきりした発音で言った。
そこは神社だったが、周囲をぐるりと全部桜の樹で埋め尽くした、何ともこの季節にはとても豪勢な境内となっていた。 ふわり、と殆ど衝撃も無く降り立つ。天馬なんかは何時降りたか解らないくらいだった。 「着いたんかー?」 「まーな。降ろすぞ」 2人が降り立ったのは、境内の真ん中だった。あたり一面桜のパノラマだ。 「もうすぐ日が昇る。それまでは我慢出来るか?」 「出来るってば……」 しかし、語尾がうにゃむにゃと掻き消されてしまった。 「夜が明けて、日が昇るだろ。 その瞬間の、照らされる桜がいいんだ」 「へぇ〜……」 想像でもしてみたのか、天馬の目が期待に輝く。 「座れよ」 「いい、座ったら寝ちまいそうだし」 やっぱり眠いんだ、と飛天は思った。 段々と夜の闇が薄くなる。夜明けが近いのだ。が、近いと思ってからがまた長かった。 「なー、飛天」 いつ倒れこんでもいいように、と飛天は天馬のすぐ近くに居た。 「オレ、考えたんだー。どうして、桜って見ると何だかわくわくすんのかなーって。 でさー、結構簡単だったんだ。 他の花は何だかんだ言っても花屋にあるじゃんか。 でも、桜は今の時期しか見れねーんだ。多分、そのせいなんだ」 うんそうだ、きっとそうだ、と天馬は自分の考えにしきりに頷く。嬉しそうに。 「……ま。いい物てなずっと側にあるもんじゃねぇんだ。 たまに、その時だけにしかないから、いいんだ」 「そっかー。そだな……」 珍しく素直に自分の意見を受け入れてくれた飛天に、笑顔がますます嬉しくなる。 「でも」 天馬がこっちを向く。
夜が明ける。 日が昇る
「オレ、飛天にはずっと側にいて貰いたいなー」
日が昇った。
「--------…………」 「………あー!!日が昇ってんじゃん!!飛天どーしよー!見逃した--------!!!」 折角こんな早起きしたのに!!と喚く天馬。 しかし、それも結局寝てしまうまでの、ごく僅かな時間だった。
夜明けの桜を拝めなかったのはお互い様。何故なら自分たちは向き合っていたのだから当たり前だ。 飛天の目の前、闇を掻き消した光の中、それに照らされていたのは勿論桜ではなく。
視界も、脳裏も、思考も、自分の全てを埋め尽くしたのは、
天馬、だった。
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