「なー、ミッチーてば酷いだろー? ………って、何大爆笑してんだよ」 「だ……だって………!!ぷくく」 一体どんな顔して言ったのか、想像だけで笑えて仕方が無い。 今が街の雑踏の中でなければ、腹を抱えて転がりたいくらいだ。 「まぁ、……それは向こうが悪いわね」 何とか笑いを押さえ込み、言う静流。天馬はだろー?と頬を膨らませて拗ねる。 「確かにたかが本だけどさ……何もあんな言い方しなくってもいいじゃん」 「あー、あいつ人付き合いとか、他人とのコミュニケーションとか出来なさそうだし?」 「謝ったって許さねーもん。 ミッチーの馬ー鹿。馬鹿馬鹿馬鹿ー」 「もっと言ってやれー!」 静流は憤怒する天馬を、それは無責任に囃し立てた。
ここでも人を馬鹿と連呼するのか!!というツッコミを帝月はどうにか出さない事に成功した。 あの後飛天達の居る家から出た帝月は、何処に行くでもなく天馬を尾行していた。 10メートル弱前の天馬には気づかれないが、その分第三者の目からは丸見えだった。最も帝月の姿は一般人には見えないのだから、そんな心配は不必要であった。 と、2人が角を曲がった。あまり遅れを取らないように、このときばかりは距離を詰めた。
デパートの中へと入った2人は、まず静流に付き合わされてブティックのフロアへと行く。 いかにも退屈そうな表情の天馬に、静流が後ろからこっそりと、奇抜なデザインの帽子を被らせた。 それに気づいた天馬が、静流に向かって叫ぶ。が、あはは、と笑われただけだった。 「……………」 一体自分は何をしているのだろう、と今更だが思う。 他に行く場所もないから……いや、違う。 ただ純粋に、天馬の側に居たいのだ。その姿を見ていたいのだ。 ……て、この行動パターン…… まるっきり、ストーカーというヤツなのでは。 そんな事は無い!自分にやましい気持ちなんかこれぽっちもないのだ。 単に和解のきっかけを探しているに過ぎな……
『和解をしたいのなら、もっと堂々とするべきだ』
絵本を読んで泣いた天馬に、そう言ったのは他ならぬ自分だ。そのセリフが胸に深く突き刺さる。 今なら、そうだ。あの絵本の狐の気持ちが痛い程よく解る。 和解はしたい。けども、それを拒絶される可能性がかなりある。 それでもしないなら、隠れて、しているのが自分だと気づかれないように……けれども、それは単に自分が傷つきたくないからだ。 逃げているだけだ。 (……誰が、逃げるなど……) そして今更傷つくものがあるものか。 意を決して、帝月は天馬に声をかけるべく、隠れていた郵便ポストから身を現せた。 が。 本当は横の静流に向いただけだったのだが、顔の向きを変えた天馬に、帝月は反射的にまた隠れてしまったのだった。 こんな時に胸に溜まるものを、人は自己嫌悪と呼ぶに違いない、と帝月はあまり知りたくない事を知ってしまった。
覚悟は、出来た。 天馬が帰ったら、謝ろう。 謝ってみよう。 思えば誰かに”謝る”なんてこの世に現れてから初めての事ではないか。 その相手が天馬だと言う事に……自分は何処かで納得していたりした。 家へ帰ると、まだ飛天はニヤニヤしていたし、「仲直りしましたか、ぼっちゃん」と火生に言われたのが何だか気に障ったので無視を決め込んだ(いつもの事)。凶門は相変わらず野球の本を読んでいた。 室内の4人、てんでばらばらである。 早く帰って来いと思ったのは何度目か。 「たっだいま〜〜!!」 元気、という言葉が相応しい声が、玄関からここまで届く。ばたばたという足音が聞こえる。天馬は、この世に走ってはいけない場所なんて無いと思っているだろう。 たった数時間のくせに、もう何日も見ていないような気がした天馬の顔は、寒さの為か少し赤かった。 天馬は片手に紙袋を持っている。どうやら熱そうだ。 「たいやき!安かったから皆の分も買って来たぜ」 何処の馬の骨とも解らない自分たちでも、天馬はまるで家族のように接する。何だかんだで此処を離れない理由はこれが大きいのだろう。 まず一番近くに居た火生に渡した。どうやら静流はもう食べたみたいだ。天馬も。 次に凶門に渡す。そして飛天。確かヤツは酒飲みのはずだったのでは。 出かける前みたいにあかんべされたり、ましてや他のヤツにべったりされたのではたまらない。 早く切り出さねば。 「………天、」 「ほら、ミッチーの分!」 帝月の初めての謝罪の言葉は、目の前に差し出されたたいやきによって阻止されてしまった。 「……………」 「しっぽまでアンコ詰まってんだ。お得だよな」 …………何がお得だ。 お前僕が謝っても許さないとか言ってたじゃないか、とか。 僕は今日貴様のせいでどれだけ、とか。 飛天達に散々からかわれてだな、とか。 言いたい事なんて山のようにある。 けども。
天馬が気にしてないのなら。
はくり、と天馬からのたいやきを「食べた」。一応、知識としてはこういう食べ物がある、というのは知っているが、口にしたのはこれが初めてだ。 思えば、天馬が自分に齎す事全てが自分にとって初めてだ。 「うまいだろ?」 帝月には美味い不味いの区別はない。必要がないのだから。 「………うまいだろ?しっぽまで入ってるもんな」 「………」 いつもの天馬らしくない口振りだ。一体何だ、と思って見れば、その視線はたいやきに集中している。 -----あぁ、そういう事か。 たいやきを半分にし、天馬にさしだした。 「いいよ、お前にやったんだし」 「構わん。第一そんな物欲しそうな表情されてたらおちおち食えんだろうが」 え?オレってそんな顔してるか!?と手でぺちぺちと頬を叩いた。 天馬はちょっと考え込んだが、食欲に勝てなかったのか、サンキュな、と頭の方半分のたいやきを貰った。 ぱくぱくと自分とか違って、本当に美味しそうに齧り付く。 「………なぁ、天馬」 「ん?何?」 帝月は、それでも謝ろうとした。 けども、口の端にアンコを付けた天馬を見た途端、 「………何を付けているんだ、お前は」 顎を捕まえ、強引に拭った。
まぁ、たまにはこんな日があってもいいかもしれない。
そんな風に、思った。
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