某月某日。
「ミッチーの………… 大馬鹿ヤロォォォォォォ----------!!!」 「…………………」
帝月が天馬に馬鹿呼ばわりされた。
「な、凶門。どっか行こう、どっか」 「………”どっか”とは、何処なんだ」 ズボ!と本と自分の身体の隙間から頭を出した天馬に、凶門はさほどリアクションを返さず言った。 これが飛天や火生辺りなら、「何してんだオメーは!」と拳骨の一個でも落ちてくるのだろうが。 「いいじゃん。出かけながら考えれば」 むぅ、とどこか剥れながら天馬が言う。 その態度に、あぁ、こいつは外に出かけたいのではなくて、部屋の中に居たくないのだな、と凶門は思った。 出来れば付き合ってやりたいのだが……いかんせん、今の自分は野球の監督しての役割を全うしなければならない義務がある。 少しでも細かなルールを頭に叩きたい所だ。天馬に付き合えばそれが出来なくなる。 「まーさーとー」 よいしょよいしょとすっかり凶門の膝に乗り上げる形となった天馬は、胸倉を掴んで軽く揺さぶる。その程度では、身体は愚か、衣服が少し乱れるだけだった。 こんな過剰なスキンシップは鬱陶しい筈だが、天馬がやるとそれほどでもないから不思議だ。 と、背後から冷たい気配を感じる。 振り返らなくても解る。これは、自分を符にへと括る者。 帝月がこちらを見ている事に気づいたのか、天馬は、事もあろうに。 「べー」 帝月に向かってアカンベーをした。感じる気配が硬いものとなる。 「………………」 これはどうしたものだろうか。いや、二人がケンカしているのだというのは解る。 火生なんかどうしたらいいのか、帝月と天馬を交互に見てはおろおろしているし、飛天に至ってはあかんべさえれた帝月を、面白い物でも見るような視線を送っている。 で、静流は。 「じゃ、あたしと行く?」 まるで帝月に見せ付けるかのように、凶門にべったり張り付いた天馬に向かって、そう言った。 「静流とぉ〜〜?」 「………何、その顔。不満な訳?」 「ひひゃいひひゃい!!」 うえ〜と顔を顰めた天馬のほっぺを、左右にむにーと引っ張る。 「だってよー。静流と行くと服見てばっかだもん。つまんねーよ」 解放された頬を摩りながら訴えた。 「これだからガキは嫌よねー。 ちゃんとスポーツ用品店にも寄ってあげるから」 「うーん……じゃ、いっか」 かなり天馬としては譲歩してその要求を受け入れた。 そして二人は行って来ます、と出て行った。 「………んで?」 二人が……正確には天馬が去って行ったのを、見計らい飛天が口を開く。 「何したんだよ、オメーらは」 「………貴様には関係ない」 「あー、そうだな。出来ればお前には関わりたくねぇよ。お前には」 しかし天馬が絡むとなれば話は違う。 「基本的に瞬間湯沸かし器な天馬がああいう態度を取るなんてよ。いつもとは勝手が違うんじゃねぇの?」 まあ、確かに。 何の前振りもなくあんな真似されたのは初めてだ。 帝月ははぁ、と溜息をつき、 「何でもない事なんだ、本当に」 もう一回溜息。
「天馬が、本を読んで泣いていたんだ」 「………は?」
「ミッチーぃ〜…………」 「何………」 の用だ、天馬。という後半のセリフは奪われた。 何故って、振り返った先の天馬は泣いていたから。大きな目から、ぽろぽろと雫が零れる。 「どうした。何があった」 何処か痛いのだろうか、といらない心配までしてしまう。 「これ………」 と、差し出されたのは一冊の本。 「可哀想だよぉ〜〜〜」 うりゅ、と天馬の瞳が潤む。 何なんだ、本当に一体、と帝月はとりあえず原因である本に注目してみる。 拍子に、”ごんぎつね”と書いてあった。 天馬はえぐえぐと嗚咽を洩らしながら、 「折角仲直りしようと思ってたのに、撃たれちまうなんて………」 ぐし、と側のティッシュを引き抜いてそれで涙を拭った。 「………下らん」 「ほえ?」 中身を見ていたらしき帝月は、ぱたん、と本を閉じた。 「確かに撃たれて可哀想ではあるかが、それも元はと言えば向こうが悪いんだろう」 「そうだけど……」 「第一和解をしたかったら、もっと堂々とやるべきだ。 それに、疑わしい事はするなと、中国の古い言葉にもある。どう見ても非があるのは狐の方だろう」 「……………」 「何より。 たかが作り話如きで何を影響されて………」 「…………ッチーの………」 言われたセリフは、初め小さくて聞こえなかった。 が。次には。 「ミッチーの………… 大馬鹿ヤロォォォォォォ----------!!!」 声の限り、怒鳴られた。
「お前が悪ぃ」 「……即決だな」 自分とて、飛天に支持されるとはこれっぽっちも思わないが。 「ンな言い方されりゃ、誰だってムカつくに決まってんだろうが」 「………仕方ないだろう」 一体何がどう仕方ないと言うのだろうか。 まさに苦虫を噛んだような表情の帝月は、こう言った。 「……ただの物語に、あんな悲しそうな顔するから……」 だから、そうする必要は無いと、自分は言っただけ。帝月の言い分はこうだった。 「……………」 飛天の目が点になる。 つい自然と耳に入るため、聞いてしまっていた凶門は入門書から顔を上げた。 …………今のセリフから考えると、アレだ。 要するに……帝月は。 泣いている天馬を、慰めたつもりだったのだ。 「………ぶっ……は………だはははははははははは----------ッッ!!」 「何がおかしい!!」 遠慮なく大爆笑をする飛天に、帝月は声を荒げた。だってどう見ても、今の流れからして飛天の笑っている理由は自分にある。 しかし帝月は気づいていない。凶門もまた、肩を震わし、笑ってはいけない、と火生は見えない位置で腕を抓っていた。 「馬鹿!オメー本当に馬鹿だ-------!!」 「うるさい!黙れ!!」 どうして天馬のみならず、こいつにまで馬鹿呼ばわりされなくてはならないのか。 だんだんと、自分の中で処理できない物が溜まっていく。 このままここにいると、自分で自分が何をするか解ったものじゃない。 何も言わず、帝月は部屋から出て行った。 そうすると、一層大きくなる飛天の笑い声。それに火生のも加わる。凶門は、とうとう床に蹲ってしまった。 「わ、笑える………笑っちゃいけないのに……!」 ひー、苦しー、とうっすら涙を浮かべる火生。 飛天は笑えるのを少し堪え、 「ったくよー、不器用にも限度、ってもんがあんぜ! 相手どころか、自分でも気づかねぇなんてよ!!」 脅威の対象として、忌む、または恐れる存在の括りの術者。 それが……全くの、外見通りの子供みたいな事をする。妖怪にとってこれ程愉快な事は無いのだった。 しばらくの間。主を無くした部屋からは笑いが絶えなかった。 (………何だか………非常に不愉快だ) それを知る由もない帝月だが、虫の知らせというやつか。 そんな事を思った。
|