前日は珍しく、何の騒動も無くただ日を過ごして、側で見る天馬に自分と出会う前はこうして暮らしていたのだろうか、などと思いながら。 そんな日の、次の朝。
「うわぁぁぁぁあッ!!無いッ!無い------!!」 ガシャ!ガサガサバサササ!! 引き出しの中を漁ったり棚にある本を掻き分けたりと、天馬は朝から騒がしい。 「一体何事なんだ、お前は」 よく一人でこれだけ慌しく騒げるものだ、と妙な感心をしながら、帝月は天馬に問う。 すると、振り向いた天馬は、ワンテンポの間をあけて。 じわぁっと目を潤ませた。 「!!?」 今何か失言したか!?と動揺する帝月。 「ミッチー……… 大変、大変なんだ!!」 縋るように腕を掴む。 どれだけの事が天馬に起きたのか。 と思ったら。 「算数の教科書が無い!!」 「…………………」 セリフの内容と行動のギャップに、脱力のあまり地に伏しそうになるのを堪える。 「………だから、いつもあれ程前日に用意しておけと言ってるんだ」 「う〜………」 解ってはいるけど、ときゅ、と口を紡ぐ。 いつもなら、どたばたしても何だかんだで揃うのに、今日はどういても見つからないんだってば! 余程そう言いたいのだが、非があるのは自分、と自覚しているだけに阻まれた。 何て事をしている間にも、着実に時間は進んでいる。 登校に間に合うまでのリミットは、もうすぐだ。 あうあう、と困り果てる天馬を前に、帝月ははぁ、と溜息をついた。 掴んだままだった天馬の手をやんわりと離し、教科書やプリントが山と詰まれている机へと足を運ぶ。そして。 「ほら」 その手には、算数の教科書。 「えッ!何処にあったんだ!?」 「此処にだ。最初からあっただろうが」 「そっかぁ……ミッチー、ありが」 礼を言おうとして、はた、と天馬が気がつく。 「て事は、此処にあったの知ってたんだな!?オレが探している時も!!」 「こりたら今度は前の日にやれ」 「ミッチーのケチ!意地悪!!」 まだ何か言ってやろうとした天馬だが、ふと目に入った時計の示す時間に血相を帰る。 「わ------!!遅刻だ遅刻ぅぅぅぅぅぅぅ!!」 「……………」 こいつといると、妖怪が出ても出なくても平穏は望めない。 帝月は心底そう思った。
などという日があったのは何時だっただろうか。 自分はもとより、天馬にしても出会った時間は今までに比べてずっと短い。 だというのに、そう、自分は懐かしんでいる。 天馬と、2人きりだった頃。最も飛天も居たのだが、しっかり符に閉じ込めて居た事だし、カウントはしない。 今は。 何だかんだですっかり増えて、2人で居るのには何ら問題のなかったこの部屋も、やけに窮屈だ。 しかも自分は押入れに居る。 ………別に引きこもっているわけではないのだ。 単に部屋が狭いからだ。きっとそうだ。 押入れの向こうから天馬の声が響く。 「凶門!そっち探してくれ!!あ----もう、何処だよ社会の教科書!!」 ……………全然進歩してない。 まぁ治せるのだったら自分と会う前にとっくにやっているか。 凶門にも自分と同じ事を言われたのか、「解ってる!」という天馬の声がした。 飛天も引き込まれたらしい「何で俺が」とか言っている。 それを見て、火生と静流が野次を飛ばす…… 「……………」 当たり前なのだが。 本当に当たり前なのだが。
自分が居なくても、天馬の生活に何も支障は無い。
一体何を憂うのか。 その方が断然いいに決まってるのに。 自分たちは天馬のあるべき生活の異分子。今は何の悪戯か、こうして同一空間にいるが、それも一時だ。 いつかは、離れる。 と。 そういえば天馬の声が聴こえなくなった。 無事見つけたのかと思うが、本や紙を漁る音は消えない。 どういう事だろうか。 思考に走る帝月を、あっさり打ち破ったのは。 ッガララ!! 「ミッチー!こんな所に居ねーで一緒に探せよ!!」 「………………」 どういうつもりか怒り口調で自分に告げて、足音荒く再び教科書探しに戻った天馬。 反撃のチャンスを逃した帝月は、しばし呆然と後ろ姿を見つめた。 どうして。 他にも居るのに。 一緒になって探してくれる物がいるのに。 自分を呼びに来たのだろう。 どうしても都合の用方向へ解釈してしまいそうになるので、突き詰めるのは止めた。 必死に探天馬に、毎度のセリフを投げかければ、ぷんぷん怒って反論する天馬の頭を、ンな場合じゃねーだろ、と飛天が引っ叩いた。 その拍子に髪が宙を泳ぎ、窓から差し込む光を反射した。 この眩し過ぎない光は天馬が天馬である以上。 自分が居ても居なくても、居なくなった後でも。 ずっと変わらないのだろう、と思った。
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