半分なんて言いません
欠片だけでもなんて言いません
ほんの、ほんの少しでいいんです
それだけで、”全部欲しい”っていう気持ちを抑えられるんです
10日目。
よーやく天馬くんは気づいてくれました。
「火生!ピアス!!」
接続語が無ぇぞ、来年中学生。
ん、まぁ別にいいんだけどよ。最近リーグで練習練習で、帰ったら飯食って風呂入って寝る、な生活続いてたし?
俺の耳にある小さな装飾品なんて、気にも留めないでしょうよ。
いかん……拗ねないぞ、と決めた筈なのに、しっかり拗ねてやがる……
天馬と一緒のノリで騒いでもいいけどよ、やっぱ俺もこう、威厳ってヤツ?醸し出して頼れたり甘えられたりしたい訳ですよ。
「どうだ、似合う?」
ほれ、と耳(念のため言うけど、人間の体での耳だぞ。今変化してんだから)を強調させるように、顔を横に向けたまま近寄る。
すると、天馬は。
「な〜んかますます柄悪くなったなぁ、火生」
なんて事言っちゃってくれましたので、大人の余裕を持つ、という俺の目標は早くも崩れた。
「あぁ〜ん?テメーこの男前に対してンな口きくのか、オラァッ!!」
「ひてー!ひてー!ふぁか、ひゃめろひょー!!」
どうやら、「いてー!いてー!ばか、やめろよー!」と言ってるらしかった。
しかしこいつの肌はやぁらかくって触り応えがあんな。餅肌っていうんか?
静流が羨ましがるわけだぜ。
「な、オマエもピアス付けてみっか?」
頬を摩る天馬に、そう提言してみる。
「オレが出来るわけねーじゃん」
確かに、学生の身分のスポーツマンに、無駄な装飾なんてご法度だろうよ。
でも。
「別にずっとじゃねぇよ。今日一日だけ。
リーグが終わったんで、今日は完全オフなんだろ?明日にゃ穴塞いでやっからさ」
もし、天馬に動物みたいな耳でもあったら、好奇心の表れに、ピク、と動いているだろう。解りやすいヤツ。
んん〜と悩む天馬。その理由は、だいたい見当がついている。
「ま、痛いのがいやなら無理強いはしねぇけど?
痛いのは誰だって嫌だもんな。痛いのは」
ほ〜れ。
”痛いのがダメな弱虫”ってのを暗に漂わせたら、その顔ムってさせて。
「ンな事ねぇよ!!」
「じゃ、すんだな」
「する!!」
簡単でいいねぇ、オマエはさv
あれやこれや策を練ってってのも、結構好きな性質だったんだけど……
こいつ相手だと、そんな事に使う時間がもったいない。
最速、最短で、堕ちて来て欲しい。
………無理な事は知ってんだけどな。
「ぃよーし、まずは氷持って来い」
「こお……り?」
「耳朶冷やして感覚消さねぇと、いくらなんでも痛過ぎんだろ」
「え……い、今からすんの?」
腰が引けてます、て感じの天馬だ。痛すぎるって発言も効いてんだろう。
「そ、善は急げってねvv」
あーとかうーとか。
何か格好の悪くない理に叶った言い訳でもないかと考えている天馬をほっといて、俺はさっさと準備を整えてしまう。
不本意だが、自分で動いて氷も取って来てやった。俺って、案外尽くすタイプなのか?
「これ、耳に押し付けてな」
氷が入ったビニールを渡す。
インフルエンザが流行る頃、ニュースで予防接種とやらを受けるガキどもの光景を見た。そのときの顔とそっくりでやんの。
「冷てー、ってのが解らなくなって、引っ張っても痛く無くなったら、言えよ」
言わなくても自分で見切りつけてやるけど。
でもそんな事にはならなかった。感覚の麻痺した耳朶に、これなら何もしても痛くない、と変な自信をつけた天馬は、最初のビビリっぷりも忘れ、乗り気満々だ。
「早くやれよ、火生ー」
耳温まっちまうよ、と苦情をつける。
「ん。目ぇ綴じな」
「解った」
そこでなぜ疑問に思わないのか。
自分で図った事とは言え、突っ込みたい。
……もしかして、信用、してんのかね。俺の事。
なぁ、お前、俺の最初、覚えてる?
殺そうとしたんだぜ?
もう、殺さないとでも思うか?
ぼっちゃんは主だから殺さないけど、お前を殺しちゃならない理由なんて、何処にもないんだぜ?
俺が殺したくない-----って思う外にはな
「-----ってぇ!!」
痛みに天馬が跳ね上がる。
「痛いじゃねぇかよ嘘吐き!!」
「いてぇ、で済んだら万々歳だろ」
一度布でギュ、と押し付けてから、ピアスを右耳に嵌めてやる。穴はそこにしか空けてない。
「何入れたんだ?」
「俺の半分。これな」
自分のを外して見せてやる。
傍目には、これは石ころにしか見えない。
「ルビーの原石を加工したヤツなんだぜ。
この前インド行ったら、偶然見つけてなー。いい買い物したぜ」
「えぇー!火生、いつインドなんて行ったんだよ!」
その驚きっぷりに、こいつ、俺を妖怪だってのを忘れてんじゃないかって思わせる。
まぁ、最近俺もあんま妖怪っぽい事してねぇけど。
「な、な、似合う?」
右耳を見せるように、感想を強請る。猫みたいに、背を反らせて、俺の膝に手を付いて。案外こいつ、スキンシップに飢えてんのかもな。
「そーだなー……」
ピアスをした天馬を見やる。
光の色の金糸に、赤を潜ませた黒い石がアクセントとして、陽の性質の雰囲気に、艶めいたものを齎す。
そういう所に押し込んだら、入れた途端にご氏名がかかりそうだ。
「ガキが背伸びしてるみてぇで、笑える」
おぉ、怒った怒った。
「そう言えばさ、何で穴空けたんだ?」
ころころと興味の対象が移る天馬は、ふいにそんな事を言った。
「針だよ、針」
嘘です。
俺の牙で空けました。
この、自由で自由でおおきな魂を入れる身体の、
針が入るだけの隙間
其処だけ、
今だけ、
俺の物
「----って、フツー寝てる間にする?」
天馬にピアス、というこの事態に、一番うろたえたつーか、驚いたつーか、まぁ一番反応をしたのはやっぱりにぼっちゃんで。
現在、夜中の午前零時、2秒過ぎ、3秒過ぎ……
そう。ぼっちゃんは「明日になったら治す」という天馬の言うことを聞いて、12時ジャストにその穴を塞いだのだった。
俺には……何もしていない。
それが却って恐ろしいぃぃぃぃぃいいいいい!!!
「火生………」
飛天に殺されかけた時以上の危機感が俺を襲う。
「次にこんな真似をしてみろ……貴様の符を、燃やす」
後半のセリフは区切るように一句一句はっきりと。……かなり本気だ………
「だ、だぁってぇ〜、ぼっちゃんは色々天馬とあるだろうけど、俺には何も無いし……」
あはえへうふ、と作れる限りの作り笑顔を浮かばせて、必死の命乞い。
「……無い」
ぼそり、と吐かれた言葉は何よりも重く。
「……何も、無い………」
「………………」
つまり……先ほどのセリフは……
”僕の天馬に手を出すんじゃない”
ではなく。
”僕だって何もしてないのに”
というニュアンスだったのね………
あぁ、やばい。
牙に残る、アイツの味を思い出し、俺は凄い優越感。
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