ハプニング・イブ



 カランカラーンと年末の商店街に鐘の音が鳴る。
 それはこのアーケードで商品を買うともれなくもらえる券で行える抽選で、結構大きめな賞がもらえたから他ならない。
 そして、その渦中の人物は何と。
 ハヤテだったりする。
「うっわ……マジかよ!マジかよ〜〜〜!!」
 と、ハヤテは手渡された旅行券を見ては、何度も「マジかよ」を口にしていた。まるで女子高校生か、さもなくば出川哲朗みたいだ。
「なあ、コレ間違いじゃないよな!現実だよな!」
「はい、現実ですよ。思いっきりリアルですから、いい加減素直に喜んでいいんじゃないですか?」
 不幸がデフォルトな人物は突如降って沸いた幸せを素直に実感出来ないのだな……とやや哀れみながら、この買い物の同行者であるカイは思った。
「いやー、でも……ガラガラなんて俺、いっつもポケットティッシュかポテトチップスだったし……!」
 つまり白玉という種類の外ればっかりだったらしい。カイだって、3000円分の商品券を当てた事があるというのに。
「ほら、ハヤテ殿落ち着いて。そりゃあ、今までする事成す事空振ってばかりの三振人生で久々に当てたヒットに舞い上がる気持ちは判るという事にしておきますけど」
「なんだかさ、どうしてそこはかとなく失礼な感じが漂うんだ?オマエのセリフ」
 一瞬幸福感よりカイへの殺意が勝ったハヤテだ。
「でも、こんなラッキーな事が人生で1度も無いって訳でもないじゃないですか」
「まあ、そうだけどな」
「生きてるうちに巡ってきて、良かったですよね!」
「何、俺、もう運使い果たしたの!?使い果たした結果が温泉1泊2日!?いくらなんでもスケール小さくなくない!??」
「でも、ほら。ドリンクは飲み放題だそうですよ?」
「そんなカラオケみたいな特典で俺が満足すると思うかぁ――――ッッ!」
 パンフを覗きこんでしれっと言うカイだった。
「まあ、それはそれとして」
 怒鳴った果てに息切れではあはあしているハヤテに、カイはにっこり語りかける。
「いい新年迎えれそうじゃないですか。これの期間なら、冬休み中ですよ。
 デッド殿を誘うんでしょう?」
 旅行券はペアだったのだ。
 年齢や身分なんて誤魔化されば誤魔化されるものだし(よい子は真似をしない)。
「あー……うん。まあ、な」
 今から旅行中の事でも想像しているのか、頬を染めてもごもごと相槌を打つハヤテだ。カイはそんなハヤテを、純粋に気持ち悪いなと思ったが口にはしない。
「オマエは?爆とどーすんの?」
 照れ隠しにハヤテはカイにそんな話題を振った。普段、それで痛い目をしているのをうっかり失念して。
 しかし、今回はそのパターンには入らなかったようで。
「うーん……年末年始は爆殿の家、出入りが激しいんですよね。何かと顔の広い両親の知り合いがやって来るので」
 勿論そこに混じるつもりだが、2人きりで抜け出して、というのは難しい。
「そっかそっか」
 と、ハヤテは頷き。
「じゃ、俺はその頃デッドと湯にまったり浸かってるだろうから、オマエもなんかいい事探せよ?」
 そしていい笑顔でそんな事を言うので、今からその面殴り倒して旅行券奪ってやろうかと思ってしまったカイだった。


 さて、それから数日経ち。
 いよいよ年末が近づく時に、カイはハヤテからメールを貰った。渡すものがあるから会える時を報せて欲しいとの事で、カイは今は空いているから来れるのなら来たら?という感じで返信した。
 その一方で、渡したいというものはなんだろう?と勘繰ってみる。
 まさかデッドが部屋に来るから、アレなDVDとかコレな本とかの1時避難場所にでもするつもりだろうか。
 もしそんな事であれば、カイはもちろん親友の立場に立ち、即座にお断りするつもりだ。優しくするだけが友情ではないのだ!(←建前)
 程なくして、チャイムが鳴った。
 そして、ドアの向こうに居たのはハヤテであったが、年始のデッドとの温泉旅行に浮かれているハヤテではなかった。いつもみたいに、後ろに暗雲を背負っているハヤテだった。
「ど……どうしたんですか」
 どうもこうも、ハヤテがこうなるのはデッド絡みに決まってるのだが、理由を聞きたくてあえて質問をしてみる。
 ハヤテはカイの言葉を受け、ぼそりと返した。
「……予定は無いけど、俺と行く気は無いってさ」
「………………」
 これはまた、明確な否定の意思がはっきり窺える返事だなぁ、と同情してしまった。そんなハヤテの立場を、改善する気も協力してやる気は起きないが。
「ま、そんな訳で……これ、いらなくなったから、やる」
「え、いやそんな、」
「いいよ。遠慮するなよ。俺が持ってても仕方ないし……」
 カイは遠慮してる訳ではなく、そんな縁起の悪いものはもらいたくなかったのだが。
「じゃあ、用件はそれだけだ。……次会う時は、新年かな。ははは……」
「……ハヤテ殿……」
 なんて儚い笑みだ。この季節、空から舞い落ちる雪よりも儚い。
 雪はそのまま消えてしまえるけど、ハヤテはそうならないのがカイは一層可哀想だと思う。
「しっかし。気を持ってください。
 こんな事、今までにも何度もあった、と言うか常日頃で今更落ち込むほうが難しいくらいじゃないですか?」
「……だからこそ落ち込むって論法は組み立ててくれないのかよ……」
 ともあれ、そう背中を見せて立ち去ったのが、カイが見た(今年)最後のハヤテの姿だった。
 いつか、幸せが来ればいい。
 無理そうだけど。


 さて、そんな訳で。
 そのまま初夜フラグのチケット行きになりえそうな温泉旅行券がカイの手元にある訳だ。運命とはこうして巡ることを言う。
 欲求に忠実に従えば、爆を誘って行きたいのであるが。
(でも、無理だろうなぁ……)
 爆はあれでいて、過保護にされている箱入り息子だ。2人きりで温泉旅行行ってきまーす!と素直に両親に申告すれば、父親から手打ちにされそうだ。と、いうか確実にされる。あの親なら、ヤる。
 それより、デッドが恐らく密告るに違いないだろう。ハヤテの誘いを断り、その後の旅行券が何処に流れるかは推理するのに容易い。
 これはとりあえず保留にしておき、目の前のクリスマスに集中しよう。当日は家族と過ごす爆だから、その前日のイブに会うのだ!
「ねえ、爆!ライブからイブのコンサートチケット貰ったから、一緒に行こう!!」
「何でそこであっさり邪魔してくれますかね、ピンク殿!」
 めぎゅ、とめり込みそうに自分を押しのけたピンクに、カイは血の叫びを言う。
 しかしピンクは臆する事無く、むしろ、なによ。とばかりに不服そうだ。
「どうせアンタと2人きりにしちゃ非生産的で不道徳な事ばっかりするんでしょ!だったらライブの歌聴きに言った方が、まだ有益に時間使えるじゃない!
 って言うか爆同伴を前提に貰ったチケットなんだから、契約を履行する為に爆を連れて行かなくちゃならないアタシの複雑なこの事情」
 ピンクの言い分は、平たく言えばコンサートチケットを入手する為に爆を売ったという事になる。
 勿論、そんなピンクに、カイがあっさり、あ。いいッスよ。とかGOサインを出す筈も無い。
「だだだ、ダメですよ!そんなのダメです!私と一緒に居る時間が減るじゃないですか!ねぇ爆殿!!」
「オレとしては………」
「ほっほう。爆はそんなにカイとべったり居たいの?」
「ッ!!」
 ニヤリ顔で言われたピンクのセリフに、爆が顔をぼっと赤くする。何て事をー!とカイが心で叫ぶが、もう後の祭りもいい所だった。
 爆は尖がった部分と惚気る部分が半々に詰まったツンデレというものではないが、そういう感情を露見するのは意固地なタイプだった。素直じゃないというか、カイはそんな所も可愛くてヨシ!と思っているのだ。
「ねー、クリスマスコンサート!いいよー!行こうよー!」
「そう……だな。今までそんな経験も無かった事だし。行ってみるのも一興だろうな」
「爆殿ー!?」
 それじゃピンクの思う壺では無いか!という声無きカイの叫びを、爆は聞き取ってはくれなかったようで。
 こうしてクリスマスのイブにピンクを含めた3人でライブのコンサートを聴きに行く事になった。
 何でだ!というカイの大きな疑問は、冬の薄い空の向こうに消えていく。


 よくよく考えてみれば、だ。
 ライブのコンサートとなれば、その兄であるデッドも居るのではあるまいか。
 カイがその可能性に気づいたのは、当日のその直面を向けえてからだ。これについてはカイがそれに気づけない程憔悴していたという事実を踏まえて欲しい。
「……ハヤテ殿と、どうして旅行に行ってあげなかったんですか?」
 夕方から開始だが、それよりうんと早く3人はライブの部屋へと訪れていた。目に見る物が全部真新しい爆は、興味津々な目で部屋を見渡している。それにさりげなく説明をしているライブを横目にクッ!と悔しがりながらも、カイはデッドに尋ねた。
「簡単な事ですよ」
 と、デッドは淡々と言う。
「僕がこの地を離れてしまっては、貴方が野放しになってしまうでしょう?それは断固阻止しなければ」
「………どれだけ私という人物は貴方の中で危険認識なんですか」
「説明してあげたい所ですが、長くなるので止めましょう」
 最初から説明する気ゼロなデッドが言う。
 しかし、アレだ。デッドの言い分をそのまま鵜呑みにするのであれば、少なくともハヤテを嫌って旅行に行かなかった、という訳でも無さそうである。
 ハヤテが知れば、さぞかし喜ぶだろう。
 なのでカイは教えない事にした。こういう大事な事は、自分で知り当てなければならないのだから!(と格好つけて現時点の自分の状況の八つ当たりなのは言うまでもない)。
「まあ、ハヤテ殿の事はいいんですが」
 もっと掘り下げてやれよ、カイ。
「……どうしてライブ殿を止めてくれないんですか」
 やや恨めしい感を込めてカイが呟く。
「止める理由が無いでしょう?」
 全く悪びれる事も無くデッドは切り返す。
「……本当に、小気味いいくらい、私の存在無視してくれますねぇ?」
「ええ。僕はまだ、認めた訳じゃありませんから」
 今だって爆の承諾の声がもらえれば今すぐにでも呪殺してやる!というオーラをデッドが纏い始めたので、カイはそこで会話を打ち着る事にした。さすがに、命を懸けるまではいかない。
「アーニキー!」
 不意にライブの声がした。爆とピンクを含めたその3人は、出入り口のドアに立っていて、今にも外に出んとしていた。
「今から会場裏とかに行くんだけど、どうする?」
「では、ご一緒しましょう」
「私も行きますよ。私も!」
「ううん。カイはいいや」
「貴方たちご兄弟は私をすっぱり切り捨てすぎだッ!!!」
 しれっと言うライブに、カイは意地でもついていった。


「いつまで臍を曲げているんだ?2人きりじゃなが、とりあえず会えてるんだからいいだろうに」
 横に居るカイに、爆は言う。
「…………」
 その2人きりが重要なんじゃないか!と力説したいカイだ。
 今はライブのリハーサルを聴く為にステージ横に居る。
 デッドはただ招かれただけではなく、ピアノでセッションするようだ。この季節に合わせた、ロマンチックなバラードでも弾くのだろうか。
「……臍を曲げている訳でも、無いんですけどね」
 強いて言えばがっかりしているというか。早めに手を打っておかなった自分の不甲斐無さに打ちひしがれているというか。
 別に、クリスマスを重視している訳でもない。ただ、変に照れやな爆に、2人きりでという理由を使える免罪符代わりにしていたのは、確かだ。
 それに、外野が無ければ爆も思いのほか素直に好意を示してくれる事もある。これを味わう機会を失ったのは、痛い。かなり痛い。
 とはー、と溜息にならない吐息を漏らすカイの耳を、誰が引っ張ったかと言えば爆だ。爆を真ん中としているので、当然だが。
「ば、爆殿?」
 痛む耳を摩りながら、凹む姿が鬱陶しかったのだろうか、と懸念する。
 そんなカイに、爆は目を合わせずに、ぶっきらぼうに言うのだ。
「来年は一緒に居てやるから。そんなに拗ねるな」
「え……………」
「ほら、ライブとデッドが出るぞ」
 カイが今言われたセリフを認識仕切るより早く、爆がステージに集中するように促す。
「はい」
 と、カイはさっきまで落ち込んでいた気分をどこかに吹き飛ばし、どこかの映画で聴いた事のある、ロック調にアレンジされた賛美歌を耳に浴びる。
(来年も一緒、……か)
 イブのプレゼントに、カイは1年分の約束を貰った。


 さて、あの旅行券だが。
 カイがどうしたかと言えば、爆の両親へと贈ったのだ。家族思いの爆は喜ぶだろうし、その留守に自分が家に上がる事が出来るので、まさに一石二鳥!本人を誘うだけが全てではないのである!
 と、言う事で新年の空気をまだ引きずる某日。カイはるんるん気分で爆の家へと向かっていた。周囲が許せばスキップしただろう。
 そしてカイは爆の家の前に辿り着いた。ウキウキした気分を浮きっぱなしのまま、チャイムを押す。程なくして、ドアが開かれた。
「おや、カイさん」
 自分を出迎えたのはデッドで。
 新年早々、カイは数々の苦難を乗り越えなければならなかった。




<おわり>

頼まれてもいないのにオレンジシリーズにしちゃったい……(汗)
これが一番書き易いと言えば書き易い。
ころころ虐げる人と虐げられる人が変るので書いていて楽しいと言うか。
そのヒエラルキーで一番下はハヤテですけどね。