デッドが夏風邪を引いた。
勿論ハヤテはお見舞いに行こうとした。
のだが。
中々踏ん切りがつかず、そうこうしている間にデッドはあっさり回復してしまい。
今はハヤテが夏風邪にかかっている。
「………俺は一体何やってるんだろーなぁ」
「アホな事じゃないですか?」
病床に伏せながら(おおげさ)ふと漏らされたハヤテのセリフに、悪びれずに残酷な現実を告げたのはカイであった。彼は課題のプリントを届けに来たのだ。デッドの見舞いにも行けなかった上に自分が病気になってしまったのだから勉強くらい免除して欲しい所なのだが、生憎カリキュラムにはそんな都合は汲み取ってくれない。
「まぁ、今は現実を忘れて、ゆっくり休んでいてください。声がはっきり変だって解るくらい変ですよ」
ンな事ぁ解ってるし、てか俺の現実はそんな忘却に逃げないとならないくらい辛いものなのか、って言うか宿題あったらゆっくり休めねぇだろ!!!
なんて数々のツッコミを未消化のまま、ハヤテはカイの退室を許してしまった。外に爆を待たせて居るらしい。これはきっと、自分の見舞いついでに爆と出かけるのではなく、爆と出かけるののついでに見舞いに来たに違いない。
ハヤテは、今この瞬間未知のウィルスが発生して、真っ先にカイにかかってくれないかな、と思ったけどあいつの体内に入ったら腹の薄黒さにやられてあっさり全滅だろう、とその考えは撤退した。
そんな訳で、ハヤテは一人となった。この室内だけではなく、家全体で、だ。同居人の雹は自分を置いてどこかに行ってしまった。運転手はチャラなので、当然居ない。自分と雹とは遠い親戚なのだが、果たして何分かの1でも雹と同じ血が自分にもあるのかどうか、怪しい所だ。
目に見えるのは天井。聴こえるのは遠い雑踏。
世界から自分が取り残されたような気持ちになってきた。はっきり言って無性に寂しい。が、それを解消する手立てもない。それが出来たらその時点で風邪はもう治ってるんだし。
病気になると、身体だけじゃなくて、心も弱くなっている。
ふと視線を彷徨わすと、机の上の金柑のシロップつけが目に入る。今年の夏風邪は喉をやられるらしいから、と買ったものだ。しかし見舞いにいけず、デッドも治ってしまって、贈り主を無くしたその瓶詰めは机の上に場違いみたいに置かれている。
ハヤテはそれを見る度に、見舞いに行けなかった自分の不甲斐無さに溜息を漏らすしかない。
もう、大人しく寝ていようかな。
そして、そう思った途端にチャイムがなった。
まだだるい身体で、よいしょと起き上がる。
この家はインターホンがついているので、玄関まで出なくても対応は出来る。しかし、2階の自分の部屋には無いので、階段際の定位置まで降りなければならない。よれよれと歩きながら、どうにか受話器を持ち上げる。
「はーい、どなたですかー?」
『ハヤテですか?』
その声に、身体のだるさも熱も忘れた。
「デ、デッド!?」
『はい、そうですが』
これっぽっちも動じないデッドの返事だ。
そしてハヤテはベットに寝ている。
紅茶くらいは淹れようと思ったのだが、デッドに、いいから病人は寝てなさい、と言われたので逆らう訳にはいかない。特に今は風邪だし。
「調子はどうですか」
と、デッドは尋ねた。
「あー……熱はまだちょっとある……かな?あと喉が痛ぇ」
「でしょうね。僕もそうでした」
そう言って、デッドは鞄に手を入れた。そして取り出したのは、瓶詰めだった。
「金柑のシロップつけです。僕も食べたんですが、結構喉に良い………」
デッドの声が半端に止まった。なんだ?と思って首で顔を起こして見ると、デッドの視線は机の上に注がれている。
ハヤテは少し焦った。
そうだ、あそこには自分が買った金柑の瓶詰めがある。2つも要りませんね、とか言われたら堪ったもんじゃない。ハヤテはガバッと起き上がった。
「ち、違う!それは、だなっ!それは-----その、お前に、やるつもりで………」
最初は勢いが良かったが、最後の方は口の中で呟くようになってしまった。
「僕に?」
しかし、デッドには聴こえていたようだ。
「……お前が風邪引いたって訊いたから……見舞いに持って行ってやるつもりで……」
「その前に僕が治ってしまったから、此処にこうしてあるという事ですか」
ハヤテは頷く。なんだか、こうして言葉に整理されると、自分がもの凄いアホに思えてきた。
「あるなら、食べればいいじゃないですか。喉、痛いんでしょう?」
「……それはそーだけど……」
でも、とハヤテは続けた。
「……お前の為に買ったものだから、なんか、自分で使うのも………」
「…………」
もそもそと言っていると、デッドが溜息するのが聴こえた。あぁ、やっぱり呆れているんだ、とハヤテは落ち込む。
「とりあえず、コレはあげます」
デッドは、ハヤテの手の上に直接瓶を置いた。
「そして、」
と机の上の瓶を取り、
「これは僕の物のようなので、貰っておきます」
「え、でも……お前、治ったんじゃ、」
「何ですか。風邪を引いてないと貰えないのですか?」
ハヤテはぶんぶんと首を振った。
「ならいいでしょう。別に健康体でも美味しいものは美味しいですからね」
「……………」
早く治してくださいね。最後にそれだけ言って、デッドは帰って行った。
ハヤテはまた一人、ベットの上で横になっている。
やっぱり天井しか見えないし、遠いざわめきしか聴こえない。
ひとつ、変わった事と言えば、机の上から金柑のシロップ詰めが消えた事くらいで。
たったそれだけだが、ハヤテはもう、さっきのような寂しさは無かった。
早く会いたいと、それは思ったけど。
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