そんな、当たり前の事





 好きに理由なんか無いんだよ、とか解りぶった所で考えるのはこれまでの事で。
 好きになった境を探してみる。なんだか額の上にある眼鏡を探しているような、馬鹿な錯覚に捕らわれながら。


 バラが赤いように、スミレが青いように、貴方を好きなのはそれくらい当たり前の事である、というような歌が、あったような気がする。
 ピンクに、どうして爆が好きなの、と聞かれ、カイが真っ先に思ったのはそれだった。
「…………」
 えーと、と間延びした意味の無い声で、固まった頭を動かそうと試みる。
「でぇー?何処がどう好きでなんで惚れた訳?ちなみに全部好きですとか徐に漠然とした答えは認めません」
 言う前に却下されてしまった。
 あの、と恐る恐るカイは言う。
「出来れば、その……何故そんな質問をするのか、というのを教えていただけるとありがたいのですが……」
「別に意味はないわ」
「…………」
 それは実に潔い言い方で、スパーンとかいう音が聴こえたような気がする。
「ただ気になったから訊きたいだけで、それにアタシが納得できなかったらアンタの頭を叩くつもり。何か文句ある?」
「………いやぁ、」
 それに何かあるとしたら、それは文句どころじゃないだろうな、とカイは思った。
「……訊き返したら、怒りますか?」
「うん?」
 ぽつり、とカイは呟く。
「どうして……私は爆殿が好きなんでしょうね?」
 カイはなんとも付かない表情で言った。それに悲しんでいるのか、そうでないのか。本人にも解らない事だろうから、自分が解らないのも当然だ、とピンクは思う。
 そのカイの疑問に、答えはせずに。
「……アタシが、爆を好きなるのをやめなさい、とか言ったら、止める?」
「……いいえ」
「他の誰にもで?」
「……。 はい」
 ひとつひとつをじっくり考え、カイは返事をした。
 そうしたら、ならそれでいいわ、というセリフが返る。
「……アタシはね、思春期の甘い感傷とかなんかでアイツを好きになんかなって欲しくないの」
 全身全霊、全てをかけて、でもそれを相手に悟られないようにしてもらいたい。
 ピンクは最後まで身勝手で潔かった。なんとなく、爆を彷彿させた。
 カイは少々力なく微笑む。
 そんなピンクの立ち位置が羨ましくて。
 しかし、その場所で今持っているものが抱けるかどうかは解らないので、それ程でもなかった。




 ストーブはついているのに、手足の先に寒さを感じるような。その日はとても寒かった。曇りのり雪、という予報は当たるかもしれない。窓から見る雲は、重く空に圧し掛かる鉛色をしていた。
「降ってるか?」
 爆が横から覗き込む。近い距離に少し心臓が撥ねた。
「いえ、まだです」
「そうか……。今日は風も無いし、多分降るだろう」
「雪ですか……小さい頃は好きだったんですけどね」
「なんだ、嫌いか?」
「嫌い……じゃないですけど、交通の事を気にしてしまって」
 電車が止まったら困るなぁ、とか。
「爆殿は……雪は好きですか?」
「好きというか、いつもと違うのが降るのが面白い、といったところだな」
 面白いという感想が爆らしくて、口元が緩む。
「こんな日には、ミルクティーが飲みたいですね」
「お、いいな」
 では、淹れてきますね、とカイは席を立った。まずは、湯を沸かす。
 その間、火を眺めながらぼんやりとピンクに言われた事を思い出した。どうして、爆が好きなのか、と。
 そんな感情の問題を、理論整然と説明しろ、というのは無理だと割り切って開き直る事も出来るけど(まぁ、ピンクは許さないだろうが)。
 一体、何時頃からだろうか。爆が自分の中でこんなに大きく、大事な存在になっていたのは。ふと気づくと、胸の中どころか自分の中一杯に爆が在た。
 何時頃から、どのように。どうして、何故。
 一個も解らないのに、爆を好きだという事だけがはっきり解っていて、突き詰めて考えると奇妙な事だと思う。過程を抜きにして結果だけがあるみたいだ。そんな事はあるはずがないのに。
(……私は……)
 第一印象は、最悪だった。最悪というか、愚かな自分の先入観のせいだったのだが。それから、それが解けて普通に接するようになって……その時はまだ、ピンクも激もハヤテも、爆と同じ位置だった。今は絶対違う。位置というか、場所が違う。想うものが違うのだ。
(私は……どうして爆殿が好きなんだろうか……)
 せめてきっかけでも、解ったのなら。そうしたら、この気持ちの行く先も見当がつくかもしれない。今は持て余している。切り捨てて、友人と接するべきか……あるいは、伝えるか。
 とりあえず隠していたのだが、ピンクにはあっさりばれた。曰く、そんな事丸解りよ、との事で。しかし本人には気づいていないみたいで、それもピンク曰く、あいつは敵意には敏感だけど、好意には鈍いから、との事だった。
 案外、ピンクがこんな事を言い出したのは、暗にこの事を指しているのだろうか……とか考えていたら。
「おい、カイ。もう沸いているぞ」
「え?わ、わぁ!」
 この茶葉を淹れるには、あんまり沸騰させない方がいい。それの限界だった所で危うく火を止めれた。
「何をぼーっとしていたんだ」
「あ、いえ……ちょっと」
「………?」
「い、淹れますね。爆殿はあちらへ待っていてください」
 妙なヤツだな、と案外的を得ているかもしれない言葉を吐いて、爆はソファに戻る。けれど、爆は自分が言いにくい事は決して無理に訊こうとはしない。言い出すまで、ただひたすら待つ。表立って形になる事は無いので、誰も爆がそんな風に、本当は他者に対してとても深い心遣いをしているのだと気づく事は少ないだろう。気づけた自分は幸いだった。
 こういう所が、好きなのだろうか?
 いや、これだけではない。これが全てではないんだ。
 と、考え込んでしまったので、またしても茶葉を蒸らし過ぎかけて慌てた。




 温かいミルクティーが、少し冷えた身体の箇所をじんわりと温めていく。その心地よさに、身を任せ、ふぅ、と息を吐く。
「あ、」
 と、爆が声を上げた。
「降ってきた」
 と、いうセリフの通り、白いものがちらちらと上から降ってきていた。
「積もりますか」
「どうだろうな」
「……雪の結晶って、必ず六角形で、同じ形は2つと無いんですよねぇ……」
「そういう話だな。オレは全部見た事が無いからなんとも言えんが」
「……誰だって全部は見れてませんよ……」
 本気で言ってるからなぁ、とカイはなんとも言えない顔になる。
「……これが全部違う形なんですよねぇ……」
 大降りではないものの、絶え間なく雪が降っている。
 これが全部一々違う形をしている。眩暈がしそうだ。
「そんなにたいした事でもないだろう?」
 事も無げな爆の声がした。
「人間だって、皆似たような形だけど全く同じは1つとないんだ」
 だから雪の結晶も同じ。
 そんな爆のセリフを受けて、カイは。
「……それもそうですね」
「そうだろ」
「はい」
 さっきまで眩暈でクラクラしそうだったのに、爆の言葉ひとつで綺麗さっぱり消し飛んだ。
 あぁ、そうだ、こういう事は何度もあった。そういうのを、ぎゅう、とまとめたのが、色んな事を纏わりつかせていって、大きくなった。こんな感じだろうか。
 まだ、よく解らない。
 それでも、自分が爆を好きだという事は、

 バラが赤いように、
 スミレが青いように、

 雪が六角形のように、

 とても、当たり前の事であると。

 とりあえずは、今は2人で雪を眺めよう。温かいミルクティーの入ったマグカップを、両手で包んで。




<END>





て事でコンセプトは六花の結晶。……とりあえず雪は降ってる(なんだそのいい訳)

状況としては、告白一歩手前のもじもじしている所。見ていて非常にうざい!!実の所、告白場面が一番難しかったりするんですがね。こんな風にもじもじしているのがワタシ的には書いてて楽しい。ふははは、もっと悶々とするがいい!みたいな。

それでは月瀬しゃんに送ります。すげぇよ、カイが薄腹黒くないよ!!