やっぱり止めれば良かった、とウォルフィはさっきからしきりに後悔した。1秒の間に3回くらいは後悔した。つまりとても後悔している訳だ。
そんな後悔真っ只中のウォルフィの前には、リーオン。目元を赤く腫らして、すん、と鼻を啜っている。この様子を見て、それまで彼が笑っていたのだと思う人は居ないだろう。無論、泣いていた。
それも映画を見て、だ。
あーぁ、やっぱり見なけりゃ良かった。てか、グリードーを誘えば良かった、ともう何度目か解らない事を心の中でぼやき、レモン水を煽る。爽やかな仄かな酸味は、味覚のみに止まり気分までをはすっきりとさせてくれなかった。
そもそもこのチケットの出所からあまり好ましくない。バイト先の後輩からなのだが、行くと約束した日の前に彼女と別れてしまって、自分が行っても哀しいだけなので貰ってください、と押し付けられたのだ。で、予定が空いていたのがリーオンで、チケットは2枚あるし勿体無いから一緒に行った訳だ。
「泣くなよ、もう」
言っても無駄だろうな、と思いながら言ってみる。やっぱり無駄だったようで、リーオンはうー、とか小さく唸って目を擦った。まだ涙でも溢れたんだろうか。
見た映画は特に悲恋ものと言ったジャンルではないのだが、それでも主人公は愛する人と離れ離れにならざるを得なかった。そんなストーリーだった。明るくなった館内で、隣の自分より大きな男がだばーっと涙零しているのを見た時は、そのまま他人の振りしてどっか行っちゃおうか、と悪魔が囁いたものだ。
泣き顔晒しながら歩くのもどうかと思って、落ち着くまで近くのカフェに非難したのだがそれも今となってはどうかと思う。周囲の好機の視線をウォルフィはちくちく感じ取っていた。まぁ、こいつ泣いてるし。俺いい男だし。
……ホモの修羅場かと思われたら、どうしよ。ウォルフィは明後日に視線を向けてみた。
「だってさぁ〜、」
えぐ、とリーオンは呼吸を嗚咽で詰らせて。
「やっぱり哀しいよ。居たい人と離れちゃうのは」
「だからって泣く事ぁないだろ。所詮フィクションだろーが。嘘っぱちだよ」
リーオンはうん、と頷いたが単なる相槌で肯定の返事ではなかった。
「だってさ、」
この接続語が多いな、と思いながら話を聞く。
「オレだって、ウーたんと離れ離れになっちゃったら悲しいもん………」
…………
そのセリフに、一瞬止まった。
「はぁぁ?」
まさかお前、それでさっきから泣いてたんじゃないだろうな。だったら殴るぞ。グーで殴るぞ。とかウォルフィが言い出す前に。
「ウーたんはオレと離れ離れになっても悲しくないの」
…………
また一瞬止まった。
「へぇ?」
「へぇ、じゃなくて。オレと会えなくなって、ウーたんは平気なの?」
「いや、だからな、お前……」
「いいの?」
「…………」
ぐ、と身を乗り出すようにして、自分の顔を覗きこんでいるリーオンの目がまた潤んでいた。泣く前兆である。
(-----ホントに、ホンッットにこいつはぁぁぁぁッッ!!)
怒りとも呆れともつかないものが込上げる。
「ウーたぁ〜ん」
同年代とは思いたくない情けない声がした。それを聞いて、ゴーヤのペーストでも舐めたような顔になる。
「…………」
殴ってやってもいいのだが、それしたら絶対泣くから、と前置きしておいて。
「会えなくて悲しいとか平気とかは、置いといてだな。まぁ、お前と一緒に居たいか、って言われたら、居たいよ」
「……ホントに?」
「嘘言ってもつまんねぇだろ」
一回疑ってみせたリーオンだが、ウォルフィがそう切り返すと、えへへ、と顔を崩して。
「うん、オレもウーたんとずっと一緒に居たい」
ずっとは言ってねぇよ。ずっとは。
言うのも面倒臭くなって放置したら、頼んだドリンクが机に置かれた。
カプチーノって泡の所が美味しいよね、とか呑気に言うリーオンはさておいて。
ウェイターが視線をこちらにやっているのを見て、まさか今のやり取り聴かれたか、とそれが気になって仕様がないウォルフィだった。
ともかく、ヘタに映画を見るのは止めよう。
コイツの泣き顔、あんまり見たくないし。コイツはバカみたいに笑ってりゃーいいんだ。笑ってりゃ。
あー、美味し、とか言いながらカップから離したリーオンの口にはばっちりミルクの跡が残っていて、それを見て、ウオルフィは噴出す。
指摘すれば、笑ってないですぐ言ってよ!とリーオンが頬を紅潮させて怒った。
それを見て、ウォルフィはますます笑いが込上げて仕方が無かった。
<END>
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