字もある絵本
知らせる為のごく必要最小限の電子音。 それでも誰も居ない室内では、物理的にも精神的にも大きく聴こえた。 「あ〜……チクショウ……」 その表示される数字も見るのも嫌気がさす。 別に自分は健康体と言い張るわけじゃないし、病気にくらいはかかってもいいと思う。 だが。 しかし! 「なにもこんな時によぉ〜」 原稿の締め切り終わって清々しい気分で、爆と今度の週末に予定を入れた矢先にならなくても! 小説家な自分は日曜だろーがゴールデンウィークだろうがクリスマスだろうが天皇誕生日だろうが、仕事が入る時は入るのだ。 そんな自分の折角手にいれた爆との時間が!! ああ、神様、その後俺は救急車で運ばれてもいいです。 だからせめて、一日爆と一緒にいれれる体力を下さい! しかしそんな激の願い虚しく、休養を欲した彼の身体は意思を無視して眠りへと誘われた。 で、次に目覚めたとき。 激は熱でぼーっとする頭で考えた。 「何かな……俺、病気拗らせて天国まで来ちまったのかな。爆によく似た天使が見える」 「訪ねてみればいきなり倒れてて驚いたが、そんな口がきけるようなら大した事は無いな」 と、絞ったタオルを激の額に乗せる。冷たくて気持ちいい。 「全く、電話かけても出ないと思ったら、風邪ひいてたのか。 このまま、日曜日も安静してるんだな」 と、布団をかけなおそうとした手を捕まられる。 「いやぁ……」 いつもより温かい激の胸に、爆は急に落ち着かなくなった。 「爆が看病してくれたから、もう治っちゃったv」 「か、看病って、まだ30分ぐらいしか!!」 「こういうのは時間じゃねぇの。俗に言う想いの深さってヤツだな」 「ぁ…………」 髪をかき上げられ、鼓動が跳ねると同時に腕から出ようとしていた動きが止まる。 解りやすい爆の反応に目を細め、顎を上向かせて……… ゲシィィィィィッ!! 「大人しくくたばってろ。この風邪引きが」 「う、現郎……」 あのままだったらちょっととんでもない事になっていたとはいえ、曲りなりにも病人に対してあまりなのでは、と爆は思った。 一方、現郎に弧を描いた綺麗な回し蹴りをもらった激は一瞬意識を遠のきかけたが、踏ん張って復活。 「いっ……てぇなオイ!オメーは病人に対して後頭部から蹴り上げるキックをかますのか!?あーそーか、オメーが病気になった時は楽しみに待ってろ!!」 「爆、病原菌とバカが移るといけないから、向こう行ってな」 「お前――――ッ!一体ここに俺を蹴りに来たのか無視しに来たのか邪魔しに来たのか、どれだぁぁぁぁぁぁぁッ!!」 「強いていうなら、全部」 「おおおおおおおおおおおお!!」 激は悶えた。 そんな激はあまり気にせず、現郎はぼそっと言う。 「あとは仕事半分って所だな……」 と、激の表情が一変する。 「あの話なら、俺は返事を変える気はねーからな」 (あの話?) 爆は訝る。 現郎はやれやれ、と頭をかいた。 「ま、詳しくは風邪が治ってからだな。結構向こうも真剣だぜ?」 それでも、激の首が縦に振られる事はなかった。 「なぁ、さっきのは何だったんだ?」 激の夕食を作る傍ら爆は現郎に聞いた。さっきはなんとなく聞けなかったからだ。 「あー、実はよ、激の作品を映画にしてぇって所があって……」 「映画?」 思わず爆は包丁を持ったまま振り返った。あ、と直ぐに気づいてまな板の上に置いたが。 「凄いじゃないか」 「凄いよ」 さらりと現郎は言う。 「しかもその作品ってのは、激が初めて書いたファンタジーだ」 初めて、という表現を使ったが、これがデビュー作という訳ではないのだった。 しかし激は何度か現郎に打ち合わせの時、たまに零していた。本当は他に書きたいものがあると。 具体的には聞いてはなかったが、出来上がったこの作品を見て、現郎はこれだったんだな、と確信した。 「けど、さっきの激の様子だと……」 「あぁ、最初はじゃいでたけど、あの作品だと言った途端に急にダメだしか言わなくなって……」 「ダメなもんをダメ以外どー言えってんだよ」 いきなり話に斜めから入ってきたのは、もちろん激である。 「お、ポトフか。美味そうだなーv」 勝手知ったる、と鍋の蓋を開ける。 「激」 現郎は言う。 「別に今のファンタジーブームに乗っ取っただけの申し出なら、俺の所に来た時点で蹴ってるよ。 けど、今回のはお前の作品が気に入って、より多くの人に……」 「悪い」 激は、あまつさえつまみ食いをしようとして爆に叩かれた手をひらひらさせながら。 「お前も向こうも、俺の作品を世界に広めようとしてくれてるのはよく解る。 けどよ、だったら俺はなおさら断らないといけない」 話に入っていけない爆は、自分か激が遠くにいるみたいに錯角した。 「……あの話の主人公に相応しいヤツなんか、世界中探してもいないから……」 コトコトと、鍋だけが煮えていた。 激のファンタジーデビュー作。 激の本当に書きたかった作品。 主人公は当たり前に何処にでもいそうな、けれど意思の強さでは何処を探しても居ない、琥珀色の瞳をした少年。 その少年はひょんな事でグノーシス(地の精霊。グノーメとも言う)とお友達になり、正体不明な卵を孵して、そこから双子の赤と青のドラゴンを誕生させた事もあったりした。 しかしある日、約束の日にグノーシスが現れない。 何故かと思い彼(彼女?)の家に行くと、其処は荒らされ、更に奥へと続く扉だけが開いていた。 この扉の向こうは、ここと違う「何処か」に繋がっていると、グノーシス本人が少年に話した。そして、決して入ってはならないという事も。 けれど、少年は扉をくぐる。他でもない友達を助ける為に、双子のドラゴンとグノーシスが唯一持ってる魔法のアイテム、水晶玉代わりの携帯テレビを持って。 タイトルは”宝石たちのつぶやき”。 全部読み終えた爆は、そのままソファににごろんと横になった。 そして先ほどの事を思い出していた。 ……なんて言うか、爆の中では激はいつも人をおちょくっていつも笑っていそうな、そんなイメージだったから、あんなふうに厳しい表情も出来るのだと……驚いた、とでも言うのだろうか。 激にあんな表情をさせるくらい、大切なのだ。この作品は。 本を見る。この作品には、表紙は愚か挿絵さえない。 その時はさほど気にもしなかったが(激がぎりぎりまで締め切り延ばしたから挿絵の割り込む余裕がなかったという可能性も)、おそらくその理由もあれと同じだ。 ”この主人公に相応しいヤツは居ない” 真剣、なんだ。 (……何だか胸の辺りがもやもやするな……まさか焼き餅焼いてる!?馬鹿な、作品相手に!!?) 「おーい、爆ー」 「な、何だオレは何とも思ってないぞ!」 よりによって激本人に呼ばれたためか、あからさまにうろたえてしまった。 「ポトフ、もうよさそうだから食おうぜー。俺昨日は本格的に倒れてたから何も食ってなくて」 腹減って死にそう、と大げさに腹を抱える。 「解った。……現郎、夕食にするから皿とか出しておいてくれ」 「んー、了解」 と、もう一つのソファで眠っていた現郎がもそもそと動く。 激の家は広い。故に部屋も広い。 現にこの食堂も広い。 食べる為のテーブル一式の他にソファが二つも置ける。まぁ、そのテーブルがあまり大きくない、というのもあるが。 カチャカチャと出来上がる夕食を前に、激がぽつんと言った。 「爆が映画に賛成だって言うなら、そうしようかな」 「はぁ?」 危うく皿を落としそうになる。 「何を………」 「民主主義ってヤツ。ここには3人。反対一人に賛成一人」 「そんな事で決めていいのか」 「いいの。俺の作品だから」 だから、俺の好きなようにするだけ。 激は自分を見ている。真っ直ぐに。 その視線を浴びながら、爆は口を開く。 「書いた本人がしたくないなら、しなければいいだけの話だ。作品なんて広まるならほっといても広まるからな」 「……って事は俺に賛成?」 「そうなるな」 爆の返事を聞いて、激はゆっくり深呼吸をした。まるで、爆が喋る間ずっと息を止めてたかのように。 そうして噛み締めるように言う。 「あー、爆を好きになってよかった」 そのセリフに爆はとうとう鍋の中にお玉を落としてしまった。 「何をアホな事を言ってるか!!」 真っ赤になった爆を、激は嬉しそうに見る。 「だって本当の事だしv……あ、現郎、そういう事だからよろしく」 「……仕方ねぇな」 「現郎、あっさり諦めたな」 先ほどとの態度の違いを爆は尋ねた。 「あー?そりゃ俺も作者と主役に断られたんじゃ受け入れるしかねーよ」 「主役………?」 爆の頭上にクエスチョンマークが浮かぶ。 「何だ、激、言ってねーのか?」 「うーん、かなり遠まわしには言ってみたんだけど……」 はむはむ、とポトフを食べながら言う。そして改めて爆を見て、 「実はな、あれの主役、モデルは爆なんだ」 「え………?」 一瞬あまりの事で真っ白になった。 「う、現郎、聞いて……?」 「俺は直接激から教えて貰ってねーけど、モデルは爆なんだなーって解ってたぜ」 「どうしてだ?」 あぁ、、もう何が何だか。 「まず、タイトルが”宝石たちのつぶやき”だな。だから主役の周りの事で宝石に置きかえれるものは…… まず、瞳の色が琥珀色だ。だからアンバー<AMBER>。 次にグノーシスと友達。グノーシスを召還するにはエメラルドが必要だ。 で、同じ卵から孵った双子の赤と青のドラゴン。これはルビーとサファイヤだ。と、いう事は卵はその二つに共通の鉱物、コランダム<CROUNDUM>という事になる。だとしたらさっきのエメラルドも鉱物でベリル<BERYL>だな。 最後に主人公は携帯テレビを持って旅立っている。ウレックスサイト<ULEXITE>って宝石には”テレビ石”のあだ名があるんだ。 それで各宝石の頭の一文字を取って並べて出来る名前なんか一つしかねーだろ」 ”BACU” 「………けど、貴様は主人公にふさわしいヤツなんかいないって言ってたじゃないか」 パク、とポテトを一口。 「ああ、その事か。 だって目の前にモデルが居るんだから、他を世界中何処探したっている訳ねーだろ?」 と言う激は落とし穴を掘ってる子供みたいに輝いている。 爆は、こんな激が結構好きだったりする。本人には決して言わないが。すぐ図に乗るし。 「相変わらずややこしい物の言い方をするヤツだな。小説家の性か?」 「いいや、コイツの個性だ」 現郎は断言した。 「ま。映画化おじゃんになったお詫びに次の締め切りは期日通りに仕上げるよ」 お詫びにしてはあてにならなさすぎると爆は思った。 「そうする事はねーぞ」 「あ、オメー信用してねぇな。俺だって本気出せば……」 「そうじゃなくて。単純に担当が変わるだけの話だ」 「ああ、なるほどねぇって俺聞いてねぇぞ!?」 「言ってねぇんだから当たり前だろ」 目を剥いて驚く激に正論をかます現郎であった。 激に驚くのには他にも理由がある。 担当が変わるって事は……もしかして監視役御免って意味? いや、それは深読みのしすぎか?などと激は頭の中で渦を作った。 そんな激の目を盗むように現郎は爆に問いかける。 「爆、お前これからどうする?」 「泊まって行く」 簡潔に答える爆。 「そっか。だったら真には上手い事誤魔化しておくからな。 ……それと、嫌だったら口だけじゃなくてちゃんと攻撃しろよ」 茶化すような現郎の言葉には、微かに赤くなってそっぽを向いただけだった。 **************** 「激。締め切りは今日だが出来てるか」 「おう!半分な!!」 無意味に意気揚々と答える激である。 「……貴様な。新しい担当が来る日だというのに……」 「何言ってんだ。半分も出来てりゃ上等だろう」 「全部仕上げんかい」 なんて言い合っている時に、おそらくその新担当が鳴らしたチャイムが室内まで聴こえた。 「全くもー!何で僕がこんな事しなくちゃいけないのさ!」 「それは雹様がデスクワークだけじゃつまらないからと……」 「チャラ。僕に意見する気か?」 「滅相もありません」 ぬ、と後部座席から顔を覗かせた雹に笑顔のまま冷や汗ダラダラだ。 「じゃぁ、行って来るけど。僕が戻ってくるまで待ってるんだぞ」 「ハイ」 とチャラに言い放ち、バタンと車のドアを閉めて目の前の家……というか規模的にもはや屋敷だ。を、眺めて顔を顰める。 (何だかボロい家だな〜。一時期映画化の話が持ち上がったヤツか知らないけど、僕に相応しくなかったらすぐ帰ろう) かなり我がままに物事を決めた雹様である。 とりあえずチャイムを鳴らして、少し待つと扉が開いた。 そこに現れたのは…… 「すまんな。激は今まだ原稿が…………」 「…………………」 雑誌のレイアウトを考えている現郎のデスクの電話がけたたましく鳴る。 ルルルルルルルルルルル!! ガチャ。 『テメ―――――!現郎――――――!!よくもあんなのよこしやがったな――――!!』 「おー、激か」 『おー、激かじゃねぇぇぇぇぇぇぇぇ!あの野郎雹とか言ったな!よりによって爆に迫りやがる!!しかも抱きついたり抱擁したりぃぃぃぃぃぃぃぃ!!』 かなり怒り心頭な激は抱きつくのと抱擁が同じ意味と気づけないようだ。 (……あいつ、爆みたいなタイプが好きそうと睨んだがドンピシャリか) 人知れず現郎が立てた計画の全貌はこうである。 ”嫌な担当を付ける”→”早く帰す為に原稿も早く仕上がる” ”激にとって嫌な担当とは”→”爆に手を出すヤツ” 以上、現郎の”予定通りに雑誌を刷ろうプロジェクト”でしたv 『しかも!原稿渡しても帰らないで爆にひっついてるし!!』 うぬぅ、それは計算外だ。 『とにかくどんなヤツでもいいから、今すぐ変え……あああああああ!!爆に何してやがる―――――!!』 その後、投げ出された受話器が何処かにぶつかった音がした。 それから雹と激が何やら言い合って、おそらく爆が起こした打撲音が二回響いたところで現郎は受話器を置いた。 そして。 「……ま、がんばれや」 繋がってない電話に向かってそう言ったのだった。 |
ちこさんリクの”小説家激爆”!何故かこの話は長くなる!!
んでまぁ、この話で一番頭を使ったのは当然宝石の頭文字を並べたら”BACU”になるってヤツ。やー、ものすごく解りにくいメッセージを、って事でこれにしたんですが……しんどかった。
ただ単に出すだけじゃないからなぁ。
花にしようかなーとかも思ったのですが、ファンタジーと言えば宝石でしょ!何故だとかいうツッコミ禁止。こういうのは全てフィーリングである!美学ってヤツだね!!
て訳でちこさん。こんなものでどうでしょうかv……つーかライバル現れてるし(汗)