それは夏休みの真ん中の事で。
「え、海」
「そう、海!」
戸惑いを隠せないカイに、意気揚々と答えたのはハヤテで。
「雹さんが実家に帰ってさ、チャラさんが車出してくれるから交通費は心配すんな!やっぱ夏は海だよなー!!」
気分はすっかりトロピカルなハヤテ。海に行くというのに加えて、あの厄介極まりない同居人が居ないという開放感故のテンションの高さだ。
「あ、あのですね、ハヤテ殿……」
そんなハヤテに困りながらカイが言う。
「あ?何だよ?」
「実は、その日の前日、爆殿の家に泊まりこむ事になっていまして……」
「なら、丁度いいじゃん。そのまま2人して来いよ。なんなら、迎え行ってやるし!」
「いや、そういう事ではなくて……」
「じゃ!俺デッドに連絡入れるから!あーっ!海、ブラボー!!」
そう、青い空に高く手を掲げ、ハヤテは行ってしまった。
(そういう事じゃなくて、そういう事じゃないんです!!あぁー、ハヤテ殿の馬鹿ー!!)
自分の事情なんて、これっぽっちも解りもしないハヤテに、カイは泣きながら呪った。
「ほう、海」
「はい、海」
期待するように呟いた爆に、答えたのはカイで。
「海か……そう言えば、まだ行ってなかったな」
そう言う爆の心はすでに浜辺へ飛び立ってしまったのか、太陽を浴びたみたいに目がきらきらしている。
「…………」
だめだ、爆も自分の都合を解ってくれない……
まぁ、なんだかんだで爆殿、子供だもんなぁ、と本人に知られれば殺人パンチ必須な事を思う。
とほほ、とかいう擬音語を背負って、カイは海行きに喜んでいる爆に気づかれぬよう、ひっそりと肩を落とした。
「そう言えば、去年の水着、サイズは………」
と、言う爆のセリフが止まった。
あ、爆殿気づいたみたい、とカイは思った。
「……………」
爆の顔がどんどん赤くなるのが解る。言わなきゃいけない事だけど、言うのは恥ずかしくてたまらないって感じだ。
最後まで見届けてみたいけど、さすがに可哀想なのでカイの方から言い出す。
「大丈夫ですよ。跡つけたりしませんから」
「………そ、そうか」
うわぁ爆殿、声上擦っちゃってるよ可愛いなぁ、とちゃっかり染み入るカイであった。
それにしても。
今日は爆以外この家には誰も居なくて、これ以上ないチャンスというかシチュエーションなのに。朝までとは言わず、ずっと爆に触れているつもりだったのに!(当然爆には未承諾)
……いいや、もう、今日という日は爆殿を一杯見れれるという事にだけ幸せを感じよう。そう、例えば風呂上りで体が火照ってる爆殿とか、寝起きで目がとろんとしている爆殿とか。
……もしかしたら自分はとんでもない苦行に身を置こうとしているんじゃなんだろうか、と思い始めたカイだった。
「なぁ、カイ」
「はい-------っつ!すみません!」
思わず謝ったのは疚しい事を考えていたからに他ならない。
「何を謝っとるんだ。昼食とかはどうなってるんだ?持って行くのか?」
「え、あぁ、はい。各自持ち寄りだそうで……」
「そうか、ならサンドッチでも作ろうか。あ、デッド達の方に聞かないと、被ってしまうかもな」
と、爆はメールすべく携帯電話を取り出す。
さっきまで沸騰しそうに赤面していたのに、今は等身大の子供みたいにはしゃいでいる。
……ま、いいんだけど。いいんだけどね。
それはいいんだけども。
「カイは?水着は用意したのか……っ!?」
いきなり抱き締められ、不意すぎるそれに意図が掴めない。おまけに、結構力が篭っている。
「なっ、なんだ……?」
ちょっと苦しい、と腕を掴むと僅かにだが緩んだ。
「爆殿……」
拗ねたような……いや、明らかに拗ねたカイの声。
別に喜んでくれて何も構わない。
筈なのに。
自分は爆に触れてしまわないよう、必死に自制しようとしている矢先に、それの原因でこうも明け透けに喜ばれると。
「……何でもありません」
と、言いつつも腕は解かない。爆は、ぴんと来たようだ。
「……あほか貴様は」
そう言われると、カイとしても次のセリフが出ない。
思わず腕を引いて、爆の意識を自分に向けさせたくて。
……時々、自分の心の狭さに嫌になる。時々と言うか、まさしく今なのだが。
「……でも、海は楽しみですよ、私も」
大半は取られているが、それも本心だ。爆と海。いい組み合わせだ(と無理やり思い込んでなくもない)。
「だから、あほだと言うんだ」
爆は憮然として。
「オレは、跡を付けるな、とだけ言ったんだ」
……………
一瞬。
頭の中は真っ白になって、見える爆の顔は真っ赤で。
「……えっ?ば、爆殿それって、」
「煩い!!2度も言わん!!全くお前というヤツは1人でうじうじと!」
ぶん、と手を振りほどき、何処へともなく行こうとした爆を、カイは再び捕らえる。
それから。
「すいません」
と、カイがとても嬉しそうにそう言った。
「え、行けない?」
「はい………」
携帯電話の向こう側に居るカイは、そう言った。
「行けないって、どっか具合でも悪いのか?」
「……悪い、と言えなくもないような………」
「何だよ、歯切れ悪いな。一体どーなってんだよ」
「いや、だからその……」
解ってくださいよ、なニュアンスでカイが言う。
「……立てなくて」
「……………」
ここに来てハヤテ、ようやく先日カイが海行きを渋っていた理由に気づき、長い沈黙の後、ようやくあ、そう、と気の抜けた返事をする事に成功した。
「……じゃ、な」
お大事にというのも妙な気がしたので、それだけにしておいた。
その後、はい、というカイの返事がすげぇ幸せそうに思えたのは気のせいにしておいた。腹立つから。
(爆は不参加か……(カイの事はいっそ無視)デッドにどう言おうか)
行けなくなった事も元より、その原因が一番問題だ。そして重要なのは自分の口からいわねばならないという事だ。
「爆くん、来れないんですか?」
「うひゃ------!!!」
背後からのデッドの声に、心臓が3センチくらい(リアルな数字)飛び上がったような気がした。
「デデデデ、デッド?」
「DJみたいに人の名前をスクラッチしないで下さい。で、爆くんは来れないんですか」
「……あ、あぁ、そうみたい……」
なんで俺が怯えなくちゃならないんだ!?と思いながらも怯えながら答えるハヤテ。
「そうですか」
と、呟いたデッドの声は、それの原因を悟ったみたいだった。
それを見て一層怯える傍ら、ハヤテは非常にがっかりした。爆が来ないのである。て、事はデッドも……
「なら、待ってても仕方ないですね。行きましょうか」
「………え?」
「何ですか。中止ですか?」
「いいいいいいやいや、そうじゃねぇけど!……あのよ、爆は来ないんだぜ?」
「1回言ってくれれば覚えますよ」
「……………」
「ほら、早くして下さい」
暫し。
呆けたように突っ立っていたハヤテだが、デッドの招く声に、全力疾走して駆けつけた。
本当は、2人きりが良かった、と言おうかな、と思いながら。
携帯電話を閉じ、ふぅ、と何となく息を吐く。
……多分、これから絶対デッド殿が何かしてくるんだろうけど。
そう思うと、なんとも言えない気分になるが。
とりあえず、部屋へ戻ろう。爆が寝ている部屋へ。
爆には悪いけど、海はいつでも誰とでも行けるけど、爆を独り占め出来る機会なんて早々ないから。
これも結果オーライかな、と思いながら部屋に入った時、カイが最初に目にするのは、ベットに居る爆ではなく、傍らの机にあった文鎮だった。
<END>
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