いつも通りの僕ら





「あ、茶柱だ」
 食後の一杯の時、パプワが茶碗を覗いてそう言った。
「あぁ、本当だ。だったら、今日は何か良い事あるかもな」
 リキッドもにっこり笑って言う。隣のチャッピーも、にこにこしている。
(シンタローも、何か良い事があるといいな)
 それが自分にとって、最高の良い事だ、とパプワは和やかな香りを立たせる茶を啜った。




 で、そのシンタローだが。
「明後日だ」
 その声は地の底から這い上がってきたようなもので、地獄の悪鬼すら裸足で逃げ出す迫力があった。鬼ってのは普通裸足なのでは、というのもさておき。
 なので、グンマが部屋の隅に避難したのは正しい行動といえよう。
「明後日俺が行く時までに、決着つけられてなかったら……どうなるか解ってんだろうな」
 そして、相手を怯えさすだけ怯えさせる時間を与え、通信を切った。
 チクショ、と小さく悪態ついて、大きな椅子に座る。座る、というより圧し掛かるような感じで、椅子が一瞬悲鳴みたいな軋みを立てた。
「シンタロー」
 そんな明らかにご機嫌が斜めにむいているシンタローに、平然と話しかけたのは当然と言うかキンタローだ。こんな真似が出来そうなのは、シンタローの親族の他にはパプワとチャッピーくらいだ。それと、パプワ島の住民全般。
「何だよ」
 じろ、と小動物くらいならそれだけで殺せそうな視線を投げかける。それを気にするでもなく。
「予定が潰れてパプワ島に行けなくなったからと言って拗ねるな。そんなお前のフォローをする俺の身にもなってみろ」
「だっ、誰がパプワに会えなくなって寂しいだなんて言った!!?」
「いや、それは言ってないんだが」
 慌てるシンタローに、冷静なキンタロー。
「うんうん、解るよ。今のシンちゃんの気持ち、僕はよく解る!」
 深く何度も頷きながら、グンマが横に立つ。
「僕もさ、この前通販で頼んだお菓子が相手側の都合で1週間伸びちゃったときがあってさ、来るまでの間、そりゃもう/ゴッ!/痛ーッツ!!シンちゃんが殴ったよキンちゃーん!!」
 泣き付くグンマに、殆ど条件反射で頭を撫でる。
「まぁ、とにかくだ」
 キンタローは言う。
「嫌でも何でもやらなきゃいけないことなんだから、イライラしてやるだけ胃に悪いだけだぞ」
「…………」
 そりゃそうなんだけどもっと他に気を使った言い方してくれてもいいんじゃねぇの?とか思ったが、この場では沈黙を突き通したシンタローであった。




 で、そんな事があって2週間後。
 シンタローはパプワ島に来れてた。無事、と付けがたいのは、その強行軍のせいで、団の医務室のベットが満杯だからだ。何かの犠牲無くては事は成しえないという尊い教訓。ある意味、等価交換だろうか。
 パプワハウスに向かう道すがら。シンタローはあれこれ考えている。
(結構時間食ったなぁ。パプワのやつ、怒ってるか寂しがってるか……)
 どっちにしろちょっと嬉しい。王者然としているパプワが、自分にだけ普通の子供みたいな我侭を言うのは、優越感を感じる。
 自分に会えなくて怒ったり寂しがってるパプワを勝手に想像し、その表情に参ったな〜と顔を綻ばせる。こっちに方が参る。
 そして到着。
 ここに来ると、いつも不思議な気分になる。家に帰ったような、遊びに来たような。
「おーい、来たぜー」
 ドアを潜り、中に入る。中に居る者全員の視線がシンタローに向けられる。
「あ、シンタローさん。いらっしゃい」
「ちゃんと俺の言いつけ守ってメシ作ってんだろうな」
「も、勿論です」
 ひく、と怯えながら返事するリキッドだ。
 さて。
「よ。パプワ。久しぶり」
 今回は特に久しぶりになってしまった、というのを込めて言う。
 相変わらず、不躾なまでに真っ直ぐ向ける視線。
「シンタロー」
「ん?」
 と、次のセリフを促すように返事したシンタローに。
 べち、と顔面に当たったのは大きな籠。
「今日の晩飯当番はお前にする。変なもん作ったら承知しないぞ」
「……はーいはいはい……」
 うん、実は結構予測してたさ、あぁこうなるのは解っていたのさ、と誰にいい訳してみた。




 相変わらずというかなんと言うか、この島は食材が豊富だ。
 籠一杯に詰め込んで、さぁ帰ろうか、とそれを背負う。
 其処に。
「あー、シンタローさんだー」
「シンタローさんだー」
 仲良しこよしってな具合に並んで歩いてきた、エグチくんとナカムラくんに出会う。
「元気だったか?」
 などと、ありきたりな言葉に、うん元気だったよーと頷く様が愛らしい。
「オヤツ食うか?多分、リキッドが作ってると思うから」
 シンタローがそう言うと、2匹はやったぁと喜んだ。
「そう言えばシンタローさん、久しぶりだね」
「うん、暫く会わなかったね」
 ね、と頷き合いながら。
「何かあったんじゃないか、って心配したんだよー」
「ずっと待ってたんだよ」
「…………」
「どうしたの、シンタローさん」
「いや、何でも……」
 まさか、今のセリフ、パプワから聞きたかったなぁとか思ってましたなんて言えない。
「でも、来れて良かったね」
「パプワくんも、とても嬉しそうだったし」
「………え、」
 何か今、とても聞き捨てなら無いようなセリフが。
「パプワが?俺に会えなくて寂しくて泣いてたって?」
「そこまで言ってないよ」
 冷静に切り返すエグチくん。
「シンタローさんが来るとね、パプワくん嬉しそうなの」
「踊りのきれも良くなるしね」
 ね、とまた頷きあう。それをぼけーとした顔で眺めているシンタロー。
「……いや、でも。さっき会った時も、特に嬉しそうとか、そんな感じじゃ……」
 無かった、と言う前に。
「だってシンタローさんが居る間は、ずっと楽しそうなんだもん」
 だから知らなくて当然、と言う。
 そういうものか。そういうもんなんだろうか。
 がしがしと頭を掻いたついでに見た空は、当たり前に青かった。




 もぎゅもぎゅとおやつを食べる。
 いつもより人工の増えたおやつタイムは、賑やかで。
 シンタローはパプワを眺めていた。観察する勢いで。
(……いつも通り、だよなぁ)
 しかしあくまでそれは自分主体での事だ。他の立場のものから見れば、いつもとは違うのかもしれない。自分より先に、そして長くパプワを知っている2匹が言うのだから、まず間違いないのだろうけど。
(俺の知ってるパプワは、目の前のこのパプワが全てなんだよなぁ……)
 俺の知ってるパプワ。
 俺の知ってる……
 俺の、パプワ。
「……………」
「シンタロー」
「うわぁなんだ!!?」
「何、しまりの無い顔をしてるんだ?どこか具合でも悪いのか?」
「いや、そんな事ねぇぞ?」
「そうか?」
「そうだ」
 あぁ神様、最強ちみっ子なこいつにテレパシー能力を授けなかったことを感謝します!(そんなことで感謝されても、神も困るだけで精一杯だろう)
「それなら紅茶をおかわりだ。砂糖は一杯、ミルクはたっぷりだぞ」
「はいはい」
「”はい”は一回」
「はい!」
 毎度な自分達のやり取りが、今日はやけに胸に染みた。




<END>





うちのシンちゃんどうしようも無い!!
ヘタレでもいいよ、っての事ですが、本当にいいんですかって問いただしたくなりますヨ。……本当にいいんだろうか……
パプワと一緒の場面が少ないのは敢えてって事で。もう少し理性がついてからね……

では、これは勇樹サンに捧げます。で、本当にいいんですよね。ヘタレで。