その日、自分を待っていたのはなんとハヤテだった。珍しい、と爆は思うが、あまり不思議ではない。用事があるのは自分にかもしれないが、それは他の人の為だからだ。
えーとさ、と視線を泳がせて言うハヤテ。嘘が絶対つけないタイプだ、と爆は常々ハヤテにそんな感想を持っている。
「爆ってさー、デッドとよく仲良く話してるじゃんか」
流血しないで平和的に、とこっそり付け加える。
「それがどうかしたか?」
「だからー、そのー………」
「煮え切らんヤツだな。さっさとしないと蹴ってそのまま帰るぞ」
多分脅しじゃなくで純粋たる事実だな、と思ったハヤテは照れを抑えて言う。
「デッドが好きな紅茶の銘柄とか、教えてくんない?」
「そんなもん、本人に訊けばいいだろう」
その方がより確実、という爆の意見は正論だ。正論なのだが!
「そりゃ、俺だってそーしたいのは山々だけどさ、面と向かってそーゆーのはなんだか照れるっていうか、何て言うか、思いがけなくプレゼントしてちょっと驚かせたいなぁ、とか」
饒舌になるハヤテ。本当に、嘘がつけなさそうだ。
「それに」
と、ハヤテは言う。
「最近、デッドによく紅茶ご馳走になってるしさ。お返し……とまではいかないけど」
それが自分にはすごく嬉しい、という意思の表示をしたいのだ。でも、言葉で改めて言うのは恥ずかしいし。
「で、贈ったとして相手の苦手なもんだったら嫌だしさ。俺を助けると思って(命的な意味も込め)教えてくんねぇ?」
「まぁ、そういう事なら」
教えてくれそうな爆に、ぱぁっと明るくなったハヤテは。
「おやハヤテ殿、爆殿と何を楽しそうに、おおっと足が滑ってしまいました」
背後に迫っていたカイに、気づかなかった。
「デッドは紅茶よりハーブティーの方が好きなんだ。特に、スペアミントが好きみたいだぞ」
ハーブティーというか、ハーブそのものが好きなんだが、と爆は付け加えた。。
後頭部の打撃と引き換えに、とりあえず望みどおりに情報はゲットできたハヤテ。やった、目的は達成出来たぞ!(後ろ頭を冷やしながら)
さて、買うとしたが予算はどんなものなんだろうか。デッドが紅茶を淹れてくれるだなんて全然予想すらしなかったのだから、CDのアルバムなんて買ってしまってり、デッドと出かける時に見栄を張って奢ったりと、軍資金ははっきり言って乏しい。もっとバイトしておけばよかった、と後悔先に立たずを素でやるハヤテ。
(………ん?待てよ?)
そーいや、雹だったかチャラだったかが、以前庭のスペアミントがどーのこーのとか言ってたような……
実際、ハヤテの、というか雹のなんだが、の庭にはバラの他、料理やハーブティーにするハーブが多種多彩に生えている。
うん、これなら。
金がかからない上に新鮮さもアップでいいとこだらけだ。
「なぁ、チャラ」
「はい」
雹はあきらかに苦手だが、チャラはさほどでもない。用事があれば、言う。雹には命に関わる重大な問題を抱えても言いたくないが。
「庭にさ、スペアミントってあるか?」
「えぇ、ありますよ」
やった!と心の中で快哉を上げるハヤテ。
「それ、ちょっと分けてくんないかな。あげたいんだよ」
「えぇ、いいですよ。なら、株分けにしたほうがいいでしょうか」
「うーん、俺はあんま詳しくないし、そうした方がいいならそうしてくれよ」
では、と言い残しチャラは庭園に埋もれる。
デッド、喜んでくれるかなぁ、と今からわくわくしてしまうハヤテだったが。
「それ、誰にあげるのかな?」
「……………」
しなかった……何の気配も、息遣いすら感じなかった……でも、居る。
後ろに、雹が。
どうして俺の知ってるヤツには気配を殺すのが上手いヤツばかりなんだ!
ハヤテの嘆きは最もである。が、どうにもならない。
「……デッド、にあげようかと……」
爆じゃねぇよ。爆じゃねぇんだよ、という念を込めて言う。
「ふぅん」
「……………」
どうしよう……存在忘れた訳じゃなかったけど、出来れば居ないうちにさっさと事を済ませたかった。何故って、この家の絶対権力は雹だ。どんなに無慈悲で理不尽であろうと、雹がだめと言えばだめだし、やると言えばやらねばらならない。民主化が進む世界に対し、ここだけが独裁君主で成り立っている。
一体、何を言い出すつもりなんだろう……
ドキドキと青ざめてながら待つ。
「いいよ。持っていきなよ」
「へ?」
どんな不条理な言葉が飛び出るかと思えば、そんな人情溢れるセリフであった。
「何だよ。何か不満でもあるの」
「ないないないないありません!!」
高速で首を振るハヤテ。
なんかよく解らないけど、事態は自分にとっていい方向へ進んでいるみたいだ。そうだよなぁ、たまにはそうじゃなくっちゃなぁ、なんて納得しようとしていると。
「その代わり」
なんて、不吉な言葉が出てきた。
「解るよね、僕が言いたい事」
にこにこと女性にとってあまりに魅力的な笑顔で言う雹。そんな笑顔も、ハヤテにとっては悪魔のそれに等しい。いや、同然だ。
「ば、爆絡み……?」
「そう」
やっぱり!と嘆くハヤテ。
「今度、上手い事言って家に連れて来いよ。あ、その時君はどっかに行っててもらってかまわないから。ていうかむしろ行け」
だ、だめだ……
雹の言う通りにしてしまったら、爆は……爆が……!!
これは親友の想い人だから以前に人としてはいけないことである!
「そ、それは……ちょっと………」
さすがにミントと引き換えには出来ない。絶対。
「……………」
ハヤテが断りの返事をすると。
雹の眼が、すっと細くなり。
そして。
次の日。
席についたハヤテに、カイはいつも通りに挨拶をする。
「ハヤテ殿、おはよう-----」
と、ぐぃぃ!っと胸倉引っ掴まれた。
「----ありがとうと言え!」
「へ?」
鬼気迫る、といった具合の顔のハヤテだが、行ったセリフはなんだかちぐはぐなもので。
「いいから言え!お前には俺にそういう義務がある!!」
「あ、ありがとうございます………」
何だかよく解らないが、かなりの迫力を醸し出しているので従った方が良さそうだ。
「よし!」
カイからの礼をもらうと、鼻息荒く手を離し、背中を向けた。まぁ、前の席だからなのだが。
座りなおし、ハヤテは頭の中でそろばんを弾いていた。
買うとなれば、出来れば上等なものを買いたい。が、いいものは高い。
(……仕方ねぇな。食費ちょっと削って)
デッドに喜んでもらえれば、それでいいのさ。
さて、昼休み。
メシはコロッケパン2つにしよう、と節約メニューを決めたハヤテ。
そのハヤテに、カイが呼びかける。
「ハヤテ殿、爆殿が呼んでますよ」
「え、爆が?俺に?」
「そうですよ。早く行ってください」
待っているのだから、というカイの言葉どおり、爆はドアの所に立っている。
「どうした?」
後ろからカイの視線をひしひしと感じながら爆に言いかける。
「いや、昨日言いそびれた事があってな」
「?」
「あくまで、オレの考えなんだがな」
そんな訳で、またデッドの家にお呼ばれになった。今回は、ハヤテが率先して言い出した事なのだが。
「……えーと……」
(茶葉は軽くスプーン3杯で、お湯はよく沸騰したのを使って、ティーコジーをかけて蒸らして……)
「大丈夫ですか?」
デッドが言う。
「いや、大丈夫だ!うん!」
今、ハヤテが何をしようとしているのかと言えば、デッドの為に紅茶を淹れようとしているのだ。
爆は言った。どんな高級な茶葉や良質のハーブを貰うより、自分の為にお茶を淹れてくれるほうが何倍も嬉しいのだと。
そうだ。自分があんなにも感激したのは、紅茶が美味しかっただけじゃなく、デッドが淹れてくれた事が嬉しかったんだ。
それを思い出したハヤテは、カイに蹴られながら爆に礼を言った。
さて、そうすると決めたはいいが、しかしハヤテは今まで紅茶と言えばティーパックどころか自販機の缶でしか飲んだ事が無く、ずぶの素人。爆に本を借りて勉強はしたが、実践の経験は浅い。
しかし失敗は出来ない!と穏やかなティータイムらしからぬ真剣な顔つきになっているハヤテ。
そんなハヤテを、デッドはずっと見ていた。
一挙一動見過ごさぬよう。
ずっと、じぃっと。
<END>
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