何だかいい香りがする。自宅で漂うような、はっきりと解る花の芳香のようなものでなくて、もっと別な感じの。
それとも、それは錯覚だろうか。
デッドの、家に居るから。
「…………」
「何をそんなに緊張しているんですか」
ソファに座るハヤテは、それはもうありありと解るほどに身体をガチガチにしていた。膝の上で握られた拳も固い。
(いや、するだろ緊張)
ハヤテはそっと心の中で呟いた。
なんでこんな事になっちゃったのか………
週末、一緒に過ごそうって事になって、冗談を半分以上で「じゃ、デッドの家にでも」とか言ったら、「いいですよ」と簡単な答えが。
いや、確かに言った以上は少しは本気の部分はあったわけだけど、でも絶対了承してくれる筈がないし、でも俺はこうしてデッドの家に居るし……
何故。
そんな2文字が、頭部の周囲をぐるぐる回る。
(やっぱりこれって、好かれてるんだろうか……?いや簡単に自惚れるな俺!そーやって痛い目にあったのは一度や二度で終わらないだろう!!)
「ハヤテ」
「うわぁぁぁっ!ご、ごめんなさい!!」
考える事にどっぷり浸かっている中、いきなり名前を呼ばれたので、殆ど脊髄反射で謝り倒すハヤテ。
「何を謝ってるんですか」
「いや……ちょっと考え事してて」
「ほら、お茶が入りましたよ」
「あ、どうも………」
なんだか敬語になっちゃうハヤテだ。
デッドが淹れてくれた紅茶を、飲む。
と。
「あ、美味い………」
なんで感想が、ぽろっと出てしまうくらい、本当に美味しい紅茶だった。
雹は結構本格的に淹れられるらしいけど、それは自分か悪友の相手にしか披露される事はない。チャラが淹れてくれたのは飲む機会はあるけど。それでも、それよりこっちの方が美味しい。後に解る事だが、家にあるのは雹好みの茶葉のみで、それはハヤテの口にはあまり合わなかったのだ。
「そうですか」
独り言のようなセリフにも、デッドは素っ気無くも返事をした。返事をしてくれた事自体が嬉しくて、ハヤテはまたじんわりしてしまう。
そしてまた解らなくなる。
デッドは、俺が好きなんだろうか。どうなんだろうか。
考えて居るだけで、なんだか訊けない。デッドが怖い、というのもあるし。
その質問は、とても無粋で野暮な事で、不必要な事のように思えてしかたないのだった。
………元々自分は筋道立てるよりは、行動派だし、と、ハヤテは思い。
難しい事を考えるのはちょっと置いといて、今はこの美味しい紅茶を堪能しよう。
そしてさらに後日、ハヤテが自分にとって美味しいお茶というのは、自分の為に淹れられたものだということを、知る。
「でさぁ、すげー美味しい紅茶だったんだよ!俺そんなに好きじゃなかったんだけど、あれは好きだな」
興奮冷めやらず、といった感じでカイに話すハヤテ。そのエネルギーや情熱を、当人に当てれば関係もグッと縮まってるかもしれないのに、それが出来ない勇気の足りないハヤテである。
「そうですか、良かったですね」
と、カイはにこにこして聞いている。はっきり言ってこれは異変だ。いつもなら、さっさと爆の所に行くのに。
これには裏……と言う程でもないが、ちょっとした事情はある。
カイはちょっとデッドと顔を会わせる時(当然、ハヤテ抜きで)、デッドにハヤテの様子やら嗜好やらを世間話ぽくさらりと言っていた。例えば、家の紅茶が合わないみたいですよ、とか、週に三回はメロンパン食べてるんですよね、とか。そんなものだ。
ハヤテとデッドは、以前よりぐっと距離が縮んでいる(あくまで以前より)。そんな相手の事の情報を与えれば、それで頭が一杯、とはいかなくても大分意識が向けられるのは確かだ。しかも、デッドはハヤテの個人情報はあまり詳しくない。何故って、結構饒舌な類のハヤテも、好きな人相手もあり、恐怖もありであんまり喋れなくなってしまうのだ。
デッドは、そんなハヤテでもいいと思ってるだろうけど。しかし、それでも知りたいはずだ。自身、ある意味同じ立場の自分なら解る。
と、言う事でカイはデッドに色々教えてあげた。デッドが、教わっていると自覚しないように、気をつけて。
結果は大成功。
ハヤテもデッドも幸せそうだ。
それを見ると、カイは自分も幸せになってくる。
何故って。
デッドがハヤテを構っていると、それだけ。
自分が爆と過ごす時間が増えるからである。
つまり、そーゆーことだ。
「爆殿〜!一緒に帰りましょう!」
「デッドとハヤテはどうした?」
「何だか、2人きりになりたそうな雰囲気でしたので、そのままにして来ちゃいました」
「そうなのか?」
「はい。最近、仲がいいですよね」
「そうだな」
「でも、私たちの方が勝ってますよね?」
「……勝ちって、何がだ!何なんだ!!!」
顔の赤い爆を拝めて、満悦なカイであった。
<終わり>
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