「あぁ、黒い仔兎ね。今日の昼に売ったよ」
「本当か」
爆は、考えた。うさぎになり、すぐ自分の所へ来なかったのは、誰かに捕まった為だ。
勝手に子供が持ち帰った、というのなら、親は大概だめだという。親とはだいたいそんな生き物だ。
しかし、この時間まで来ないということは、そのまま家に居ついてしまった-----自分の家のうさぎだと、勘違いされたに違いない。
そして、もう一歩踏み込んだ。ここは、首都なのである。
爆が住んでいる所は、どちらかと言えば田舎で、少し街を離れた野道に出れば野ウサギくらい生息している。
しかし、此処は違う。
緑よりもコンクリートが、植物より建築物が多い街なのである。
そんな中で道端にうさぎが居たとしたら。
それは、誰かがペットショップで買った以外にないだろう。
うさぎになったカイは、手足の先だけが白くてあとは黒。目は赤と、人間の時を彷彿させるような色彩を持っている。
それらの特徴を挙げて、近日買った物は居ないかと、目ぼしいペットショップを手当たり次第に探し、ついに発見したのだった。
「そいつが何処に居るか、知らないか?」
「……何で、知りたいんだい?」
店主が、伺うような表情で爆を見た。爆は、平然と。
「さっき、そんなうさぎを持っていたヤツがオレの荷物と自分のを取り間違えたんだ」
あぁ、なるほどとあっさり納得してくれ、かくして爆は場所を知れた。
首都とはいえ、ピンからキリまであるものだな、と爆は道を歩いて思う。
表通りから2つばかし道を横に逸れただけで、そこには先ほどまでの賑やかしさは無い。が、むしろこっちの雰囲気の方が好きだ。植物は少ないが、漂う空気が住んでいる所とよく似ている。見える夕日も、同じものだ。当たり前だけど。
住所を頼りにたどり着いてみれば、そこは教会だった。レンガ作りで、所々に素人の手で修理された跡がちらほら伺える。
教会なら、敷地内に入るのに苦労はしなさそうだ。
「頼もう」
道場破りじゃないんだから。爆。
門の所で、あと5秒待って誰も来なかったら勝手に入ってやると決めた爆に、ようやく1人のシスターが現れた。初老の婦人で、丸い眼鏡が人の良さそうな顔に拍車をかけている。
今度のいい訳は道に迷ったので少し休ませてもらう事にした。相手は快くその申し出を受け入れた。
そして次はトイレに行くふりを装ってカイの探索だ。これは簡単だった。カイの気配は、レパンストロピーのせいかとても独特だ。知っている人が探せば簡単に見つかる。
で。
見つけた。
『あ!爆殿!!やっぱり来てくれたんですね!信じてました〜!!』
ゲージの際までダッシュして、感激しているカイ。
人間バージョンだったら、手を合わせて目をうるうるしてそうだ。
「………………」
『どうしたんですか、爆殿?』
黙って自分を見下ろしたままの爆に、カイは訝んだ。
「いや。そうして小屋に収まってると、本当に普通のうさぎだな、と思って」
『……そりゃ、外見は普通のうさぎですから』
ぺしょ、とちょっと耳を垂らすカイだった。
「ま、ともあれ見つかって良かった。これくらいの鍵なら、簡単に開け……」
『あ、ちょっと待って下さい』
ガチャガチャと鍵を調べる爆に、カイが止める。
「なんだ?」
『あの……本物の、と言うか、元々此処に来るはずだったうさぎ……探して来てくれませんか?』
そんな事を言い出した。
『ちょっと話を聞いていたんですけど、あのうさぎ、本当に皆が欲しくて欲しくて、ようやく買ったものみたいだったんです。私があそこでうさぎになってなければ、無事に見つけれたのかもしれないし……
そういう事で、お願い出来ますか?』
ほぅ……」
爆は淡々と言う。
「貴様はオレに、この広い街中でたった1匹の仔うさぎを探して来いと、そう言うんだな?」
『あ、いえ、出してくれたら私だけでも……』
「しかも」
ゲージの間から届くカイの額を、ピンと指で弾く。
「それが出来ないと、思っているのか?」
『爆殿………』
「その間、貴様はどうしているつもりなんだ?」
『ここでうさぎのふりしてます。大騒ぎなんですよね、ちょっと居なくなっただけで』
人間の姿だったら、カイは苦笑している事だろう。
「大人気、だな」
『というか、オモチャみたいですよ』
と、答える声が少し疲れている。
「じゃぁ、オレは探してくる。それまで、頑張れよ」
『はい……』
頑張れよ、というのが洒落にならないカイだった。
とりあえず、教会を後にした爆。
今度探すのは、正真正銘ただの仔兎だ。目印になるものは、恐ろしく少ない。
(こういう、探知とか小技は、激の方が得意なんだがな)
爆はどっちかというと一撃必殺で相手を伸す方が得意だ。
(まぁ、やってやれない事はない)
早く見つけて、子供におもちゃにされているカイを解放してやらないと。
爆は走った。
さて、一方、カイ。
性能の高くなった耳は、本人の意思と関係なく、情報を拾ってくる。
なにやら、となりでシスター同士が話しているようだった。
「でも、何も今、買わなくてもよかったんじゃない?」
「仕方ないわよ、今日買う約束だったんだもの。向うの都合で、引っ越すのが遅くなっちゃったけど」
は?引っ越す?
何やら不吉な単語が……いやいや、多分気のせいだ。きっとそうだ。
「うさぎって、ストレスに弱いんでしょう?列車で3時間の旅させて、平気かしら?」
列車で3時間!?てかやっぱりうさぎ(私)の事!?
「大丈夫。列車から降りたらそんなもの吹き飛ぶわよ。緑が一杯の野原ですもの。きっと、すぐに元気になるわ」
『………………』
だらだらだら、とカイに冷や汗が伝う。
引っ越す。引っ越すって……いつ?
カイは耳を澄ます。
「さて」
シスターが言う。
「今日は早く寝ましょう。明日は皆を連れて、なにせ、列車で3時間だわ」
『あ、明日--------------!!!!?』
がびーんとカイに戦慄が走る。
『爆殿-------!!帰ってきて-----------!!!』
「せんせー、うさちゃんが変だよ」
「トイレかしら」
カイの咆哮は、やっぱり聞き取れて貰えない。
「ん?」
またしても、カイの叫びが聞こえたような気がしたが、やっぱりこれも気のせいだろう。
さて、爆。
不得手な術であったものの、うさぎの気配を辿り、見事その居場所を突き詰める事に成功していた。
うさぎは。
何だか世間と大人を舐め腐っているようで自分の根性が一番お腐れになられているという類の人種に確保されていた。
つまり、ヤンキーにとっ捕まっていた。
「おい、なんだよさっきから睨みやがって」
別に爆は睨んでいるつもりなんてこれっぽっちもないのだが、24時間常日頃いちゃもんをつけるかつけられるかしか考えていない彼らには、そう見えるのだろう。
「そのうさぎ、返してもらおう」
「へー、これ、おたくのだって言うの?証拠は?名前でも書いてあるんですかー?」
「……………」
あまりにも低俗で決まりきった文句に、爆は頭痛がした。
「んん?まだ何かあんのかよ」
爆が一向に退かないのをなんと取ったのか、そんな風に言う。
「証拠があろうとなかろうと、そのうさぎはこっちのものなんだ。さっさと返せ」
爆の尊大な言い方が、とても気に障ったらしい。
おい、と声を掛けられて、1人が前に来る。
「いいかぁ、よく聞けよ。このお兄さんは魔法が使えるんだぜ」
「……………」
「怖いぞー、手足ばらばらにされちゃうかもしれねーぞ……ぉ………」
「魔法と言うのは」
爆はス、と空中に火のペンタグラムを描く。
「こういう感じのものか?」
アツィルト、と唱えると、そこから太い火柱が上がった。
一瞬の事で、ここが裏路地という事もあり、他の通行人には気づかれないが。
目の前の連中には。
「…………………」
なまじ魔法をかじっているから分が悪い。爆の実力を知れてしまう。
大方、魔道士の養成所で少し嗜んだ程度だろう。少し力をつけた時が、1番無茶をしやすい。車の免許とって1、2年が交通事故が多いのと同じだ。
「うさぎをこっちに返して貰おう」
「………ばッ………」
1人が口を開く。
「馬鹿ヤロウ!何ビビッてやがる!相手はちっこいの1人だろ!?」
「------!おい!足元!!」
その声で、皆自分の足元を見ると。
そこには、しっかりと火のペンタグラムが刻まれていた。
「何も、魔方陣は指先から書かなくてはならない、などと言う決まりは無い。
少々時間はかかるが、時間貴様らが喋ってる時にならたっぷりあったからな」
「てっ……てめー!最初からこうするつもりだったのかよ!!」
「人聞きの悪い。素直に返してくれたら、それで終わっただけの事を、勝手にややこしくしてくれたのはそっちだろうが。
これが最後だ。うさぎを返せ」
「………………」
ち、と舌打ちを隠し、爆に手渡す。
おそらく、このうさぎを甚振るつもりだったのだろう。無意味に酷いことをする。
渡されると、うさぎはひし、と爆にしがみ付いた。その頭を優しく撫でてやる。
「----そう言えば貴様ら」
ぼそ、と爆が言う。
「さっき、ゴミ箱ひっくり返しただろ」
「ぇ…………」
「………………」
「………………」
火柱が、5本立った。
「馬鹿なヤツめ。ちゃんと、中は空洞にしてやったというのに」
後に転がるのは、勝手に失神した愚か者が5名。焼かれたものだと勘違いしたらしい。
今は何時だろう、と時計を見ると、午前4時。
時間を確認すると、どっと疲れが沸いてきた。何せ、探知している間は魔法使いっぱなしなのだから。
(すこし、休むか……)
別に時間は制限されている訳ではないのだから、と、爆は思った。
夜が明け、朝が来る。
カイは。
籠の中に居た。
『………………』
「それじゃ皆、出発するわよ」
「はーい!!」
元気な返事の合唱。空は晴れだし、旅立ちには絶好だろう。
でも。自分は。
『あああああ、爆殿〜〜〜〜!!』
列車は9時出発。その先は少なくともカイは確実に知らない場所である。
いやでもしかし、例えそうなったとしても爆は見つけてくれ……ると思うけどかなり時間掛かりそうだなぁ〜〜〜!!
ずこーんと沈むカイ。
駅に着いた。ここでちょっと休息を取るらしい。子供数人引き連れたのではそういうプランが妥当だろう。
どこかの椅子に置かれたのか、振動が無くなった。
ふぅ、とカイもちょっと休憩。
ややあって、再び持ち上げられる感覚。
あぁ、いよいよ言ってしまうのだなぁ、と思った瞬間。
籠の蓋が開いた。
光と一緒に見えたのは。
爆だった。
『……………』
これは夢か?と高速で500回くらい自分に問いただしている間に、抱きかかえられ、外へと出された。
「ほら」
と瓶詰めされた鶏の血を見て、ぼふんと戻るカイ。
「……………」
「何回見ても不思議だな。どうなってるんだろうな、この仕組みは」
「……ば、」
「ん?」
「爆殿ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
ひしがしぃぃぃぃ!!と爆に抱きつくカイ。
「んなッ……!ちょっ……!」
「爆殿-------!!もう、もう会えないかと思いました---------!!」
「おい、っ……!!人が!人が見て……!!」
「何だ何だ」
「感動の再会みたいだぞ」
「違--------う!!!」
通行人にツッコミを居れる爆だった。
帰りの列車に乗り、ようやく落ち着けた2人。
「でも、よく解りましたね」
「あぁ、朝食を取ろうと思って外に出たら、昨日見たシスターが駅に向かって歩いているのが見えたんだ」
あとは似たような籠を適当に調達して、こっそりすり替えた訳である。
「結局、何しに来たんだ、て話ですよね……」
はは、と乾いた笑いのカイだった。
「あ」
爆が唐突に声を出した。
「どうしました?」
「うっかり泊りがけになって……ピンクに連絡するの忘れた」
あ、とカイも声を出す。
「ふぅ、また煩いだろうな、あいつ……」
「そ、そうですね………」
爆には煩いで済むけれど。自分は。おそらく。
………一瞬あのまま何処かにへでも行ってしまったら、と思ってしまったカイだ。
と、ふぁ、と爆が小さく欠伸をした。爆にしては、珍しい。
「……あの、もしかして寝てないんですか?」
「当然だろう。うさぎを見つけたのが遅くて、宿も取れない時間だったし………」
目をしぱしぱさせる。
「でしたら、少し寝たほうがいいんじゃないですか?」
「………………」
「駅に着いたら、起こしますし」
「………………」
「爆、ど、」
丁度列車がカーブし、その振動で爆の身体が傾く。そのまま、身体はカイに預けられた。
寝て、いる。
「……………」
何だか、そのあどけない寝顔を見てしまっているのが居た堪れなくて、その風景に集中したけど、凭れ掛けられている肩からは否応無しに体温が伝わってくる。
「……………」
目的地まで、駅はあと3つ。
いつまでも、着かなければいいと、思った。
<END>
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