「で、後ろを振り向いたら、白い壁にべったりと血の手形があったそうだ」
「………………」
ジュースを飲みながら話す爆の口調は、日常会話となんら変わりないが、その内容は子供が夜中にトイレに行けなくなるくらい、恐ろしく怖く不可解な話であった。
ハヤテは、今日も暑いなー、誰か怖い話でもしろよ、とか言い出した数十分前の自分を恨めしく思った。
「ば、爆殿、それ何処で聞いた話なんですか?」
平静を装うカイだが、哀しい事にセリフは噛んでいるし、座った膝も震えているし。
ビシ!と怪談くらい2段抜かしで登っちゃうね☆(階段と引っ掛けてる)と頼もしい所を見せたかった希望は儚く散った。
「何処で聞いたというか……親父の体験談だ」
『どぇわぁひぃぃぃぃぃぃッツ!!!!』
冗談抜きで生身の「本当にあった怖い話」を聞かされていたのだと知った2人は、絶叫した。
此処はカイの家。激も居るのだが、現在放浪中でカイは1人暮らし同然だった。
「あぁ……俺、此処から一番家遠いってのに……」
しかも、暮れてきた外を見上げ、ハヤテも途方に暮れる。
「ふ、ハヤテ殿……私は今日、この家で1人ですよ」
カイは徹夜を決めた。
「貴様らは何か怖い話とか無いのか?」
「いやぁ、爆殿の話の後じゃ、どんな話も……」
「ていうかもう腹いっぱいデス」
今はポンキッキーズで放送される「トイレの花子さん」さえも見たくない2人であった。
「デッドは何か無いか?」
デッドに振られたのを聞いて、2人はゴフ、と吐血しそうになった。
ある意味、デッドはプロだ(何の)爆よりも凄いかもしれない。
この時、カイとハヤテは同時に「乱丸も連れてこれば良かった」と痛切に願った。そして、同刻乱丸は寒気に見舞われた。
「そうですね………とりあえず、松竹梅のどれかを選んでください」
何を選んだらどんなレベルの話が出てくるんだ、デッド!!!
「わー、もう、マジもう止めってー!!」
「本当に勘弁して下さいー、トラウマになりそうですー」
2人は恥も外聞も無く泣きついた。プライドより、心の傷である。
「とかほざいてますが、どうします?爆君」
あくまで、基準は爆のデッドだ。
「別に、聞きたくないんなら話さなくてもいいんじゃないか?」
めちゃあっさりと言う爆であった。とりあえず、2人は胸を撫で下ろす。
「……怪談とまでは行かないんですが、都市伝説みたいなものを1つ知ってるんですが……」
誰の了承を得るでもなく、デッドが話し始める。
あまり怖そうでもないので、2人は止めはしなかった。
「他愛も無い話ですよ。この番号にかけたら、恋が実るだのなんだのと……」
現在、その話をしている相手に片思い中のハヤテの聴力がアップした。
「そう言えば、とある携帯番号に掛けたら死ぬ前の声が聞こえるだのという映画がありましたねぇ」
止めろ、カイ。ほんわかとした恋のおまじないをホラーにするな!(ハヤテの心の中)
「自分の携帯にかけると、殺人依頼が出来るんだよな」
何だか懐かしい事を言う爆であった。
「で、番号が書かれた紙があるんですけどね」
ポケットから出した、四つ折りにされたメモ用紙を出すデッド。
「誰か、かけてみます?」
「誰か、って……此処じゃ、ハヤテ殿しか、居ないじゃないですか。
私達ばっちり両想いなんですから」
ね、と真顔で確認するカイに、爆はいつも通りに殴りには出れなかったとさ。
「じゃ、ハヤテに渡しておきますね」
「おい、俺の意見は無しか」
つ、と渡された紙を、ハヤテは一瞥し、
「アホらしい。ただの噂だろうが。俺はそんなもんに頼る程軟弱じゃねーぜ」
「そうですね、とりあえず本人が目の前に居る場としては、そう言って置いたほうが得策ですよね」
「黙ってくれ。お願いだから」
そして、ハヤテは俺は本当に興味ないんだよ、って事でその紙をゴミ箱に放り投げた。
で、さりげなくポケットに入れた手で。
その中にある携帯電話に、先程記憶した数字をメモリしているのは、皆の想像の通りである。
この番号にかけたら、恋が実る。
最近、カイが言ったように携帯電話をモチーフにしたホラー映画がちょくちょくあったから、それの影響だろうか。しかし何と言ってもジャパニーズホラーと言えば「リンク」であろう。それはそうと、カンヌ映画祭でどうしてダムド・ファイルが出ていたのか。
いや、そんな事はどうでもいい。
かけてみようか、どうしようか……
何か、いつぞやもこうして悩んでいたような。あぁ、前はキスしたくなる飴だったね。
で、今回は恋が実る携帯番号、と。
自分は何かに確実に踊らされてると痛感するハヤテであった。
ま、どうせ現在この番号は使われてません、て事だろうけど。
けれど、大きくなった時、昔こんな馬鹿な事をしたなぁ、と思うようなこともあってもいいと思うし、藁にでも縋りたいし。
ピ、とボタンを一つ。
プルルル、と繋がる音がする。
(て事はこれ、誰かのマジ番号!?)
少し吃驚したが、こうなったら事の顛末を見届けたいと、何だかドキドキしてきてしまった。
何度目かのコール音。
その後、出た声を、ハヤテは一生忘れない。
『………掛けましたね?』
まるで、地から這い出たような、その声。
それは------
「良かったじゃないですか、結果的にデッド殿番号が知れて」
後日、一部始終を聞いたカイから出た言葉はそれだった。
やっぱりというか、当然というか、勿論というか。
デッドが渡した番号は、本人のものだった。
「あぁ………俺も、最初はそう思った」
が、ハヤテは悲痛な表情だ。
「でも、次の日………
あいつ、携帯電話買い換えて………」
その後は、もう声にもならなかった。ふ、と遠い方向に向けた眼が、やけに寂しい。
「それって………」
カイが言う。
「携帯電話換えるから……ちょっと遊んでみた、とか」
「そういう見方も出来るな」
「いえ、それしかないでしょう」
ハヤテの淡い期待を打ち破るカイであった。
「お前はさ、爆とメールとかしてんのかよ」
「えぇ、当然」
「どんな?」
「内緒です」
「………………」
「………………」
「おい、2人が乱闘してるぞ」
「乱丸ー、あんた止めてきぃや」
「何で、俺が!」
「あんたあの2人のストッパーやないの」
さらりと言われたルーシーのセリフに、何時の間にそんな不名誉な身分を授かったのか、と頭を抱える乱丸であった。
<END>
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