ボタンの掛け違い・3





 一体どういう事なのか。
 ハヤテは、異次元に迷い込んでしまったSFの主人公のような気分だ。
 恋人が待っている、と自分達へ乱丸が言い、自分もカイの事だと思ったのに。
「いや、そっちの方の」
 と、言って、自分を指したのだった。
 ……自分に恋人なんて居ただろうか?
 したいと思ってる人は居るのだが。
 それでも、呼ばれてるんだから行かなきゃなぁ、と休憩室を出れば。
「もう、バイトは終わりでしょう?」
 デッドが、居た。




 慌てて身支度を整え(のろのろしてると、デッドに置いて行かれる所か仕事を入れられてしまう)ビルの外で出る。
 自販機の前に居るデッドに、差し入れです、と渡された缶のアイスティー。
 飲む事もせず、ただ受け取る。
 えーっと……
 乱丸から俺の恋人が待ってるって言われて。
 居たのが、デッド。
 ……………
 やっぱり、自分は異次元に迷い込んでしまったのだ。
 この世界で、自分とデッドは恋人同士で週末にデートをしてはプリクラ撮ったりパフェを分け合ったり、学校の廊下ですれ違った時は、ノートで頭をぽこんと叩いたりするのだ。
「何ぼけっとしてるんですか」
「すまん、考え事をしてたんだ」
 デッドが、何やら怪しげなアイテムを取り出したのを見て、これは現実だと戻ったハヤテ。
 それはそうと。
 まだアイスティーを持て余し、デッドを見る。
 相手は知ってるのだろうか。自分の”恋人”になっている事。
 自分にも買っていたデッドは、アイスティーを一口飲んだ。
 そして、はぁ、と溜息を付いた。
「カイさんがさんざん爆君の事を紹介しましてね」
 一体どんな紹介かは……簡単に想像が付いてしまうのが哀しい。
「結局、こうするのが一番だったんですよね……」
「まぁ、……うん」
「おかげでカイさんは益々調子に乗るし」
 あれ以上のどうやって?と今度は想像がつかない。
「僕は貴方の恋人になってしまいました」
「そうかぁー…………、」
 ハヤテはぐび、と紅茶を飲んで。
 ぶぶばはぁぁぁぁッツ!!!!
 盛大に噴出した。
「………ぅ、げぇほうげふはぁっ!げほっ!!」
「……話聞いてから紅茶を飲んで噴出すというのは、順序的に可笑しくありませんか?」
 それは、それだけ衝撃が大きすぎて認識までに時間が掛かったという事だが、そんな説明をする余裕はハヤテには無い。
 いやそんな説明をするより!
「ご、ごめんなさいごめんなさい許して下さいぃぃぃぃぃぃぃ!!」
 ハヤテは謝った。必死に謝った。
 小学2年の時、遊んでふざけて教室の窓ガラスを壊してしまった時より、必死に謝った。
「何をそんなに謝るんですか」
 それは、勿論死にたくないからである。
「こ、今度……じゃなくて明日、いや、今から訂正して来ます!!」
「待ちなさい」
 デッドはダッシュするハヤテの後ろ髪をガッシ、と掴んだ。ぐぇ、と上を向いて呻いて、ハヤテが止まる。
「別にいいでしょう。今度は誰にも迷惑が掛かって無いんですし」
「え……いや…………」
 自分とそんな事になって。
 ……不愉快ではないのだろうか。デッドは。
 訊きたいが……頷かれるのが怖くて訊けないでいると、デッドがぽつりと呟いた。
「別に、僕は」
 貴方に僕を好きになるな、とは言ってませんよ、と。




「……今回は、ハヤテ殿にやられましたね……」
「何がだ」
 帰り道、独りそう呟いてみたら、返事が帰って来た。
 それの相手は。
「爆殿!?」
 先ほど、自分に蹴りを加えて帰った筈の、爆だった。
「……来ちゃ、悪かったか」
「い、いえ、そんな!でも、時間が……」
 時刻は、今日が終わるまであと数時間、という所まで来ている。
「……現郎に、アリバイ工作頼んだ」
 家族には、自分は現郎と一緒に出かけている事になっている。
「……や、でしたら、私の方が爆殿へ行きましたのに」
 そうまでして、愛に来てくれたのは嬉しいのだが。もう遅いし、何より爆にこれ以上自分の事で家族に嘘をついて欲しくなかった。一番申し訳なく思うのが、爆だからだ。
「……いいんだ。オレが会いに来たかったんだから」
 カイの言いたい事が解ったのか、憮然としてそんな事を言う爆。
「現郎を車で待たせてある。だから、用件だけ手短に言うぞ」
「はい」
 爆はふぅ、と息を吐き出し、若干顔が赤くなって、言った。
「……”次”があったら、その時はオレが言うから」
「………………」
「言いたいのは、それだけ……、わッツ!!」
 突如、強く抱き締められ、爆が驚く。
「ダメですよ」
 文句を言う前に、カイが言う。
 耳元で、囁く。
「今度は、私が言うんですから。……さっきからずっと、そればっかり考えてました」
「…………………」
「まぁ、次があるかどうか、解らないんですけどね」
 と、言うか、むしろあまりあっても欲しくない。カイは、苦笑しながら言った。
「……別に、」
 こういうのは、実際あるかどうかじゃなくて。
 約束する事に意義があると、爆は思う。
「でも、本当にやられましたよ。まさか、ハヤテ殿があんな事を言うだなんて」
「あいつも、やる時はやるんじゃないのか」
「どうでしょう」
 むしろ、やる前に命が尽きてしまう事もあるかもしれない、とカイは思った。
「……おい」
 爆が、明らかに不機嫌な声で言う。
「何ですか?」
 カイは、しらばっくれたように言った。爆がそんな声を出す原因なんて、この場では1つしかないのに。
「いい加減に離せ!現郎を待たせてると言ってるだろう」
「……そうですねぇ、来られても困りますし」
 そうじゃないだろう。
「では、今日はこの辺で」
 と、カイは。
 爆に、掠めるような口付けをした。




 車の中に、娯楽設備なんて無いに等しい。
 明かりは付けられないし、ラジオでも流すくらいだ。
 何をするでなく、現郎は爆を待っていた。爆が出て10分弱。戻ってきた。
「おかえりー……」
「……ただいま」
 別に家の中でないのだが、挨拶をされたら返事をするというのが、習慣になっているようだ。
「……じゃ、行くかー」
 間延びした声で、車のエンジンをかける。
 こっそりバックミラーで顔を伺うと、憮然とした顔はしているものの、ここ数日溜めていたものは抜け落ちているようだ。
 そして。
(……まぁ、帰る頃にゃ、顔の赤さも抜けてるだろーなー)
 口を気にしている爆を見て、心の中でだけ、呟く。
 そして爆は、右の拳を摩っていた。
 おそらくは、どっかの道の真ん中で、ぶっ倒れている友人の弟子が居るのだろう。


 まぁ、とにかく。
 日常は、戻った。

 少し、姿を変えて。




<終わり>





終わったなー、長かったなー。
やぁ、本当はカイ爆の部分はカイがメールで爆殿会いたいですとか言って、だったら会いに来いと爆がメール返して本当に来ちゃいました、な話にしよーかなーと思ったけど(限定1名で懐かしい話)それはそれでまた別の話にしようって事で道中での逢引(逢引って……)
今回、ハヤテ君に頑張って貰いました!存在感主張し過ぎて、うっかりこれで殉職?みたいに思っちゃったりしましたが書きながら!!
まぁ、デッドはデッドで、作中にあるように、好きにならないで下さいとは言ってないから(言わせてないと思う!)
つーかそれより、デッドの頭の中はカイをどうしようかで一杯だと思われます。

現郎さんは2人の後押派……じゃなくて、爆の味方(笑)
だから、いざという時は。
カイくん、ピンチです。
……爆の身内登場されると、カイの敵が増える法則。

では草原殿、お受け取りくだせぇ!