畳の部屋の真ん中で、行儀欲座る人形のような黒衣の人。
帝月だ。
「帝月、ただいま」
「……………」
返事が無い。
まさか寝てるのかな、と思って顔を覗き込めば。
ゴズビ!
その頭に手刀が落ちる。もちろん、その主は帝月だ。
「いったぁー!何するんだよ!」
「……解らんか?」
地獄の悪鬼共すら尻尾巻いて逃げそうな声で、帝月が言う。
解らんか、と言われたものの、さっき帰って会ったばかりの今で、一体何をしたと言うのか。
母に言い付けられ、お使いに行く時に、僕も行くだの付いて来なくてよいだのと、散々言い合ったが、あれは納得してくれた筈だ。
いくら考えても解らない。
頭上のクエスチョンマークが増えていく様が見えるようで、帝月は感情の質を怒りから呆れに変えた。
「まだ解らんのか……愚鈍な」
「何だよ!勝手に帝月が怒ってるだけじゃないか!」
「失敬な。人を理由も無く人に当り散らす俺様みたいな」
そのままじゃないか、と心の一番奥から思う天馬であった。
「天馬」
ずずぃ、と手刀を落とされてからそのまま腰を落ち着けている天馬に、至近距離にまで顔を近寄せる。
「何故、僕の所に最初に来ない」
「へ?」
「帰って、一番最初に菊理に挨拶しただろう」
「だって、此処に来る途中で会ったんだからさ。まさか、無視する訳にもいかないだろう」
「あぁ、無視しろ。是非しろ」
何てヤツだ、の「な」の形に天馬は口をぽかんと開けた。
「おま………」
「確かに、菊理はお前の許婚だ。行く行くはお前のものとなるだろう」
しかし、と区切り。
「お前は、僕のものなんだ。だから、他の誰よりも、まず僕の所へ来るべきなんだ。解ったか?」
解りたくもないそんな屁理屈。
けど、帝月の中じゃ、それが揺ぎ無い真実なんだろうな。
そう思おうとしても、溜息が零れそうになる天馬だ。
「お前は、僕のものなんだ」
帝月がもう一度言う。
「僕だけの、ものだ」
目を見詰め、言う。
言い終わった後も、見詰める。
小さな砂時計の砂が落ち切るだろう頃に、帝月が呟く。
「……僕にもう少し力があったら、お前を攫って閉じ込めておけるのに………!」
「……………」
チッ!と舌打ちする帝月である。
今のあれを、これ以上どうやって強くするつもりなのか。天馬は遠い目で思う。
それの現実の為に何か画策しているのか、黙って思案している帝月。
こうして、黙っていれば、とても綺麗で美しいのに、と天馬は思う。彼の毒舌や破壊的性格が、その容姿の魅力をガクンと下げている。まぁ、初対面の、帝月の内面を知らない人は、素直にその美貌に感動すると思うが。
極近くの、帝月の隻眼。
黒曜石に酷似したそれは、天馬の姿をはっきりと、その中に閉じ込めていた。
彼の願望通りに。
「あ、そうだ、母上の所へ行かないと」
立とうとすると、グ、と身体を押さえ込められて、立てない。
「だめだ。行かせない」
「冗談言ってる場合じゃないぞ、帝月。連絡は速やかにといつも言われているんだから」
言いつけを守らなかった時の母親は、それはもう怖い。とんでもなく怖い。怖いって言葉じゃ足りないくらい怖い。
「そんな事は知らんな。お前は一番最初に主人のところへ来るという言いつけを守らなかったんだから、今日はこれからずっと、僕に付いていなければならない義務がある」
「そんな義務があってたまるか!本当にまずいんだって!おい!」
「言いつけを守らなかったお前がに非があるんだから、それでお前が窮地に立とうが、それは自業自得だ。
これにこれたら、次からはちゃんと僕の所に来い。いいな」
「あー、解った解ったから!離してくれよ!」
「それはそれとして、今日は僕の傍に仕えろ。命令だ」
「み----か---づ----き---------!!」
天馬の叫びが、ただ壁や天井に吸い込まれていった。
とても虚しく。
さて。
そんな、2人がひと悶着している部屋の外、瑠璃男が樹に凭れ、一部始終を聞いていた。
「……………」
耳をかっ穿るって、一言。
「ぼっちゃんも、一言心配やって、言いはればえぇのになぁ」
そうしたら上手く行くのに。
でも、そうしたら面白ないんやなぁーと、何とも意地悪な笑みを浮かべ、高みの見物の醍醐味を噛み締めていた。
<了>
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