よし、ハヤテ。落ち着いて考えよう。
ハヤテ、お前は何歳だ?今年で16だ。
16となればまだ子供で被選挙権も無いかもしれないが、世の仕組みも色々解って来たお年頃だ。
バラエティがやらせで無い訳がないし、アダルトビデオのナンパモノが本当にナンパで成り立っている筈が無い。
そうとも、自分は解っている。妄想と現実の区別がつかなくなったキ○○ガイではないのだ!
なんて自分に必死に言い聞かせているハヤテの前に、こんなものがある。
”キスがしたくなる飴”。
……落ち着けー、ハヤテ。落ち着けー!
思わず立ち止まってしまい、かれこれ5分弱。そろそろ、店員がアイツ万引きなんじゃないだろうかと怪し始める頃だ。
ここはデパートのバラエティグッズがおいてあるフロアで、当然これもパーティージョークの為の小道具だ。よし、ちゃんと解っている。
さぁ、さったと立ち去ろうではないか。この飴の存在など、明日にでも皆に話して笑いの種にしてしまえ。
決して頼るな。心から縋るな。
溺れるものは藁をも掴むと言うが、自分はまだ溺れていない。
そりゃぁデッドのヒエラルキーで自分は爆のかなり下のほうだし(とりあえずカイの上ではあるっぽい)、軽く所か扱われ方は冷たくだし、素っ気無いし振り回されてる所かあんまり相手にされてもいない気分だし。
しかしいくらそんな自分でも、まさかこんな飴に希望を託してみようなんて。
「ありがとうございましたー」
「……………」
気づけば、買っていた。
さてどうする。
思えば、初めてベット下行きの雑誌買った時だって、こんなに悩みはしなかった。
例の飴を前に、「捨てちまえよこんなモン!」という自分と「折角買ったのに勿体無いじゃないか!」という自分が鬩ぎあっている。天使と悪魔じゃないのが何だか寂しい所だ。
キスしたくなる飴。
ちなみにエッチしたくなる飴もあったのだが、こっちにしたのはハヤテの最後の理性か、あるいは意気地が無かっただけか。彼を考えると、どうも後者っぽい。
今、この世界でたかだ飴に頭をこんなにフル回転させてるヤツが自分以外どれほどいるのだろうと考えると、いよいよ悲しくなってくる。
カイだったら、あっさり買って爆に舐めて下さいvって言っちゃうんだろうな(そしてその後デッドに回し蹴りを食らうのだ)。
いいなぁ、いっそアイツが羨ましい……
なんて思って、いやぁ、照れますねぇと言っている頭に浮かんだカイを締め出す。
さぁ、どうすると目の前の飴を改めて見る。
色は普通に赤だ。何味かはちょっと解らない(裏の成分表を見ても”キスしたくなる味”としか書いてない)。
パッケージさえ見られなければ、普通の飴として渡しても、なんら疑いもかからない……と思うが、相手は何せデッドだ。不思議と神秘を身に寄せた、そんな人物なのだ。
もし、バレたら…………
入りを考えただけで、ハヤテはブルっと身震いした。
止めよう。ホラー映画はあまり嫌いではないが、進んで怖い思いはしたくない。
少し話はそれたが、当面の問題は、結局この飴をデッドにあげてみようかどうかだ。
バレるかバレないか。ある意味デッド・オア・ライブだ。
勿論、ハヤテだって、これで本当にデッドがキスしたくなるとは思っていない。
ただ、こんな馬鹿みたいなイベントを、デッドとしてみたいのだ。
だが、デッドがそれを好む性格であるだろうか。
「……………」
パリ、と外袋を破り、一つを手にとって見る。
こんな下らない事に、真剣に悩んでしまうのが、青春ってヤツかな、と何処か達観しながら。
-----落ち着け、ハヤテ!
ハヤテはまた自分に必死に言い聞かせていた。
別に悪い事をしている訳じゃないんだ。押し倒して無理やりキスする訳でもない!
ただ、飴をやるだけじゃないか!
ハヤテ、デッドに飴をあげる事にしたらしい。
ポケットには赤いキャンディー。それこそ、”キスしたくなる飴”他ならない。
爆やカイにガムとかやってるだろ。あのテンポだあのテンポ!!
よし!と覚悟を決めて、ハヤテはデッドの元へ言った。
静寂を好むデッドは、騒がしい教室にはあまり居ない。大抵、図書室か、他の人は虫に指される中庭に居る。今は、図書室に居た。
「よ、デッド。何読んでんだ?」
「カバラについての本です」
「焼肉のたれ?」
「それはエバラです」
ハヤテは無自覚に結構天然だ。
会話はそれで終わった。ハヤテの視線が彷徨う。
「あ、あー、そうだ、デッド」
めちゃくちゃ不自然な語りだしてハヤテは言い出した。
「飴あるんだけど、要るか?」
「要りません」
バレるかバレないか以前の問題だった。
ここまで覚悟を決めたのだから、少々強引でもあげたいのが人情ってヤツだ。
「まぁ、そんな事言うなよ。余ってるから、やるよ」
「余ってるのなんか欲しくありません」
そりゃそーだなと納得しかかった自分を、頭を振って退散。
「いや、お前にいつも世話になってるから、それのささやかなお返しみたいな」
「僕が貴方に対して何かした事がありましたか?」
ありませんでした。
えーい、だから撃沈している場合じゃないのだ!!
「こんなのぽいって適当にあげるもんなんだから、ぽいっと適当に貰ってくれよ!」
「……何でそんなにあげたいんですか」
本から顔を上げて言うデッドに、ギクゥ!!と引きつるハヤテ。
しまった、不自然過ぎたか!?(今更)
「……お、お前が素直に受け取らないから、俺も意地になるんだよ」
「………………」
デッドは見極めるように、実際見極めていたのだろうが、じっとハヤテを見つめた。
そして。
「まぁ、僕も意固地に断る理由もありませんしね」
本当に受け取る気になったのか、それとも単に面倒くさくなったのか、掌に置かれた飴をひょい、と取る。
やったぁ!と内心喜びまくるハヤテ。叫ぶ声はハレルヤ!て頼もう。
そんなハヤテの幸せな所は、こんな事で一喜一憂している自分を不幸だと思わない所だ。
わーいわーいとバレないように喜ぶハヤテの前で。
パリ。
(-------え?)
デッドは袋を破り。
(おわ)
飴を。
(ちょっと)
口に。
(そんな)
入れた。
(……マジで!?)
ころころと口の中で飴を転がすデッド。
そのデッドを見て、ハヤテの中で”キスしたくなる飴”というパッケージの文字が躍り狂う。
(……信じてないけど、あんなの。でも、でも!!)
ドッドッドッド、とドラムのベースみたいな心音が身体中に響く。
ふと。
飴を舐めたままのデッドが、おもむろに席を立った。
「な、何?」
バレたか!?と命の危機を感じるハヤテ。
デッドの手がすっと伸びる。
伸びた手は顔の横を通って、後頭部にまで伸びた。
「動かないで下さい」
目の前のデッドの口がそう動いた。心臓の音が煩くて、外からの音があまりよく解らない。それは物理的なものか、精神的なものか。
「……………」
すーっとスローモーションのようにデッドが近づく。
(-----って、あぁッツ!これがファーストキスになるのか!?飴!?俺のキスは飴のおかげで!!?)
「っ、………ッ!」
手は何処に置いたらいいんだ、と宙ぶらりんな腕が気になった。チキショウ、キスなんて遠い国の御伽噺だなんて思ってなくて、カイか爆(建設的な意見を求めるなた爆だろうが)にアドバイス貰っておけばよかった!!
なんて思ってる間にもデッドは近づいて。
近づいて-----
「ありました」
「へ?」
あった……って何か。
「さっきから後ろ頭にちらちら何か見えると思ってたんですよね。
一体何処の近道、通ってきたんですか」
デッドの手には、木の葉があった。
ドンマイ☆ハヤテ、楽しい夢は見れたじゃないか。いつかは現実に……現実に……現実………
「ふふふ………」
「ハヤテ殿、どうしたんですか?」
心配というか胡散臭げに前の席がカイが聞く。
「……どうかしたように見えるか?俺が」
「はい。何だかお腹がすいて入った店屋で、蝋細工の料理出されたみたいです」
とても具体的な表現にこいつまさか覗き見してたんじゃねーだろーなーという疑惑が起こる。
「あ、そうだハヤテ殿」
自分に嫌疑がかけられているとは知らないカイは、朗らかに話し掛ける。
「”キスしたくなる飴”ってあるの知ってます?」
ドガラッシャァァァン!!
椅子ごと派手にずっこけるハヤテ。
「ど、どうしたんですか!」
「おおお、お前それはどんな意味だ!」
「え、ですから、”キスしたくなる飴”って知ってますかという意味で」
「違う!何処からそんな飴の話が出てきたんだ!」
「爆殿から聞いたんですよ。この前デッド殿と遊びに行った時、見つけたらしいですよ。世の中、面白いモノを考える人が居るんですねぇ」
あっさり話題として話す所を見ると、爆はカイに”エッチがしたくなる飴”の話はしなかったんだろう。実に賢明だ。あるいは爆が行った所には無かったのかもしれないが。
「ふーん、爆が………って…………」
……デッドと?行った時?
「私も誘ってくれれば良かったのに。バイトがあったから……」
お前にバイトが入ってたからこそ、デッドは行ったんだと思うぞ。
て言うか。
デッド……まさか知ってた?
しかし外のパッケージを覗けばまるっきり普通の飴だ。そのまま知らなくて受け取っても、何も可笑しくは無い。そもそも、デッドが中身を知ってるとは思えない。
可笑しくはない……が。
でも。
まさか。
あるいは。
真実は、デッドだけが知る。
<了>
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