KISEKI



 この地面の奥深く、磨きさえすれば輝く石が埋まっていると思うと何処も彼処も聖域に思える。

 そして、その最たるのが貴方。


「……………」
 ただ、何もするでもなく、カイは目の前の樹をじっと見ていた。
 ひらひらと、蝶のが舞い落ちるように落下する、白い花びら。音も無いのに動きがあるやたら幻想的な景色。
 それに魅入られたふりをして、とりあえず何も考えたくなかった……が。
 どうしても思ってしまう。
 今日、激に言われた。
 ――俺が教えられるのはここまでだな。後は自分で勝手にやれ。
 要は免許皆伝とても言うのだろうか。しかしそれ自体は、寧ろ喜ばしいものである。
 そして。
 そうなったら真っ先に行かなければならない場所がある。だというのに、自分の足は根が生えてしまったように動かない。
 修行している最中は、それだけで頭が一杯だったから、こんな事は考えずに済んだのだ。
「………………」
 いよいよ動く気力の無くなったカイは、その純白の花弁を枝まで多い尽くす程咲かせた樹へと凭れ掛かる。
 そうして、また落ちる花びらを見続けた。
 心に不安を燻らせ。

 この花と同じ色彩のものが降る季節、自分は爆に貴石を送った。
 オニックスという石は身につけると旅人の災厄を未然に防いでくれるという。
 自分が側に行くまで、それを代わりに持ってて欲しいと贈った。

 今。
 その時の自分を、消してしまいたいくらい愚かで陳腐だと思う。

 自分は――………

 自分ハソノ隣ニ、本当ニ相応シイノダロウカ?


 ピリリリ、ピリリリ……
 今日は汗をかいたから、少し早めにシャワーを浴びた。出ればケータイが鳴っている。
「誰だ」
『……いや、俺だけど……ってオメーもうちっと愛想良く出れねーの?』
「何だ。激か」
 言われた台詞の後半は無視する事にした。
「で、何の用だ」
 話掛けながら宿屋のベットに腰を下ろす。
『実は今日なー、教える修行はもう終わりって言い渡したんだよ』
「……ほー」
 爆に微妙な間が空いたのに気が付かないで激は尚も言う。
『それでよー、そーなりゃアイツ絶対オメーの所行くだろなーと思ってv
 なぁなぁ、カイ何かした?キスまでとは贅沢言わねーけど抱きしめぎゅーっぐらいはやったか?』
 弟子の恋愛事情にとことんはしゃぐ激である。ところで抱きしめぎゅーってのは何なんだ。
 激はてっきり爆から照れ隠しの怒鳴り声が聞けるものだと思っていた。が。
「……無いぞ」
『へ?』
 現実は氷点下ぶっちぎちの冷めた声だったワケで。
「会ってもないというのに、どうやってそんな事が出来るというんだ?」
『…………えーっと………』
 激は冷や汗をダクダク流しながら、世界一気まずい人コンテストがもしあったら、現時点では自分こそグランプリだと訳の解らない事を考えていた。何せ気まずいから。
「……カイは?」
『ただ今ご在宅ではないのですが……』
 何故か激は丁寧語になった。何故かなった。
「そうか」
 と、短く返答して爆はケータイを切った。
 そしてその向こうで。
「怖かったぁぁぁぁぁ!!あ――!怖かったぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああ!!」
 爆の冷めた声をまともに聞いてしまった激が盛大に恐怖していたりした。

 気が付けば、日が落ちかけていて。
 純白のこの花も太陽の色を受け、仄かに色づいている。
 こんな時間になるまで自分は、
「何をしてるんだろう……」
「全くだな」
 ただ、口をついただけの言葉に応えがあった。
 その声に弾かれて振り返る。
「爆ど……!?」
 爆は大またですごい勢いでカイに近づいたかと思うと、その勢いのままカイの横っ面を思いっきり叩いた。
 なかなか体重がかかっていたため、カイは地面に横転する。
「な、何を……」
「約束を反故したんだ。それなりのペナルティは然るべきだろう?」
 と、カイを見下ろす爆の威圧感に圧され、顔がひきつる。
「……どうして……すぐ来ない……」
 殴り足りないとでもいいたげに、拳が固く握られる。
 カイは爆を見上げ……気づいた。自分の贈ったブローチ……身に着けていない。
 落胆する自分に自嘲する。あれで彼を護るなどあまりにも力不足だと、他ならぬ自分こそがよく解っていた。
 その事実をはっきりと見せつけられた事で、カイの口が開く。
「自信がありません……あなたの傍らに相応しいという自信が」
「……強くなったんだろう」
 以前カイが言った。
 貴方の横へ行き、いつでも護っていたい。側に居たい。
 けれど、その為の力がまだないから、行けない、と。
「修行はして……そういう意味では強くなりました。けど……」
 言葉を切り、視線を下へ降ろした。雪のように積もった花弁が地面を覆う。
「強さは、それだけではないでしょう?」
 それを自分に示したのは……そう、爆。
「……そうか」
 沈黙の後、爆は言った。
「そういうことなら……仕方ないな」
 その時、視界の片隅に光るものを見た。確かに見た。
 正体を探るべく、顔を上げると……
「…………」
「だったら貴様が気が済むまですればいい。オレは……待って……る……」
 ぽたん、と。
 二滴目の涙が零れる。
「爆……殿……」

 何デ泣クノデスカ?

 ドウシテ悲シインデスカ?

「……周りに、沢山居るでしょう……?」
 自分よりも力あるモノ。強いモノ。
「貴様は居ない」
 もう片方の瞳からも零れる。
「カイは……居ない」
「…………」

 私ガ居ナイカラ、

 泣クノデスカ?

 悲シインデスカ?


 貴方モ、私ト同ジデ、

 タダ側ニ居テ欲シイダケナンデスカ?

 相応しいかどうかなんて、全く関係無く……

 カイはゆっくりと立ち上がって、はらはらと花弁よりゆるやかに雫を零す爆を抱き締めた。
 そうして、また気づく事実。
「爆殿……上着の下にブローチをしていたら、危ないですよ?」
「……カイとだけの、秘密にしたかったんだ」
 爆の目の前にはカイしか居ない。
「けれど、やっぱり危ないですよ。外してください……」
 そうしたなら、自分がその傍らに今すぐ行くからと、誰よりも近い距離で囁いた。



あーっはっはっは。なんじゃこりゃぁ!!(手を見つめながら)
いやー、朱涅さん、カイ爆書くとオートマチックに甘ったるくなるわ……どーする、オイ。
つーかワタシのカイ爆、お互いが片想いって思い込んでいるから、その食い違いを直そうとするには、やっぱりこれくらいな感じに……ちなみにカイは両想いだと解ったら強気になるタイプです。何せ激の弟子だから(大笑)
という訳で月瀬様リク「カイ爆・コンセプトは花びらと石」。石は爆のブローチの宝石って事で。おそらく解るだろーけど、「石言葉」のあからさまに続きですv
あ、ついでにタイトルの「KISEKI」てのは”奇跡”と”貴石”という意味を込めましたv