パプワが大きくなった。……て言うか成長した。(単に大きくなった、って書くと何だかウルト○マンみたいに思えるな……)
その期限は、本日一杯。
「シンタロー!おかわり!」
「はーい、沢山食べな」
にゅ、と伸びた手の長さに、やっぱりちょっと戸惑う。
身長はコタローよりやや小さめだろうか。歳相応になったのに、というか弟との比較で何だか余計に華奢に見える。
そのせいか、返事のついでにあんなセリフが付いた。言われるまでもなく、沢山食ってる、ていうのにな。むしろ普通を考えれば食べすぎだ。
おかわりをよそって、パプワに渡す。
その様子を見ていると解る程に見ているヤツが居る。
「何だよ、リキッド」
「あ、いえ、何でも」
別に殴って蹴ってはっ倒そうって思っている訳でも(今は)無いってのに、異常にビクつくながらリキッドが返事をした。
「あのなぁ。そんなもの言いたげな視線送られると、気になって仕様がねぇんだって。
いーから言えよ。」
「……怒りませんか?」
何をいきなり。
「怒らねーっての。ほら、さっさと言え」
「……じゃぁ、シンタローさん……」
「何だよ」
「……パプワに襲いかからないで下さいね」
次の瞬間、リキッドの身体がぶっ飛んで地に伏したが、俺は約束を反故した訳ではない。
俺は、怒ってない。
ただ、殴っただけだ。
ったく、リキッドのヤツ、思い返せば朝っぱらから訳の解らん事を……
この俺が、よりによってそんな事をするはずないだろうが!
鼻血出すのは可愛いものを見た当然の反応だろう!!
なんて事を考えながら、散歩兼夕食の食材探しのための身支度を整える。
「シンタロー、いいか?」
「うぃーす」
今度はリキッドの横槍は入らない。まだ倒れてるから(死ぬ程度じゃなかったから、そのうち回復するだろう)。
「よーし、出ー発ッ!」
と、言っていつもどおりにチャッピーに乗る。
べしゃ。
……チャッピーは見事に潰れた。
「チャッピー!」
おお、慌てたパプワなんて滅多に見れないな……なんて思っている場合じゃなく。
「オマエ、デカくなったから体重も増してんだよ」
「そうだったな……すまない、チャッピー」
パプワは謝ったものの、当のチャッピーは潰れた衝撃で目を回したままだ。
うーん、これは連れてはいけないな……かと言って、一人、もとい一匹残すのも……
リキッドは……ち、まだ潰れてやがる。役に立たねぇな(やったのは自分、というのはこの場合問題ではない)。
と、その時。
ガササ!
「見つけたぞシンタロー!さっきはよくも/ボギャ/ゴファ!!」
「おー、いい所に来たな、むっつり侍。俺達今からメシの材料集めに行くから、チャッピーとついでにリキッドの世話頼むわ」
「お……おのれぇ……!!」
ちょっと力入ったパンチだったかなーと思ったけど、侍は復活してくれた。良かった良かった。
鼻の骨に皹は入ったかもしれないけど、歯は無事だから、今日の晩飯くらい呼んでやるか。
「さー、パプワ行こうぜー」
後ろで侍がまた待てこの児童保護法違反男とか言ったので、ナイフ投げてやった。
あいつの日ごろの行いが良ければ、避けられるだろう。
モデルが前のパプワ島のせいか、何処か似通っている。
初めて足を踏み入れる所でも、「こっちにはこんなものがあるだろう」くらいの見当がつけられた。
今日は山の方に行き、根野菜やらイモ類などを集める。保存が効くから沢山取るに越した事は無い。
「オヤツの材料が欲しいな。果物とかある所は何処なんだ?」
「それはこっち……おわッ!」
と、躓きかけたパプワを片腕で抱きとめる。
さっきから、妙にパプワがこける。
ま、当然と言えば当然かもしんねーけど。何せいきなり倍くらい背が伸びたんだ。言ってみれば、長い竹馬にでも乗っている感覚なのかもしれない。
「シンタロー、降ろせ」
いつまでも抱きとめたままにしていたら、パプワが文句を言う。
「オマエ今日は転んでばっかりだし、いっそ俺がおぶってやろうか?」
なんてからかえば、ギロ、と殴りかかる直前の眼差しが。俺は慌てて降ろした。
「果樹園はあっちだ。遅れるなよシンタロー」
「はーい」
そう言って、ずんずかパプワは前を行く。その背中は、大きくなっているというのに、何もパプワの事を知らずにぱっと見れば、酷く頼りない。
体重より身長が伸びてる、て感じだな。チャッピーは潰したものの、さっき抱きとめた分で思うには、まだまだ。
手首も細いし、俺の片手で一括に掴んでも、指周りが余るくらいだ。
……………
あれ?今俺、ひょっとして危険思考?
いやいやあんなの飲み会トーク内の内容だろう。セーフだセーフ!
”パプワに襲い掛からないでくださいね”
ってどうしてリキッドの言葉を思い出す俺!あーもうあーもう!
脳内に出現したリキッドを、またぶっ飛ばし、俺はちょっと離れてしまったパプワを追いかけた。
さて。到着。
そこは洋ナシが豊作だった。洋ナシか……そう言えば、フランス菓子で洋ナシのババロアを閉じ込めたケーキがあったな。名前は、シャルロット。焼き上がりの形が婦人帽のシャルロットに似てるから、そのままの名前がついたんだ。
ケーキはそれで、あとはアイスでも作って添えるか。
「パプワー、もういいぞー」
「ん」
木に登って、ひょいひょい取ってほいほい落とすパプワに呼びかける。
「それじゃー降りるぞー」
「おー……って、パプワ?」
何故に木の上で足に力を込めるのですか………って!
「とうッ!!」
あ-----------ッツ!!やっぱり飛んだ---------!!
「お?」
「だから-----ッ!!オマエ、力も何もかも強くなってるんだって--------!!」
びょーんとジャンプパプワは降りる為だというのに、その登っていた木よりたいぶ高い所まで飛んでしまい、必要以上に前へ出てしまった。
いや、それはいいんだけどな。
その方向に、崖が無けりゃ。
さすがのパプワも空を自由に飛行するのは、無理だろう。
「クーボーターく--------ん!!!」
言ったのはパプワだったか、俺だったか。とにかく、呼んだ。
ぎゅん、と雲のように大きい影が過ぎる。
クボタくんは、来てくれた。
あー………寿命縮んだ……
すたん、と軽い足でパプワはクボタくんの背から降りた。
「すまんな、シンタロー」
「いやいや。オマエの行動に度肝抜かれるのは今に始まった事じゃねーし……」
でもさすがに崖に向かってジャンプ、なんて真似は今だかつて無かったけど。
ふいに、パプワは難しい顔になった。
「大きくなったら、何だか色々不便だな。シンタローが言ってたのは、こういう事なのか?」
俺何か言ったか……って、あぁ、あれか。
前の島で、自分の無力さに打ちひしがれた時、コイツに愚痴ったんだ。子供の時は、大人になったら何でも出来ると思っていたのに、全然そうじゃなくて、相変わらず出来ない事が多くて。
大人になっても、転んだら痛いし、痛かったら涙も出る。理想が強すぎて、そんな事も情けなかった。
くしゃ、と相変わらず低い頭を撫でる。
「全然違ーよ。だから、安心して大人になりな」
「別に不安になんか思っとらんぞ」
「そうだな」
そうだろうな。コイツはきっと、大人になっても現実のギャップに押しつぶられたりしない。
大人になったパプワ。
その言葉が、俺の胸を占める。
その時、俺はどうしているだろうか。
傍に居るだろうか。
「パプワ」
「うん?」
「パプワ………」
解っているんだ。どちらかと言えば、傍に居ない確立の方が高いくらい。
俺とパプワが一緒に居るためには、どちらかが何かを捨てなければならない。
俺にとってはガンマ団で、パプワにとってがこの島だ。
……傍に、居られなくても。
パプワがずっと覚えていてくれたら、この島での俺は、そのままずっと此処に残るんだろうな。
逆はどうだろう。俺の中に、パプワは残ってくれるだろうか。
記憶の中でさえ、パプワは自由で、俺の手に届かない所に居るように思う。
欠片でももらえないだろうか。
その自由さと強さの、一端くらい。
頭を撫でていた手は、頬に回った。
ひゅ、と大きく吹いた風が髪を靡かせ、それで我に返った。
口唇と手には柔らかい感触。
これって、どう見ても。
キス
だよなぁ………
…………
何で?何で俺はこんな事を?
確かパプワの何かが自分の中に強く残ればいいなぁ、とかそんな事を思ってて、ふとパプワを見てコイツ絶対キスの経験無いぞとか思ってて、あぁ、そこから思考が途絶えてる!!
パプワもパプワだ!何故拒まん!!いつものキックやパンチは何処行った!!
「………っ、…………」
頭が動けと指令を下し、それが全身にまで渡るプロセスを、はっきり感じた気がする。
触れている口唇を、手をパプワから離す。たったそれだけに、かなり精神を磨耗した。
「……シンタロー」
「は、はい!!!」
ヤバイ。怒られるならまだいい。
嫌われたら。
「シンタロー」
若干近くなった双眸が俺を見る。
「そんなに腹が減っているなら、果物を食え。ボクを食っても美味くないぞ」
………………
は?
パプワの言った意味って。
……どーやら。
パプワにとって、口を付けるという行為はそれを捕食する為という原始的役割でしかないらしい。愛を伝えるだとか想いを告げるだとか、そんな概念は欠片も無い。
……拒なかったのは、解ってなかったからなのか………
……安心すると同時に、何も通じてない、て事に落ち込みそうだ……ていうか、落ち込む。
「それとも、ボクは美味いのか?」
「そーだね、別の意味で………って違ぁぁぁぁぁああああう!!!」
頭掻き毟る俺を、パプワは何事かときょとんとした。
一頻り喚いて、ある程度はすっきりした俺。
「……帰るか。チャッピーもそろそろ起きてるだろうし、オヤツの時間だ」
「そうだな」
大丈夫、大丈夫だ。パプワは何も解ってないんだから。
何に対して大丈夫なのかは知らないが、俺は必死に、これも何かは解らないが、何かに対して言い訳していた。
きっと、自分の理性へ向けてだと思う。
そして、欲望に対しての牽制だ。
「あ、シンタローさんお帰りなさい」
「おー、ただいまー。ってまだ居たのかむっつり」
「黙れ」
「チャッピー、帰ったぞ」
「あおんッ!」
それぞれに帰宅の挨拶を済まし、オヤツタイム。リキッドが作っていたから、シャルロットは今から仕込んでデザートにしよう。
「ん?どうしたパプワ」
リキッドが訝しげにパプワに訊く。俺も訊こうかと思っていた所だ。何せ、オヤツのオレンジのスフレに手をつけようとしない。
「何か、この辺りが変なんだ」
パプワの指す”この辺り”は、何と心臓だった。リキッドが慌てる。
「へ、変ってどうしたんだ!?痛いのか!?」
「ドキドキするんだ。そんなに運動なんかしてないのに」
うーん、と悩んだパプワは、何かを思い出したのか、パッと顔を上げた。
「そうだ。シンタローに口くっ付けられた時からだな。オマエ何かしたか?」
ガシャン。
むっつり侍のスプーンが落ちた。
「………………シンタロー、さん……………?」
ゆっくりとリキッドが俺を見る。……俺は、初めてコイツを怖いと思った。
そして、何も知らなくても、伝わる事は伝わるんだなぁ、と、現実逃避みたいな感動をした。
とりあえず。
……今日は、パプワと離れて寝るかな………は、ははは………
<了>
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