カーテンを開ければ、外は雨景色。
「おお、降ってる降ってる」
額に手を翳し、暢気な口調で言う激。
「家でまったりする事にしといて、正解だったなー」
「……予報していた上での事じゃなかったのか?」
「まさか」
激はひょいとおどけて言った。
「折角爆と過ごすのによ、ンな無粋な真似はしねーよ」
外の雨と対照的に、陽気に笑った。
「デートの待ち合わせと一緒。明日の天気が解らない方が、ドキドキすんじゃん」
「つくづく変わったヤツだな。オマエは」
「ありがとう」
礼を言われてしまった。
「今日はさ、爆」
「何だ」
「午後のティータイムってのををきっちりやってみねぇ?て言うか、そのつもりで家で過ごす事にしたんだけど」
「……まぁ、どうせ外に出る用も無いしな。
ところで、激」
「ん?何?」
激は至って普通に聞いた。
それに爆は顔を顰める。
「………何時までオレを抱きしめてるつもりだ?」
爆がカーテンを開けた時から、激は爆を後ろから抱きしめ続けている。
「何時まで、って聞かれたら、そりゃー……」
激は悪戯な笑みを浮かべて言う。
「死ぬまで?」
ぼぐ、と室内からの打撲音が、そとの雨音と不協和音を奏でた。
「爆のいけず〜……」
「何か言ったか」
「いえ、何も」
爆に怒気が抜けきってないのを察した激は、即座に誤魔化した。
昼食を済まし、一息ついた後に、激が立ち上がる。
「さーて、では優雅なひと時の為にひと仕事をこなそうか。
あ、お茶とか勝手に俺が決めちまってもいい?」
「ああ、構わんぞ」
そう言って、激はまず床下収納に首を突っ込んだ。
「白玉粉発見v」
「茶は?」
「俺はお茶請けがないと詰まらないタイプなんだ。
今日のお茶は茉莉花茶だから、お茶請けにはガラス器で、シロップの中に白玉団子を泳がせたヤツだ。
タピオカとか追加してもいいかな?」
「ふーん。そういうものなのか?」
自分はお茶に関して詳しくないが、と付け加えると、
「いや、俺個人の趣向だな。一般的にはどうかは知らねぇ」
そう言って、また、悪戯っ子な笑みを浮かべる。
本人には直接言わないが、爆は激のこの笑みが好きだ。一番、激らしい気がするから。
「じゃ、俺は白玉作るから、爆はシロップお願いな」
「解った」
腕まくりをする激に、爆は頷いた。
小さな樹の箱に、1つづつ。
厳かというより、丁寧な感じがする。
出てきたのは蓋碗で、陶磁器の白い面に、筆で書かれたような、赤一色の素朴な金魚。
清流を現す色も絵もないが、金魚が泳いでいる様が解る。
「いいだろ。俺のお気に入り」
自慢げに言う激に、爆も同意に首を立てに振る。それに激は、とても気をよくした。
「では、お茶を入れまーす」
と言って、まず激は蓋碗に熱湯を注ぐ。が、それは碗を温める為だ。
ティーカップで紅茶を嗜む雹が見たらビックリする作法だな、と爆は見る度にそう思う。
豪快にドバドバと碗に湯を注ぐ激。一見がさつだが、碗を倒させないのは、実はとても難しい事だ。
下手な者がやると、碗は転がる。
その他にも、細々とした道具を自分の一部みたいに操り、茶を淹れていく激。
その手さばきに関心しながらも、激に対しても注意を忘れない。
うっかり呼びかけに答えないで、見惚れていると思われたら溜まったものではない。
……強ち、嘘でもないのだから。
かぽり、と蓋が閉まる。
「だいたい1分半、て所かな」
その1分半。2人は会話もせずに過ごした。
悪くない沈黙だった。
そろそろいい頃だ、という激の合図で蓋に手を添える。
緊張というよりは高揚感が身体を包む。
そうして、蓋を開けた時に、包むものは芳香に変わった。
「----ぁ」
香りに包まれ、爆は小さく声を上げた。
「なんか……覚えがある」
「ん。茉莉花茶、て言ったらピンと来ないけど、ジャスミン茶って言ったら解るだろ?」
「あぁ、そうなのか------」
爆は言葉を途中で切って、考えた。
ジャスミン茶。
何か思い出しそうだ。
あぁ、そうだ。いつか、仲間と飲みに言った時だ。
その時、自分が飲んでいたのが----
そして、隣に居たのは。
爆が軽く目を開いた仕草だけで解った激が、爆の好きな笑顔を浮かべて言う。
「オマエ、嫌いなものは絶対頼まないタイプだしな。結構好きなんだろ?」
”好き”という単語に少し動揺したが、ジャスミン茶の事だと、気を落ち着かせた。
「あぁ。でも、熱いのは飲んだ事がない」
あの時も、今までも、ジャスミン茶と言えば、グラスで氷が入っているものだと思っていた。
「それは良かった。さ、どうぞ」
激に勧められ、ゆっくり口にする。
別に冷たいのが悪いとは言わない。
が、どうだろう、温かさと共に身体に入ってくる、この香りの心地よさと言ったら。
それに浸りたくて、爆は無意識に目を綴じた。
と、頬に何かが当たった。柔らかかった。
「……………」
目を開ければ、当たり前みたいに激が至近距離に居た。
「……………」
ぼぐ、と室内に香りとそぐわない打撲音が響いた。
「午後のお茶はもう少し優雅だと思った」
一日の半分も過ごしていないのに、2回も殴られた激はそう愚痴だ。
「自業自得だろ」
「だって、目ぇ瞑ってる爆が可愛かったんだもん……」
「3発目、行くか?」
「い、いえ御免なさい」
ふるふると首を振る。
全く、と爆は呆れ、後片付けの続きに入った……が。
いくら激でも立て続けには来ないだろうと油断したのか、次の瞬間、爆はすっぽりと激の腕の中。
「な、に………!!」
「爆、いー匂いすんな」
「ジャ、ジャスミン茶の香りだろう!」
「まー、そうなんだけど……」
とん、と首を爆の方に乗せて、頬に自分のをくっ付ける。
「良ー匂ーい」
「…………」
ばくんばくん、と、尋常でない鼓動音が体内で響く。
(----午後のお茶、てのはもっと優雅で落ち着いたものなんじゃないのか!?)
何やら理不尽な感じがした。
が、まるで自分が顔を埋めているような激の腕からも、茉莉花の香りが擽った。
それは、先ほどの茶より、何倍も。
自分の奥深くまで、浸透した。
<終>
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