シンタローとリキッド、一体どっちが飯を作るのか、という問題が浮上し、パプワの「交代で作れ!」という大岡裁きが下されて、しばらくしたある日。
「ん〜………」
僅かな意識の浮上から、はっきり覚醒させる為、呻きながら起きる準備に横になったままゴロリ、と向きを変える。
昨日の夕食はリキッドだった。と、いうことは今日の朝食はシンタローの担当であり、昼食はリキッドだ。
なのだが。
トントントントン………
まな板で禰宜を刻む、心地よいリズムが聞こえる。
リキッドだろうか。いや、それはない。
交代だからな、と自分が確認した時、「ハイ」とちゃんと答えたのだから。必要以上に瞳に怯えを乗せて。
じゃあ、一体誰なんだよ。
可能性としては、もう一組この島にいるヤツらだが、それをして何の得になるのか。
それより、自分は侵入者に気づかない程、パプワ島ボケしてしまったのか、とむっくり起き上がると。
台所に立っていたのは、自分の膝ほどもない背丈の、パプワであった。
「パプ……ワぁ………?」
「お、シンタロー、起きたか」
頭に三角巾、服は割烹着、といった姿のパプワが振り向く。
シンタローは思った。これは夢か?
しかし、そう思った時に放った眼魔砲を食らったリキッドがピクピク痙攣してるから、どうも現実っぽい。
よく考えてみれば、だ。
初めてここに来た時に、パプワはうどんを打っていた。ならば、自分に(リキッドは?)朝食を作ったとして何が不自然だろうか!!
まだ伸びているリキッドを踏みつけ、シンタローはパプワの背後に近寄る。
「まさかオマエがメシを作ってくれる日が来るなんてなぁー」
にっこにっことご機嫌な笑顔を浮かべ、にゅ、とパプワの横に顔を出す。
「もしかして、熱あんじゃねーのー?なんて………
………………あれ?」
半分以上冗談で額に手を当てると……熱い。
じわり、と手に伝わる熱さだ。気のせいでは済まない。
「お、おい…………?」
「あー、今年も来たかー」
蘇生&復活したリキッドが言った。
「来た……て?」
「いやね、たまーにこうして熱出して、こうして家事するんですよ」
「……熱はいいとして、何故に家事を?」
「それはまぁ……世界の謎の1つという事で。
って、あああ、飯運ばなくていいから!」
茶碗に飯を持っているパプワをひょいこらと抱える。
普段なら殴って脱出しているだろうが、今は大人しく腕の中に居る。
そして、やっぱりこれが自分が原因なのだろうか、と思う。
自分のせいで、パプワは「病気になる身体」になってしまったのだから。
「薬とかはいいのか?」
「いえ、熱だけですし、翌日にはケロっと治っちゃうんで。
それに身体は休みたいんで、こーして抱っこでもしてれば寝……」
「そーかー。じゃ、今日の飯当番はお前でヨロシク」
比喩ではない一瞬でパプワを奪われたリキッドは、その素早さに魔法でもかけられたかも思った。
……まぁ、自分もそのつもりだったから、全く構わないのだが。
「……ひとつ言っておきますけど、シンタローさん」
「何だよ」
「相手は、病人ですよ?」
「……………」
「……………」
妙な沈黙がしばし訪れ。
意図を汲んだシンタローの手に眼魔砲が宿ったのを見て、リキッドは慌てて外へ出た。
「全く、何だってんだよ」
リキッドが出て行ったドアを見て、悪態をつくシンタロー。
その表情を一変させ、パプワを見やる。
リキッドが言ってた通り、すでに船を漕いでいる。
ややあって、目を綴じた。
(寝たか……?)
試しに頬を軽く突くと、うにゅうにゅと首を振って、手から逃れるように胸に顔を埋める。逃れるものも逃れた先も、同じだというのに。
その仕草に、シンタローは声を殺して「か、可愛い……!」と悶えた。とても部下や同僚には見せられない場面だ。
もうちょっと遊んでみたかったが、一応病人なので控えておく。
どうやら完全に寝入ったようなので、布団の上に寝かせようと。
した時に、それに、気づいた。
明日になったら今日の分も食べるだろうから、何か仕込みの利くメニューにしよう。そしてボリュームのあるヤツ。
とりあえずは今日食べさせる果実を探す。足元のチャッピーが促すように鳴いた。
そのチャッピーに呼びかける。
「前はコタローが大変だったな、チャピー」
苦笑しながら言った言葉に、同意するような鳴き声。
リキッドはそっと思い出してみる。コタローのセリフを。
”パプワ君が抱きついたらなんか熱いんだよ!病気だよ風邪だよ家政夫、オマエが悪い--------!!”
……この兄弟はきっと自分が世界の中心だと思ってるに違いない。
そっと思い出した思い出を、またそっと仕舞ったリキッドだった。
「さーて、帰るか」
もうじき昼だし、食材も粗方揃った。
(そう言えば……)
帰路を辿りながら、ふと思う。
熱を出したパプワの特徴(?)といえば、何故だか家事を積極的にこなす事だが。
それと、何故だか常に手を軽く握り締めているのだ。抱き上げた時、背中に回った手とかが。
別におかしい訳ではないが、そうしようと意識的、あるいは無意識にやっているように思えた。
「ただい--------!!?」
「よぉ、おっかえりー」
帰宅するなり、リキッドは溢れかえった闘気というか殺気というか、少なくとも長い間浴びてよいものでないものに歓迎された。
その発信源は勿論、シンタローだ。
一体今日は何が悪かったのか。
この俺様は何でやねんとツッコミたい理由で人を吹っ飛ばすのだから。
しかも今は素直におかえりを言っただけに、余計に怖い。
「な、な、な、何でしょうか??」
いつでも逃げれるように、と退路を常に確認してリキッドは聞いた。
「いやーねー?」
シンタローは怖い笑顔を浮かべて言う。
「パプワがさー、寝かせようとしても、手、離してくんねーの」
視線を移すと、シンタローの腕に顔を埋めるパプワが居た。
つまり。
リキッドが帰ってくるまでに、シンタローの中でパプワが手を離さない→可愛いなぁ→待てよ、去年までリキッドと一緒だったじゃねーか→あのヤロォォォォォォォ!!という迷惑な発展具合をしたようだ。
「ちょ、ちょ、ちょ、シンタローさん!ちょっと待って下さいって!!」
「そうだな。オマエにも色々遺したい事もあるだろうし」
「辞世の句!?じゃなくって!」
命の危機に立つリキッドは必死だ。
「そんなの俺知りませんよ!俺がやったら、フツーに横になってフツーに寝ましたって!!」
「じゃー、これは何なんだよ」
「それは……シンタローさんだからじゃないんですか」
実に何気なく放ったリキッドの一言だったが、しかし。
「………………」
リキッドはおや?と逃走体制を少し崩し、シンタローを見た。
なんだか、シンタローは落ち着かないように視線をきょろきょろさせていた。
照れているのだろうか、とリキッドは思った。
「〜〜〜〜、あー、そんじゃ昼メシ頼むわ。なるべく喉越しのいいヤツにしろよ」
解ってます、という言葉は、シンタローが後ろを向いた時に引っ込んだ。
5年に渡って続いていた、ちょっとした謎が解明出来たからだ。
背中に回った、軽く握り締められた手。
シンタローの髪を、しっかり掴んでいた。
<終わり>
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