愉快な化粧をした道化たちが、それに負けず劣らずの色彩豊かなチラシを撒いて行く。 後から小耳に挟んだ事だが、ちゃんと地面に還元される素材で出来ているチラシとの事だ。 客を寄せる為、というよりは、もう本人達が楽しいからやっている、みたいに宙に放られるチラシを一枚、爆は何気に取った。 其処には、異国の言葉と、爆の知っている言葉でこう書いてある。 「”移動遊園地”か。あるのは聞いていたが、実際見るのは初めてだな」 このセリフは爆ではない。 「炎……貴様、背後からの登場は止めろ」 幽霊みたいだぞ、という爆の皮肉を、余裕の笑みで流す炎。 「背後からでも、来たのは解っているんだろう?」 だったら別にいいじゃないか、と言う。 そしてちょっと貸せ、と爆の手からチラシをひょい、と取り上げる。 炎の周りにも、まるで空から降ってるみたいにチラシはヒラヒラ舞っているのに。 爆はその点について触れてみたくなっったが、たかがチラシで大人気ないだろうか、と開きかけた口を噤んだ。 しかし、そもそも人の物を取る、という最初に大人気ない行為に出たのは炎ではないだろうか、と考えを巡らせている爆の前で、炎が気楽に言う。 「明日までなのか。こうしちゃいられない」 「何が………ぅわ?」 途端、炎が爆の手を取って歩く。 「遊園地まで瞬間移動、というのは味気ないしな。ま、ピエロの後ろを付いて行けば辿り着けるさ」 「おい……っ、炎!」 確かに此処は世界一賑やかなロック。人が通路に所狭しと並んでいる中に、誰かと一緒に歩こうとするならば、逸れない確実な方法は手を繋ぐ事だ。 だが、それはあくまで一般の人の話だ。 自分達ならば、気配を辿って行けるだろうに。 -----でも。 少し前を歩く炎と、自分を繋いでいるこの手が。 「………………」 爆は、あまり嫌ではなかった。
ついた所は、何時ぞやライブが50万人コンサートとかを催した場所だ。 かなり広い所だった筈だが、色々アトラクションが置かれているせいか、何だか雑多な、まるでオモチャ箱の中に居るみたいな印象だ。 「……これが、”遊園地”か……」 ぽつり、と聞かせる為ではない言葉が炎の口から零れる。 ----爆が、炎から直接聞いた独白によれば、炎の幼い頃からすでにその故郷は戦場と化していたのだという。 だとしたら、こんな場所に訪れる事は愚か、そもそもそれ自体が無かったんだろう。 ゲートを潜って、今、家族連れが敷地へ入った。 人々が遊園地へと入っていくのを、炎はただじっと見ていた。 「……………。 ----ほら、何をぼけっとしている!」 「ぉ?」 今度は、爆が強引に炎の腕を引いて。 「まさか遊園地を見に来て終わりな訳じゃないだろう? さっさと中に入るぞ!」 と、少しぶっきらぼうに言って、引き摺るように炎を歩かせる。 ----この手もあまり嫌いじゃない。
ゲートにはまたピエロが居て、入門証にと、身体の何処かに判子を押す。これを見せれば、一度敷地外に出ても無料で再入場出来る。 その判子、炎は左手の甲に押して貰ったのに、爆はどういう訳か右頬にされてしまった。 まぁ、貸衣装屋でもあるのか、仮装紛いの者達が闊歩する中で、右頬にスタンプのある爆は然程目立たないが。 「どうせだったら、炎は額にすればいいのに」 スタンプの事でピエロにからかわれたと思っている(事実からかわれたのだが)爆はそんな愚痴を零してみた。 「まぁ、いいじゃないか。皆気分がハイになっているんだから」 炎は爆の右側を歩いているので、そのスタンプ付きの頬がばっちり見える。 つい噴出してしまいそうになるのを、堪える。 そして。 (今日は左頬だな) 爆が聞いたらおそらく真っ赤に憤怒するだろう事を、平然とした表情で思ってたりした。
この遊園地にある屋台は、皆下に車輪がついて可動式の物だ。 時折、悪乗りした従業員が、客と追いかけっこを展開している。 そんな屋台の一つから、爆はパンフレットを取った。 「で、どれから乗る?」 「爆の好きな所でいいさ」 いくら移動式とは言え、曲りなりにも遊園地。大抵のアトラクションが揃っている。 「-----あれがいいな」 気ままに歩いていたら、ふと目に止まった。 爆の指し示す先には、ミラーハウス。
この中は迷路にもなっていて、現在の最短記録は8分34秒。 5分を切ってやる、と何気に挑戦気質になる爆だ。 入って直ぐは普通の通路だったが、突き当りの壁を曲がると……… 「………わ、ぁ」 鏡の中に鏡が写って、その鏡の中にも鏡が…… 万華鏡の中身みたいな世界に、一瞬物理的な物を忘れる。 通路の壁となっている鏡には、それを支えるサッシが各々ついているのだが、それが却って方向の認識を危うくさせる。 どれが本物で、どれが虚像なのか。下手な人は居るだけで酔ってしまいそうだ。 「これは案外、難しいかもな」 万が一にもぶつかったりしないよう、と慎重に鏡を触り、確かめる。自分が写っているのはすぐに鏡だと解るが、角度によっては写らないものもある。 「”極目”を使えばすぐじゃないのか?」 「そういうのは、無粋というんだ」 でも炎は、娯楽施設で遊んだり楽しんだりという想い出が無いから、そう効率的な考えにになってしまうんだろう。 何だか、無性に腹立たしい。 炎は小さい頃に楽しい記憶が無いまま、この先ずっと生き続ける。それについて、爆は何も出来ない。 まさか、タイムスリップする訳にもいかないだろうし。 鏡の迷路を歩く。 元々、勘のいい2人だ。技を使わなくても、出口が程なく見えてきた。 「炎、出口だ」 袋小路に嵌っていた思考を打ち消すように、爆は軽く駆け足でその道を進む。 そして。 ゴン!!という音は、爆の頭の中のみならず、ミラーハウス中に響いたという-----
遊具がある所から、少し離れた木陰に設置させた長椅子。 其処に、爆は座っていた。 じわり。 涙が浮かんで来たのが解る。 それは、勿論額の痛みのせいでもあるけど。 「買って来たぞ」 丁度ジュースを売っている屋台が通りかかったので、炎はオレンジジュースとグレープジュースを買った。 「どっちがいい-----って、まだ治してないのか?額の瘤」 「……これくらい、大した事は無い」 「馬鹿。瘤は打ち身だぞ。それに、あんなに大きな音-----」 「わーッ!煩いッ!言うなー!」 顔を真っ赤に怒鳴り、涙が零れかけた。 まさか、最後の最後に思いっきり鏡にぶち当たるなんて、恥もいい所だ。 しかも、少し朦朧としてしまったらしく、出口からは横抱きにされて出たらしい。 意識がはっきりするとともに、羞恥もはっきりしてきた。 まさに、穴があったら入りたい心境だ。 紅潮して、顔に血が集まったせいか、額がより痛む。 「爆、少し上を向いて」 何だ?と反射的に上を向くと。 視界に入ったのは炎の首元だった。 「………? --------ッッ!!!?」 ポゥ、と温かい感触。これはいい、浄化をかけられているだけだから。 問題なのは、その前に、何か----額に-----触れたものが------………… 「これでいいな」 「え、え、炎!!」 真っ赤になった爆に、どうした?なんて人事みたいに訊く。 「い、い、今、しただろう!」 「何を?」 「だ、かっ………!」 こういう反応をしてしまうからこそ、こんな風にからわかれてしまうのだろうが。 解っていても、割り切って対応できる訳でもない。 「………もう、いい!」 「お前がしたと思うんなら、したんだろうな」 「もういいと言ってるだろう!」 「今日は左頬には出来ないからな」 「〜〜〜〜ッ!」 かぁぁぁッと染まっているのは重々承知の上。でも、言われっぱなしも自分のプライドが許さない。 「……そういう事をして、楽しいか?」 ジロ、と睨む。頬が赤いのが邪魔だが。 「あぁ、勿論。 どうして、慣れないんだろうな、お前は」 触れるだけのキスなんて、挨拶程度のものだろうに。 笑う炎に、そんなの貴様が相手だからだろうが、という本音は一生隠してやろうと決めた爆だ。 隠すと決めたのはいいが、それがばれないという保証も無い。 顔を正面に向ければ、沢山の人が遊園地を楽しんでいる。 風船を貰った子、ヌイグルミと並んで写真を撮っている子、親の腕を引っ張って、次のアトラクションへ連れ込む子。 子供だけじゃなく、大人も居る。 ただ、共通して、その顔には「楽しい」と、誰が見てもそう取れた。 遊園地は夢が叶う場所だと、誰かが言っていた。 「炎………」 その光景を、眩しく見ている炎に、もう一度問う。 「楽しいか?」 「あぁ」 今日、自分はとんでもなくドジを踏んで、鏡に思いっきり額をぶつけるなんていう恥を晒してしまったけど。 炎が、楽しいと思ってくれるのなら。 この日を、炎は忘れないといい。 夕日が落ちて、遊園地が炎の髪と同じ色に染まった。
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