気を失った相手にした口付けが 酷く甘美でとても困った
食物なんてそこそこ栄養があって不味くなけりゃーそれでいいという俺とは違って、爆は栄養管理や味のバランスをきちんと考えた食事を食っているし、俺は寝てばっかだけど、爆は適度な運動も取っている。 だというのに、俺は年間通して病気らしい病気は一つもしねぇのに、こいつはどうしてだが、たまにドカンと熱を出す。 季節の変わり目だからとか、器官の発育過程でどうとか。ま、俺は医者じゃねーから、原因はさっぱり解らねぇ。 ただ熱が出ているだけだが、それが余計辛そうにも見える。喉も炎症しているから、呼吸ひとつとっても、その様子は非常に痛々しい。 こういう時ぐらい、”いいお兄さん”で居ないとな。 鼻の下まで毛布を引き上げて寝ている爆(目は虚ろ)に、ゆっくり話しかける。 「なぁ、何かして欲しい事あったら、言えよ?」 爆はその問いにすぐ答えた。 「セックス」 ------俺の”いいお兄さん”タイム、終了。
「………オマエなぁ……」 頬でも抓ってやろーかと余程思ったが、コイツは病人だ。止め様。 ていうか病気なのにこんな発言が出来る爆がある意味恐ろしい…… 「して欲しい事があったら言えというから言ったのに……」 「剥れるな。拗ねるな。 じゃ、限定条件をつけてやる。”病人らしい”何かして欲しい事があったら言えよ」 「病気だろうと、したいものはしたいんだ。 と、いう訳でするぞ」 いつもより緩慢な動きで、爆の手が腕を掴む。 本人はどれくらいの力加減なんだろう。少し手を振れば、あっさり解けそうなそれ。 「……………」 ……まぁ、汗かいたら熱引くかもしれないし。 俺はこれでも結構大人だから、それは言い訳だろう、という自分の声に封をする方法くらいは知っている。
熱い。 熱い。 ……熱い。 外は火傷しそうなくらい、中は蕩けそうなくらい。 て言うかマジ熱いって、コレ…… 「なぁ、爆……オメーさっきよりずっと熱くなってねぇか?」 「…………」 黙ったまま。かと思えば違った。 声が小さすぎて聴こえなかっただけだ。 必死に首に回した腕に力を込めて、顔を近づけて耳元で囁いて、やっと聴こえた。 ”止めるな”の一言。 ……何か微妙に会話が成り立ってないような気が、しないでもない。 実際、爆、かなりテンパってるしな。 せめて腰とか関節に負担かけないように、と互い向き合った格好で繋がってみたはいいが、そこに行き着くまでですでに、爆の体力は目に見えて限界。 さっきのに輪をかけて目は虚ろだし、意識が朦朧としているのが見て取れる。 確実に悪化の道を辿っていた。 ……”いいお兄さん”だったら、此処ですぐさま止めなきゃいけないんだろうな…… ていうか、そもそもヤらねーか。 「ぁ………う………」 はぁ、と大きく出された吐息の後に、掠れた嬌声にすらならない音。 重力と体重のせいで、ほんの少し、自覚も出来ないくらい僅かに身じろいだだけでも、大きく感じてしまうんだろう。 すでに熱もってる状態だったしな…… 「動くぞ」 こくんと首が振られたが、それが肯定だったのか、単に首の力が抜けただけなのか、爆の様子からじゃとても区別出来ない。 「………………」 ……今更だけど…… 本当、今更だけど。 俺は、コイツ相手に何をしてるんだ? 確か、思い描いていたのは。 確か、もっとちゃんと。
大事に
と、コツン、と爆の指が眉間に当たる。 表情は、ふうわりと、けど妖しく微笑んでいて、どうやら皺が寄っていると言いたいらしい。 俺はその手を取って、ゆっくり、丁寧に舐る。 指の一本一本、その間も。ふる、と震えたのが舌の先で感じ取れた。 つぅ、と手首から腕の内側の白い所を通って、肩、鎖骨、首。 戯れに痕を残して、そして。 「ん………」 掠れていても、艶っぽい声を出していた口唇は、くちゅ、と丁度いい角度を探す度に濡れた音を立てた。 キスをしたまま、そのまま倒れる。 角度が変って、当たる位置もずれたせいで、その刺激に一瞬爆の身が竦む。 途端締まった内部をなんとかやり過ごし、爆が落ち着くまで、ひたすらキスだけをした。乾いた喉を潤すように、唾液を送り込んで。 いっそ、笑っちまうくらい細い首が小さく何度も上下するのが、視覚ではなく、密着した肌が教えてくれた。 そうして、肩でしていた呼吸が幾分緩やかになるのを見計らい、動く。 「------っ!」 爆の悲鳴がダイレクトに俺の喉まで届く。 やっぱ、キスしたままで正解だったかなー……大声だしたら、喉潰れるな。 や、でも、爆の主観としては、やっぱり声を出している訳だから、あまり意味は無いかも。 ………… いいか。俺がしたいんだし。 自己完結が終わった所で、行為を再開する。してて思うけどキスしたままって、やりにくいな。 「ん……ん、ん!ん-----ッ!」 息苦しさに耐えかねて、爆は首を動かし、逃れようとしている。 それをしつこく追いかける。 抵抗していた時間は長くなかった。 体力の限界をとっくに超えていた爆は、すぐにも頭を動かすのを止め、首にあった腕もくたり、とシーツの上に投げ出された。 体力は無くなっても、感覚は消えないから、ちゃんと快楽は受け取っている。 もう、それは苦痛でしかないだろうが。 -----結局、そんな状態の爆がイケる筈もなく。 俺が吐き出した後、気を失うように深い眠りに落ちた。 ゆっくりと離した、長い間重ねあっていた口唇にはまだ合わさっているかのような感触が残っている。 特に、最後の、爆が”現郎”と形取った時の。
まず。 勘違いで済んでしまうくらい、微かに瞼が動いた。 その震えが睫にも伝わり、そうして双眸が露になる。 熱に浮かされ、水に浸かってるみたいに潤んだ瞳が、ベットサイドの時計を取られた。 0から24時で表示されるタイプだから、今が午前か午後かは一発で解る。 しかし。 「今見えてるのに24時間足したのが本当の時間だ」 「……うつ--------ッ!」 ……やっぱり、無駄だったか…… 声を出しただけで、たったそれだけで咽た。 マクラに顔を埋めて、やり過ごそうとする爆の顎を捉えて、こちらへと向かせる。 「ちょっと息止めろ」 「んっ………!」 くい、と水を呷って、口付ける。今日はこれしてばっかだ。1年分くらいはしたかな。でもきっと明日もするんだろう。 ひんやりと当たった水に、意図を汲み取った爆が薄っすら唇を開ける。舌で水を誘導させた。 乾きが癒えたおかげで、爆の喉も、ようやく落ち着きを取り戻した。 「はぁ………」 一回瞬きをして、咽た時に溜まった涙が零れた。何とはなしに味をみてみた。当たり前に、しょっぱい。 「……平気……な、訳ねぇな。 何か、して欲しい事あるか?」 俺の”いいお兄さん”タイム再び。(あんなことしておいて、いいお兄さんも何もないんだけどな) で、爆の答え。 「セックス」 再び終了。 「〜〜〜〜〜〜〜ッ」 俺は何も言えず、バリバリ頭掻いてみた。 だってちょっと俺の身にもなってくれよ。この発言がまだちょっと元気のある状態だったら、何言ってやがるの一言と、ゲンコツの一発でもくれてやりゃ済むんだろうけど。 けどよ、高熱の、さっきの今まで気を失っていたようなヤツに言われた日にゃ…… ……どー対処すればいいんだよ…… と、言ってもさすがにもう叶えてやる事も出来ない。 「したいものは、したんだ……」 セリフのリフレイン。 何度言っても変らないのは本音の証拠。 「だからって、身体壊したらなんにもなんねーだろうが」 珍しく俺は正論を吐き、これで上手く納得してくれるかと思えば。 「……出来ない事も満足に出来ない身体なんか、要らん……」 囁くよりもっと些細な、唇を振動させて紡がれる言葉。 「……お前と一緒に居るには、この身体がないとだめなのにな…… ……オレは、何を考えているんだか……」 馬鹿らしい、と吐き出せられなかった呟きが聴こえたような気がした。 ……こんな風に、こいつは、いつも。 色んな事を普通のヤツは見向きもしな所まで見ようとして。 そうでなくても世の中が見えるヤツなんだから。良い所も悪い所も。 そりゃー時々処理し切れなくて、熱も出るわな。 その上俺の事まであって。 この先爆は成長して、これに耐性もついて熱を出さなくなるだろう。 そうなって、俺はますますこいつが思い悩んでいる事を、何度も何度も通り過ぎてしまうんだろう。 ”こうなる”前までは、まだ少し感付く事は出来た。が、それももう出来ない。 距離が近すぎて見えない。 キスした時、爆の顔は見れなくて、唇の感触しか解らなかったみたいに。
一緒に居たいから、それなりに体調管理をしているのに、身体を壊そうとする爆。 大事にしたいから、一番側に居る筈なのに、近すぎて何も出来ない俺。
「………何だ、スゲーお似合いじゃん」 「………?」 心内だけで納まらなかった感情は、外に露出して。 深い眠りに落ちる前の爆に、少しの混乱を与えた。
ほぼ通常に戻りつつある爆の額に手を当てれば、熱い事は熱いが、まぁ微熱の範囲。 それにほっと安堵しながらも。 焦げるような熱さだった肌が、名残惜しかった。 ゴメンな、爆。 丸一日寝込むお前を見て、ずっとこのまま誰の目にも触れずに、なんて少し思った。
好きになるのは矛盾が多すぎて、頭が痛くて割れてしまいそう。 だからせめて撫でてください。 貴方に麻痺してしまうまで。
|