”if”なんて下らない
でも願う事は
「あ----もう!!オレもゲームやりたいってば-----!!!」 ムキーとゲーム機から身体を引き剥がそうとするが、そもそも力以前の問題で体躯が違い過ぎるのだ。 「もうちょっと待ってろ!いまいい所なんだから!!」 「もうちょっともうちょっと、って、飛天さっきからそればっかねーじゃ!代われよー!ていうか返せよ!! それオレのじゃん!!」 ギャンギャンと絶え間なく吼える天馬に、お世辞にも気が長いとは言えない飛天はぶち、と切れた。 ガシ!と天馬を小脇に抱え、こめかみをぐりぐりと拳で圧迫する。 「っだぁぁぁぁぁぁ煩ぇなぁぁぁぁ!!!!人が何かしてる時は黙ってなさいこのガキャ!!」 「いーででででででで!!!うわーん!飛天の馬鹿ー!!」 「ちょっと、今飛天様の事馬鹿とか言わなかった!?馬鹿とか!!」 「ひひぇー!ほっへひゃひゅひぇひゅひゃー!!」 頬を抓られ、天馬の言葉は正確な発音を成さない(どうやら「いてー!ほっぺた抓るなー!」と言ってるらしい。 相変わらずめちゃくちゃな、平和な休日の昼下がり。 そして、その光景をじっと見詰める瞳があった。
珍しい事だ。飛天が帝月へ呼びかける。 「オイ」 「……何だ」 天馬は、風呂に入って部屋には居ない。他の者は夜の気に当たりたくて近くを散歩している。 「無意識なのかわざとなのかまでは知らねーけど…… 俺らが天馬に触る度に睨み効かせてんじゃねーよ」 「……そんなのは僕の勝手だ」 帝月の返事では、自覚あっての事か、今言われて気づいた事かまでは解らかった。 まるで聞き分けの悪い子供を相手にした時みたいに、飛天は大げさにため息をつく。 「ま、今の所感じてんのは俺だけらしいから構わねぇけど。 当の本人に気づかれちまったらちょっと困るんじゃねぇの?」 「……黙れ。卑下た事を言うな」 いつも以上に無機質に言い放ち、それっきり帝月は意識内から飛天を弾き出した。 その様子に、ため息を吐くと同時に悪い笑みまで込み上げる。 自分たちの脅威となる存在が、まるっきりただの子供と同じ態度を取るのだから。 それだけ、彼の中での天馬の存在は大きいのだろうと、今更に知った。 とは言え、述べたように無意識に睨むのはどうかしてもらいたい。 曲りなりにも術者の視線は、当てられてる所がちりちりと焦げてるみたいでとても気持ちのいいものではないから。 それがただの殺気や怒気であるなら、こちらも力でねじ伏せてしまえば良い。 けれども、帝月の場合、もちろんそれもあるが、混じって羨望にすら似た物があるから。 妖怪ならば、まだ肉がある。血がある。 触れたら脈打つ鼓動があり、上がる温度もある。 が。
帝月には、それすらない。
黙々と目的を遂行するだけのはずだった、身体。器。 いる必要も無いものだから。 ……違う存在なのは嫌でも解っている。 だったらせめて、温度だけでもあったなら。 凍える肢体を抱き締めて、温める事が出来るのに。 顰めた顔も、綻ばせる事が出来るのに…… そんな風に内に篭っていた思考が外へ向いたのは、風呂から上がった天馬がやって来たからだった。 「上がったぜ〜♪誰か入るか?」 ほこほこと芯まで温まった身体は、心もリラックスさせる。スポーツ飲料水のペットボトルを手にぶら下げた天馬はご機嫌だった。 「んじゃ今の内に入るか〜。 ……静流が帰ってきたら一緒に入ろうって煩ぇからな」 いつものやり取りを思い出し、飛天はげんなりとした表情を作った。 「だったら一度でも一緒に入っちまえばいいのに」 ぐびぐびとペットボトルを飲み干しながら、あっけらかーんと言った天馬だ。 「馬鹿ヤロウ。ンな事したらますます図に乗るのはわかりきった事だろーが!!ったく馬鹿だなぁ、オマエは」 「あぁもう、飛天はすぐオレの事馬鹿っていうもんな!!」 他愛ない会話でぷんすかと怒って、天馬は飛天から遠ざかった。 と、するとそんなには広くない室内。必然的に帝月に近くなる。 「………お前。さっさと寝巻きを着たらどうなんだ」 こうするのが当たり前、みたいに、人前であるにも関わらず天馬はほぼ風呂から上がったままの姿だ。下に短パンのみで上には何も無い。 「だって暑ぃんだもん」 ばたばたと仰ぐ団扇を、帝月は取り上げる。 「素肌への直接の風は身体に悪い。前にもそう言っただろうが」 「だって……」 ぶう、と剥れる天馬の身体からは汗が浮き出ていて、成る程確かに暑そうだ。 「オマエが素っ裸だと誘われてるみたいで気が休まらねーんだとさ」 「”さそう”……?」 「…………」 揶揄するみたいに横から飛天が言えば、意味が解らずきょとんとする天馬の向こうで、本当ならば黙れ、とでも叫びたい所をその分視線に込めた眼力が自分を貫く。 攻撃にもなりうるそれも、原因が解っていれば何の事は無い。 それでも大げさに、おお、怖い、とリアクションを取り、帝月の機嫌を斜めにしたいだけ斜めにし、室内を去った。 (全くあいつは………!) 閉じた襖に穴を開けそうな程、帝月は強烈に睨んだ。視線に物質的な力が働くのであれば、間違いなく穴は開いただろう。 「なー、ミッチー」 帝月の形相に気づいているのかいないのか、天馬が言う。 「ミッチー、暑くねぇの?」 その質問に、ぎくりと身体が強張る。しかし、表面にはあまり現れなかったのは幸いだ。 「………ああ」 長い間を開けて、それだけを返した。 「ふうん、そっか。体温低いのかな?体温低いと周りのが高いから----ん?それってやっぱり暑いんじゃねぇ?」 自分で立てた仮説に自分で嵌る、器用な天馬だった。 一方、帝月は固まった表情を元に戻そうと勤めていた。 もしこの場にまだ飛天がいたら、「ンな事しなくてもオメー元から無表情じゃねーか」とまた無益な争いが起きるのだろうが。 そんな風に、全神経を集中していた帝月だから、天馬の手が自分の頬に近づいていた事は、触られてしまうまで気づかなかった。 「な………ッ!?」 飛び上がるくらいうろたえた帝月にも、天馬は気にしない。 「んー、やっぱ低いな……」 ぺちぺち、ともう片方にも手を添え、何度も確かめるように軽く叩いた。 「……………」 帝月は完全に凝固した。さっきよりも尚。 やがて、観察するようだった天馬の顔がふにゃりと綻ぶ。今度は何だ!?と構える帝月に、天馬の顔が近づく。 ……どうやら、頬と頬を直にくっつけたいみたいだ。 しかし、そんな事を本当にされたら堪ったものじゃない。 ----天馬には触れない。自分には、体温が無いから温める事は出来ない。 このときばかりはそれを忘れた。 天馬が自分にしてるように、帝月もまた至近距離になった頬へ手を添え、グ、と遠ざけた。 飛天が風呂に行ってて良かったと、帝月はやり過ごせた事に安堵する。 と、帝月の手の上から天馬の手が被さる。 上と下からの温かみに、ぴくり、とその手と瞳が揺れる。 「ミッチーの手……冷たくて気持ちいいなーv」 「なに…………」 困惑する帝月に、尚も手に擦り寄る。 「気持ちいーv」 何度も、何度も…… 離れる事も忘れ、帝月は呆然としたように言われた言葉を脳内で繰り返す。 気持ちいい……だと?この手が。 何も無い手なのに……… 「オレさぁ……」 と、ちょっと離して天馬は帝月の手をまじまじと見つめた。 「この手に何度も助けられてんだよな。 これからも色々頼んだぜ、ミッチー!」 「…………」 そう言って微笑むのだから、本当に堪らないと思う。 目の前の人間の子供は、自分の”今まで”を尽くひっくり返した。 今も、また……… 「僕が貴様に愛想を付かない限りは、な」 「む。何だよ、それじゃあオレ帝月に迷惑かけっ放しみたいじゃねーか」 「無自覚か。困ったものだ」 「オレが居て良かった事もあっただろー!? えっと、例えば-----ほら、あん時とか!!」 思い当たる事を見つけたのか、ぱっと明るい顔をこちらへと向ける。 それに耳を傾ける前に、いい加減服を着せないと。 僅かに温かい指先で、衣服を探した。
こんなに温かい君の側に居たのなら 信じられる気もする
まだ貰ってばかりの温かさも いつかは自分の温度を持って
温められる事が、出来るかもしれない……
”if”なんて下らない
でも
叶えたいと思う事なら
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