何かの象徴みたいに世界の中心に聳え立っていた針の塔が、本来の機能を稼動させ、炎と現郎を乗せて旅立ってから早数年。 体良く実の姉に追い出された炎は懲りずにまた爆に会いに来ていた。 「炎……一体何の用だ?」 てっきり夢を叶えている最中だと思っている相手に唐突に出られては、爆としてはそういう風に言うわけしか無い訳で。 あれから大分時は経ったし、爆もそれなりに成長しているが、自分もまた成長しているので華奢な事は変わりなく、ああ、このままお持ち帰りしたい。いやいっそこの場でお召し上がりになっても-----!!! と、具体的に形まで帯びてきた妄想を抱いた時点で、自分は何も想像力を飛躍させる為に里帰りした訳ではないのだ!!と思い出した。 ずっと、訊きたい事がある。 そんな悶々とした状態では、爆と約束した夢を実現させる事も難しくなるだろうと、「二度と帰ってくんな」という姉の無言の圧力に耐えながら爆の前へと姿を現したのだ。 「爆……… お前と初めて会った時、俺は……嘘を吐いたつもりは無かったんだが……事実を全て教えてなかった。わざと教えなかった。 ……言ったら、その場でまた無くすと思ったから……」 誰かの手となり足となり、そんな駒扱いを何より嫌うだろうという事は、あの人の血を受け継いでいる、という時点で解りきった事だった。 それでも側に居て欲しかったから……自分が縛り付けるのではなく、向こうから来てくれるように仕組んだ。 「……でも……お前にとっては、騙されたも同然だよな」 「……………」 炎は曖昧な笑みを少し浮かべ、核心へと触れた。 「爆………俺の事……… 憎い、か?」 それまで、じっと耳を傾けていた爆が、そのセリフを聞きふ、と顔を緩ませた。 「何を言い出すと思えば…… 貴様、そんな事を気にしていたのか?」 全く、仕様が無いな、と苦笑を浮かべる。けれど、それはとても優しいものだったから。 「爆………!」 感極まった炎は、そのまま抱きつこうとした。 のだが。 「----人が折角苦労して全世界回ってやって来たというのに再会したらそれまでの流れ完璧無視していきなり全部打ち明けおって何でオレが貴様の野望に付き合わんとならんのだそんなにしたければ一人でやれオレは貴様の100分の1くらいしか生きてないというのに無駄な時間使わすな髪は赤いというのに腹の中は真っ黒じゃないかこの全身タイツ蟹眉毛が!! ………なんて思っても、憎むなんてするはずないじゃないか」 「……………………」 爆……むちゃくちゃ怒ってる…… 凶悪なまでに柔らかい笑みを浮かべる爆に、炎はただ黙ってそれを浴びるしかなかった。
「…………ええええええぇぇぇ!!?炎帰ってるの?て言うか爆君炎と会ったのかい? だったら何でまず僕に報告しないの!!」 「どーして貴様に報告せにゃならん」 「だって爆君の現・恋人としては元・恋人のこともちゃんと把握しとかなきゃぐへぶ」 雹のセリフが途中から呻きに変ったのは、爆が足払いをかけて更にその頭を踏んづけたからだ。 「でも爆……あの言い方はないんじゃない?」 「……聞いていたのか?ピンク」 ジロリ、と睨んだ爆の眼光は、たまたまその視界に入っていたカイをひぃぃぃッ!と訳も無く竦みあがらせたが、ピンクはカキーンと跳ね返した。伊達に長い付き合いではないのだ。 「まー不可抗力っていうか……水汲んで来る割には長いから、今アンタが万国ビックリショーもビックリな変態男に襲われてるのかなーって思って行ってみたんだけど」 そこに居たのは押し倒されている爆ではなく、白くなって哀愁を漂わす炎が居たのだった。 「ふん、あれでも言い足りない位だ」 それは凄い事だぞ、爆。 「しかし、折角会いに来たんですから、その辺も考えてあげては……」 カイは実際に現場を目撃した訳ではないが、あのピンクが閉口するくらいなのだから、さぞかし辛辣な事を言ったのだろうと判断した。 曲りなりにも”仲間”だと認めている者達からそんな事を言われては、爆も少し面白くない。 「全面的に向こうが悪いんだろうが!!だいたいその場で言わんで今になってようやく来ただんて腰抜けにも程がある!! それに!貴様らあいつに腹は立たんのか!?」 「うーん、そりゃ色々思う事はてんこ盛りだけど、爆にやり込められている炎を見たら結構どうでもよくなっちゃった」 そんなに憐れだったのか、炎様。 「あのな………」 「何だい君たちは!!」 脱力する爆に代わって、復活した雹がビシズビ!とピンクとカイを交互に指差す。地に伏せていた割には服にも顔にも泥がついていないのは、世界の不思議の一つだ。 「爆君が炎を見限って僕一筋になろうとしてくれているんだから、少しは後押しってものを……」 「よし、炎と和解して来る」 「頑張って、爆!」 「頑張って下さい、爆殿!」 駆け出した爆を、二人はハンカチをひらひらさせて見送った。
一方。炎の方はというと。 「はぁ〜………ダメだ………俺はもうダメだ………」 死神が通りかかったらそのまま連れてってしまいそうなくらい、生気なくしょげかえっていた。その様子はまさに生ける屍だ。 それを現郎(しっかり付いて来ていた)が励ます。 「炎様、しっかりして下さい。 少なくとも俺の給料払うまでは」 励ましてねぇー! 「……いや、あれが当然の反応なんだよな……むしろ軽い方だ。 本当なら出会い頭に刺されても文句は言えん」 あえて最悪の想像をする事で、気力の浮上を試みる炎だった。 「そうですね。例えば食事に微量ずつ毒を仕込まされた所で何も言えない事をしましたからね」 「ちょっとまて。例えばにしてはやけに具体的じゃないか、今の」 「ほら、炎様梅こぶ茶ですよ。おかきもあります」 「いや梅こぶ茶の前になんて言ったお前」 「俺の給料払うまでは」 「そこじゃない」 「………どーでもいいけど何で俺の家に寄生すんなよ」 2人のやり取りの間に激が口を挟む。 彼の言う通り、此処は激の家だ。 だから、炎と現郎が座っている椅子も、上着をかけているハンガーも、勝手に食べてるおかきも梅こぶ茶も皆激の物だ。 「仕方ないじゃないか。店に行くと金がかかるし。 国を立ち上げようとする者にとって無駄な出費は控えたい所だ」 「その皺寄せに一般人の俺を巻き込むなっつーの」 ………一般人? 2人はその単語に同時に首を捻った。 「で、用事はもう済んだんだろ? だったらさっさと帰れとっとと帰れ早く帰れ」 激は炎が弱っているのを知った上で言いたい放題言った。 「いや----爆とちゃんと和解するまでは…… ……と思ったんだが……どうも無理なような……」 再び生きる屍と変化する炎。このまま埋めてしまってもいい程だ。 「----そんな弱気でどうするんですか、炎様!!」 そんな炎に叱咤が飛んだ。言ったのは現郎だ。 「数年前のあの日、周りから敬遠されていたのをこれ幸いと、恩着せがましい助け方して事実全部言わないで体の良い事だけ言ってまんまと信頼を勝ち取った、あの狡猾で老獪なご自分をお忘れですか!?」 「現郎……お前とはいつかゆっくり話し合わんといかんな……」 「まぁ、つまりは、だ」 収拾がつく所かこのまま殺人沙汰に発展しかねない空気の中、激が言う。 「オメーらが気にしてるのは、爆を真とか言う(”とか言う”呼ばわりとは失敬な!!/By炎)ヤツの代わりにしてんじゃないか、って事だろー?」 「まぁ……な」 確かにそうだが、そうやって改めて言われると胸が痛む炎だ。何だが2人を同時に侮辱しているようで。 「んじゃぁ、ぶっちゃけて。 爆と真が同時に2人居たら、どっちを選ぶんだ?」 「……………………」 ごくシンプルな、二者択一の質問に、炎が押し黙る。 炎の返事を激は待った。 現郎も待った。 砂時計の砂が落ちる音さえ聴こえてしまいそうな、沈黙の中、ようやく-----炎が口を開く。 「……………。 両方。」 「……………」 「……………」 「……と、言うのはさすがに不味いんだろうな……」 などと言葉を濁してみる炎だが、先程の目はとても真剣なのは悲しいくらいに知り得た。 人間というものはここまで優柔不断で在れるものなのか……と呆れも通り越して神秘さすら感じれた激が呟く。 「炎、オメー、それ本人に聞かれたら、いきなり聖霊投げつけられても………」 と、3人の頭上に何かが現れた。 視界の片隅に入れただけで認知出来る、この場にいる誰もが見慣れた丸いフォルムのピンクい物体---- 聖霊だ。 うげ。と凍りつく。 「ちょっと待ったジバクく……!!」 パアァァァ……… 炎が制止するより早く、室内に投げ込まれていた時点で手を広げていた聖霊は、大爆発を起こした。
もうもうと聖霊の爆発による、独特なピンク色の煙が上がる。 そこからテテテテテ、とジバクくんは爆の元へと駆け寄り、ばっちり爆発してやったゼ☆とでも言いたいように、歯をキラリと光らせ、親指をグ!と立てた。 「よくやった、ジバクくん」 普段の聖霊の定位置、肩へと乗せ、爆はその場から去った。 ふん、と拗ね気味に鼻を鳴らした事は、かつては住居になっていた瓦礫に埋もれた3人には到底聴こえなかっただろう。 「………なんで……こんな目に……」 「いや……それ一番言うべきなの、俺だと思うぜ、現郎………」 「………爆ぅぅぅ〜〜………」 それぞれ最後に一言ずつ言って、がっくりと気を失った。
先人は、こんな炎の状態を指してこんな諺を残した。 ”後悔役に立たず” 「炎の………馬鹿者」 「ヂィ……」 「ふん、慰めなんかいらんぞ、ジバクくん」 さて。 一番可哀相なのは誰でしょう。
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