温かい落陽





 温かいよな、と言ったらそうかな、と返された

 だから、これは自分だけ



「----お疲れ様でしたー!」
「お疲れ様でした!!」
「お疲れ様でした、コーチ!」
 口々に子供から別れの挨拶をかけられ、凶門はなんとも複雑な気分に陥る。
 ある意味、今までの自分とは全くかけ離れた、もっと言ってしまえば正反対の生活。
 すっかり馴染んで溶け込んでしまっている。
 それは向こうの態度も一役買っているだろう。いくら自分の正体を知らないとは言え、あっさり自分を受け入れた子供達。
 何より。
 この生活に引き込んだ本人。
 で、その”本人”はというと、帰り支度に他の子達よりなにやらてこずっていた。
「---待たせたな、凶門!さ、帰ろうぜ」
 待たせたその分、ぱたぱたと走って駆け寄る。その後に見せるのは笑顔。何よりも眩しい。
「………ん?」
 じっ、と自分を見たまま、動きもしない凶門。
 訝る天馬はきょとん、と首をかしげた。
 と。
 唐突に腕を引かれる。
「わ、わぁッ!?何なんだよぉー!!」
 ずるずると引きずられるように腕を引っ張られ、執着地点はグラウンドの隅のベンチだった。
 そしてやや乱暴に座らされる。
「………何時からだ?」
「へ?何が?」
 少しは嘘を付くのが下手だと、天馬は認識すればいい。
 目が泳いでるし、声も浮ついていて、まさに”ギクリ”といった感じだ。
「足だ。……終わりの方だったな」
 違う、そんな事無い、と抗議する天馬を無視して、靴を脱がせ、靴下も取る。
 晒された足首は赤く膨らんで、熱も持っていた。
 それが凶門の眼前に出された時、しまった、と顔を逸らす天馬。
「別に……こんくらい、大した事ねーよ」
 平気だ、とアピールする為か、足をぷらぷらさせる。と、その足首を凶門は捕まえる。
 滅多に触られない部分なので、天馬は少し大げさに反応してしまった。自身、熱を持っていた為余計に冷たく思えたのだ。
「ひゃっ………!?」
「捻挫とは言え、立派な怪我の一種だ。甘く見てると痛い目に遭うぞ。
 お前も一応選手だろう」
「一応はいらねー。一応は」
 こう見えても世界一を狙ってる身分。そんな風に言われるのははっきり言って心外だ。
「確かにお前にはあっさり打たれたけど、それだって……」
「あまり足を動かすな」
 バックの中からテーピングの為の道具を漁る。コーチと言う身分上、ルールを覚えたりする以外にも、こういう事に気を配らなければならない……天馬の貸してくれた本に書いてあった。
 と、待てよ、と凶門の手が止まる。
 ここで治療を施しても、また自宅へと帰るために歩いてしまっては……
 凶門は少し考えた。
 そして。
「----わぁッ!!?」
 天馬を持ち上げた。横抱きにして。
「何すんだよ!いきなり!!」
「帰ってから足首を固定する事にした。文句はあるか」
「そーじゃなくて!だったらちゃんとそう言えっての!!
 あーもう、凶門ってばやっぱりそういう所、飛天にそっくりだ!!」
 抱きかかえられた姿勢での、落ちるかもしれない危険を冒して(というかそんな可能性は考えなかったのかもしれない)暴れる天馬。
 だが、凶門はその行動よりセリフの方が聞き捨てなら無い。
「そういう所とは……どういう所だ」
「ん?優しいのが解りにくい所とか」
 よいしょ、と暴れた為にずり落ちかける体制を直す。
「ちゃんとしてくれれば、オレだってありがとう、って言えるのに。何でだろうな」
 より安定を求めて、凶門の首にしがみ付く。
 この様子を括りの術者に見られたら、ただじゃ済まないかもな、と思うながらもやめさせるつもりはまるで無かった。
「な、凶門。何でだ?」
 逸らす事なんて知らない双眸が、すぐ近くで覗き込む。
 凶門は……答えなかった。
 いや、多分答えられなかったのだろう。
 もし、飛天が本当に自分と同じなら。
 自分と同じ想いなら。
 告げる訳にはいかなかった。
 ----今は何をどう間違ってか、野球のコーチなんかしているが、それでも本来自分は此処にいるべきではないのだ。
 当然、飛天も。
 天馬の世界に自分たちは異質----いや、もう”異物”だろう。
 異物は排除しなければならない。
 不動明王の力を宿した天馬を、他の妖怪から護る為側に居る。
 それでも。

 別れは確実にやって来るから

 ……全てはその時の為。
 ずるいのはこちらだ。解っている。
 そうなった時に、綺麗な想い出が多いと辛くなる。
 そして。
 自分たちが居なくなっても、天馬が早く通常の生活に戻れるように。
 まるで、元から居なかったかのように。
 その為。
「なぁ〜、凶門……前見てねーとぶつかるぞ?」
 目を逸らされてしまうよりはうんといいが……何せ今は自分を抱いたまま、道を歩いているのだ。
「視覚で物を見ている訳ではない。気配を感じるんだ」
 妖怪に触れるのは昨日の今日でもないくせに、そんな事も知らないのだろうか。
 誰も教えなかったのか?
 まぁ、例え聞いたとしてもケロっと忘れてしまうだろうし……
 何より、天馬は妖怪も自分も同じ存在だと感じている様子がある。
 自分は前を向いていないと前が見えない。だから相手も同じ。
 だからだろうか。強く言えない。
 自分たちは違う。
 だから関わってもいけない。会ってもいけない。
 そんな事を言って、この当たり前みたいに寄って来る体温が離れることを。

 自分は確かに恐れていた。

「おっ、凶門、夕焼けだぞ。綺麗だな〜」
 今時こんな自然現象ではしゃぐ子供も珍しい。
「な、朝日と夕日、どっちが温かいと思う?」
「…………?」
 突然振られた質問の意味を掴み兼ねて眉を顰める。
「オレはなー、絶対夕日の方だと思うんだけど、友達皆朝日の方が温かいって言うんだよなー」
 だっててっちん、夕日のすぐ後は夜なんだぜ?温かい訳ないじゃん。
 そうだけど。
 理屈で言えばそうだけど。
 でも自分はそうだと思ってしまったのだから仕方が無い。
「夕日ってさ、すぐ沈むけど……だから余計温かいと思うんだ。オレは」
 ………自分たちは……

 いつか別れてしまうから
 天馬に甘くなるのかもしれない

 でも

 それを否定したいから
 つい素っ気無くしてしまうのかもしれない

 身体の表面に朱色を浴びて、凶門は思った。


 そんなこんなで家に着いた。
「着いたぞ、天馬………天馬?」
 どうも途中から大人しく寝ていると思えば、なんと天馬は抱かれたまま眠っていた。
 誰かの体温は安心する。
 その気持ちは解るが、ここまで無防備になってしまうのもどうかと。
 何だか起こすのも気が引けて、結局そのまま家へと入って行った。

 ……その後暫く、本当は括ってしまいたくて仕様が無い、と、自分の事を帝月が睨むようになった。




えー、月瀬様のリク、凶門&天馬でコンセプトは”夕暮れ”でした!
……何だか最近ミッチーがオチに使われてるよーな気が。
凶門はこれから出しますよ、じゃんじゃんと!!(笑)
飛天とミッチーは言うまでもないけど、凶門もてっちんに甘い(あれ?これも言うまでも無いか?)
コーチになるまでの経緯とか、何時か書いてみたいものですねv