別に誰かの為に生きている訳じゃないから、 信じてくれなくてもいいよ 理解してくれなくてもいいよ
笑ってくれても構わないから
自分を信じるのは止めないから
本心は、押し込めるから……
「最近……爆殿の様子がおかしいんですよね」 「アンタより?」 「……………。 なんて言うのか、こう……」 一瞬返されたピンクの言葉に撃沈しそうになったが、どうにか持ちこたえた。偉いぞ、カイ! 「こう……ぼぅっとしているというか……ふと気づけば空を見上げてるというか……」 「で?」 腰に手を当てて、自分の方が背が高いというのに見下ろされてる気分になる。 こういう仕草は爆に似ている。だから二人の間に友情があるのだろうか。 「それであたしに何を訊きたいの?」 回りくどい事が嫌いな(悪く言えばデリカシーの無い)ピンクはストレートに言った。 「ですから……心当たりはないか、と思いまして……」 「あたしより爆と一緒にいるあんたに解らないんじゃ、心当たりもへちまも無いに決まってるじゃない」 「確かにへちまはありませんけどぉ〜……」 ちくちくと待ち針で刺されるような攻撃に、カイの口調も情けなさに磨きがかかる。 「久々にお邪魔してみれば爆は居ないし、カイには愚痴零されるし」 全く今日はついてないわ、と手を肩まで上げてのオーバーリアクション付きで。 「……つい2日前にも来たばかりじゃないですか……」 「何か言った?」 「いえ、何も」 カイは頭の中で何度も反芻した。触らぬピンク殿にいびりなし!! 「だいたいンな類のことなんか本人に訊けば一発じゃない」 「訊きましたよぉ、勿論。 しかし無理して笑顔作られて、「何でもない」って言われたらそれ以上追求出来ませんよ。 ……私とした事が爆殿にあんな顔させるなんて……でも、そんな表情も結構可愛かったりして……」 途中からえへへ〜と惚気るカイだった。 そんなカイに「こいつ、いっちょ裏拳でもかましたろうかしら」なんてピンクが思ったのも無理もない話で。 「……ま、早い話がまたあんたを信用してない、って事よね」 ピンクの意見にカイはビギッ!と固まった。 にやり。攻撃成功!!(byピンクの心の中)
辺りは真っ暗。 他に何かがあったのかもしれないが、少なくとも記憶の中にはなかった。 覚えているのはすりむいた腕と、 ちらちらと上から降ってくるそれは……
そう、………
雪
ひりひりする腕をぎゅ、と反対の手で掴む。 その時、自分は確かに半袖を着ていた………
あぁ、またあの夢か。 目を覚まして最初に思ったのがそれだった。 横を見てもカイは居ない。自主トレに行っている。 「……………」 ベットの上にある、もう一人分のスペース。 知ってはいる。彼が自分の事を理解しようと、毎日一所懸命な事も。 それがどんな些細な事でも。 ……そんな相手に隠し事をされて、いい気分はしないだろう。しかも自分は隠している事を誤魔化せる程、器用な人間ではなかった。 そもそもあんな事気にしなければいい。 そう言い聞かせても無かった事には出来ない。 あの時の記憶が膨らんでいく。カイと居ると尚更に。 地中で長く暮らしていた昆虫が、生命の限り鳴き続けるこの季節に。
自分は雪を見た。
それがどんなに突拍子もない事か、なんて良く解っている。 有り得も無い現象なのだから。 けど…… 自分は確かにこの目でみて、掌に乗せてもみたのだ。 この記憶を呼び起こす時、決まって耳の奥で笑い声が木霊する。 ……この声の中に、カイのも混じるのだろうか。 ……やだ……嫌だ……… ……いや……だ…… 「爆殿……?爆殿」 揺り起こされ、上から掛けられた声にはっと我に返る。 「ぁ……カイ」 「爆殿、身体の具合でも悪いんですか?」 「え………」 何故カイはそんな事を感じたのだろう。 「シーツの中に包まっていたものですから」 「…………」 あぁ、そういえば、と。 頭まですっぽり被ってたせいか身体は少し汗ばんでいるし、髪も乱れている。 「いや、平気だ」 そう言って、微笑んでみる。と、カイが少し悲しそうに眉を寄せる。 どうやら、また上手く笑えなかったようだ。
「爆殿、お出かけですか?」 室内着から着替えている爆に、カイが声をかけた。 「ちょっとな。散歩だ」 この答えは半分正しく半分違う。 散歩は散歩でも、ただ行くのではない。 あの場所を探す。 そうしたら、何か手掛かりがあるかもしれない。 嘘ではないと、夢ではないと証明できるかもしれない。 それなら…… ……笑われる事も無い。 「あの、私も一緒に行ってもいいですか?」 思いもしなかったカイの申し出にきょとんとする爆。 「……トレーニングは?」 「先日、師匠から”お前は少し根を詰めすぎだ”と嗜められたものですので。 ダメならそれでいいですが……」 爆は少し考えた。 が、カイは自分の本当の目的は知らない。 傍から見れも普通の散歩となんら変わらない事だし。 「……別に断る理由もないだろう。いいぞ」 承諾を得て、ほっとするカイ。 自分にはまだ相手を傷つけてまで理解しとうとする勇気はない。 だったらせめて。 相手が言いたくなったら、何時でも聞けるように側に居よう、と思ったのだった。
森が彩る季節には春と秋があるが、活気を増すのはこの季節だけだ。 「へー、爆殿ここを通って通ってたんですか」 「あぁ。他には誰も居ないけどな」 「そうですか……」 きょろきょろと忙しなく周囲を見る。 爆が今まで見聞きしたものを自分の中にも取り入れようとしているのが解る。 そんなカイの様子に爆は何やらくすぐったいような感覚を覚える。 今までが疎外され続けていたからだろう。 こんなふうに自分の側に近づこう、近づこうとする人物は初めてだ。 そう思うと爆は心が痛む。隠し事をしているから。 ……言って、しまおうか? さっきからふーんとかへーとかほーとか、やたら感嘆詞を連発して森を見るカイをそっと見上げる。 カイなら大丈夫。 カイなら笑ったりしない。 大丈夫、大丈夫…… 何度も何度も言い聞かせ、ゆっくりと深呼吸をしてから。 「あのな、カ………」
何言ッテルンデスカ、爆殿 ソンナ事アル訳ナイジャナイデスカ 可笑シナ事ヲ言イマスネ
「……………」 「爆殿?」 中途半端に自分を呼んで、止まってしまった。 「……爆殿?」 段々と視線が下がり、ついには俯いてしまった。 やはり具合が良くないのだろうか。カイは無意味におろおろした。 と。カイの耳まで川が流れる事が聞こえる。 「川が近くにあるんですか?」 「………あぁ」 ごく小さな声だったが、ちゃんと答えてくれた。 「行ってみましょう」 もしかしたら暑さにやられたのかもしれない。 それなら涼しい川の近くまで行くのがいい。 カイはそう思ったのだ。 (……馬鹿……) 何を勝手に、自分の中でだけ想像するのか。 そしてそれに押しつぶされてどうするのか。 そんな自分を、馬鹿としか言いようがなかった。 「あれー?ありませんねぇ、川」 呑気なカイの声が森に響く。 自分の考えに捕らえられていた爆は、いつの間にかカイが離れた事さえ気が付かなかった。 もう随分遠くの方にまで足を伸ばしたカイを見て。 爆は急いでカイの元へ行く。 ここを自分だけしか通らない理由。それは教師に止められていたから。 そしてそれが何故かというと…… 「カイ!それ以上行くな!」 「え?」 言うのが遅かったのか、すでにカイはまた一歩を踏み出し、そして。 「ッ!?」 落とし穴に落ちたような感覚。 てっきりまだ陸地だとばかり思ってた足元は、蔦や草が複雑に絡み合って迫り出していただけだったらしい。 「カイ!!」 「爆ど……」 来たらいけません、という間でも無く、カイは落下していった。そしてその先には彼の探していた川がある。 結構深いから底で頭を打つなんて事にはならないだろうが、その分流れに勢いがある。 ばしゃん、と音がした。 頭の中が真っ白になった爆は、そのままカイを追って飛び込む。衣服を身に着けたまま泳ぐのは、ある意味自殺行為だと解っていても。 「カイ……!」 叫ぶ口に水が入り込む。 体勢を立て直そうとしてもこの流れがそれを許さない。 ミイラ取りがミイラだ。 自分の失態に呆れる暇もない。 水に、飲み込まれる。 「……………!」 何もかも解らなくまる前。 温かい何かが腕を掴む。
……………… ……誰かが呼んでいる。 起きなきゃ。 でも身体も瞼も重くて言う事をきいてくれない。 けど起きなきゃ…… カイが呼んでるから。 「……………」 ようやく開けた視界はぼやけてて、一度瞑ってからしっかりと開けた。 カイが居る。 「爆殿!」 意識が戻った事で、今までそうするのを遠慮してたカイは力強く抱き締めた。 ぼんやりと頭の軸が揺れてる爆は、カイの好きなようにさせている。 「……ここ、何処だ……?」 思った以上に体力を消耗したのか、自分で驚くくらいの頼りない声だった。 「私にも、解りません。 どうやら下流までの流れから逸れたみたいですね」 ここはそう、洞窟の中。 ぴちょんぴちょん、と上から垂れる水音が何処からともなく聞こえる。 空間であるはずだが、上を見ると真っ暗でどれだけ高いのか想像も出来ない。 「少しして、爆殿の体力が回復したら出発しましょう。 川の流れに沿って歩けば、何時かは出口に着くはずですから」 冷静に判断した結果を爆に伝える。と、自分を抱いてる腕が震えているのに気が付いた。 溺れて、意識も無かったみたいだ。 さぞかし慌てた事だろう。それでも喚くのは後でいい、と自分を叱咤して、適切な処置を加えたに違いない。 自分がこうして目を開けているのが何よりの証拠。 「カイ………」 涙にも見える、頬を伝う水滴を拭う。 「はい」 と、返事をされたはいいが、そこで止まってしまう。大して何も目的もなしに呼んだけだったのだから。 とても、呼びたくなったからだ。その名前を。 しかしそれを素直に言ったのでは少し間抜けではないかと、爆は何かいい話題はないものか辺りに視線を巡らせる。 「……………」 「?爆殿」 腕の中、明らかに様子を変えた爆を伺う。 す、と指が伸びる。 その先に、皓い粉。 「何でしょうか……?」 今まで気がつかなかったが、気がつけば次々と舞い落ちるそれ。 「爆殿……」 まだふらつくが、耐えられない程でもない。 爆はその粉を追って無我夢中で歩いた。カイは大丈夫ですか、などと声をかけならがら後を追いかける。 発信源に近づいているのか、その皓いものは量を増していった。 その先に、丁度人ひとりが入れそうな穴がぽっかり開いている。カイが入るには少し屈まなければならなかった。 そこには…… ただ一面の、銀世界があった。 「……………」 呆然と爆が眺めている横で、カイが。 「……これはヒカリゴケの一種ですね」 「ヒカリゴケ?」 「えぇ、大概は黄色みを帯びているのが多いんですが……これは白色に近いですね」 自分の直ぐ側を落ちてきたのを、そっと掌に乗せる。ヒカリゴケは天井にまでびっしり生えていて、時折重力に負けたのが落ちてくる。 「そうか………」 ヒカリゴケだったんだ…… おそらく、自分は此処に来た。 が、この光景の印象があまりにも強くて、それまでの経緯などがすっかり頭から抜け落ちてしまったに違いない。 痞えていたものが、ゆっくりと溶け出す。 「まるで雪みたいですね」 カイが言う。 「ね、爆殿」 にっこりと自分に笑う。 「あのな、カイ」 だから自分も言うのだ。 「オレも前に此処に来たことがあって、お前と同じ事を思った」 カイを見上げる間にもなお、それは視界を掠めて行く。 「何度もお前にその事を話そうと思って、言えなかった。 今まで言った相手は、みんな笑った」 あぁ、とカイは最近の爆の原因を掴めた。 「……私も笑う、とでも……?」 もう隠し事なんてしたくないから、はっきり頷いた。 「笑いませんよ、私は」 「本当か?」 悪戯めいた表情で言うと、その唇を塞がれる。 「本当ですよ」
私は、爆殿が思うほど公平な人間じゃありせんからね
カイの唇も、自分のも冷たかったけど。 それは何よりも温かく爆には感じられた。
二人を包むように降るヒカリゴケの発する光は儚く、 けれど積もり行き
決して消えはしない
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