溺れている人を見かけたら、そのまま助けにいかないで、まず周りに声をかけ人を集めるのが正解だ。 とは解っていても、いざ実践できるかはとても怪しい。どうしても一人で無茶をしてしまう。 行動を促すのは常に心だからだ。 思わずそんな事を思い返す自分の状況……最も、助けたのは溺れかけた人ではなく、モンスターに襲われていた人だが。 モンスターの鋭利な爪を何度か浴びてしまったものの倒して、襲われかけてた人もカイに何度も礼を言い。 その直後。 実はまだ息のあったモンスターは鋭く、深くカイの左肩を抉ったのだった。 不覚をとった。あまりにも。 もはや戦う事は無理と判断したカイは、ただ闇雲に逃げた。 今居るのは、自分が入った事もない、森の中。 「はぁっ……は…………ッ!」 ずきずきと……痛む事を越え灼熱感で爛れる肩から、確実に流れる血液。 だんだんとカイの速度が落ちて、本当ならもう立ってる事すら覚束無い。 それでも逃げなければいけない。 あのモンスターが力尽きているのかも解らないのだから。 自分は生きて……側に居たい人がいるから。 「ぅ………ぐ、ぅ…………!」 突然視界が掠れ、足の力がまるで無くなる。 倒れかけた時、掴んだ樹の表皮を剥ぎ、カイはその場に蹲る。 ………寒い。 物理的な寒さではなく、死に直面した寒さ。 傷口も、そこから滴る血も熱いのに、身体の芯は凍えて行く。 その冷たさはじりじりと全身に回り……回り切ったら、多分、自分は死ぬ。 ------駄目だ、死んだら………!! そんなカイの気持ちと裏腹に、徐々に全ての感覚が薄れ行く。 ……せめて。 自分に瞬間移動が使えたら。 傷を治す術を知っていたなら……… ……………
強く、なりたい………
「爆殿………」 そっと、その名を呟くと、揺れる意識がはっきりした。 が、それも一瞬。 だから、カイは何度も呟いた。 「爆殿、爆殿……爆、殿………」 顎を動かすのすら、思うままにならなくなったら、今度は爆のことを考えた。 -------貴方が、好きです。 貴方が、とても大切です。 貴方が、出来れば悲しまなければいいと思います。 貴方の夢が、叶うといいと思います。その手伝いを、私は出来たらいいなと思います。 それで。 ずっと。 貴方の側に、居れたら、いいです…… 「………………」 呼吸のリズムが不規則になる。 意識がますます暗くなる。 落ちかける瞼を、何度も必死になって開ける。 もう駄目だ、なんて、最後の最後にまるまで決して思わないから。 「-------カイッ!」 「--------ッ!?」 夢か……それとも、幻かと思ったが。 遠のく意識でも間違えることの無いその姿。 血で塞がれる耳でも決して聞き漏らす事の無いその声。 「カイ!」 -------良かった。自分はまだ死なない。 安堵の為、今まで張っていた気が緩み。 爆がその肩に触れると同時に気を失った。
「まぁ有り得ない事じゃねぇさ。人間てな無意識に力を抑えちまうもんだから、死の瀬戸際とかでそれから解放されんのさ」 すっかり自分の血で汚れてしまったカイを綺麗にしながら、爆は激の言葉に耳を傾けた。 ----いきなり、耳の中で声がした。 何度も自分を呼ぶ声。 次いで、頭の中で映像が流れる。そこは何処かの森の中。 何だろう、とその映像を探ってその場所に来て見れば、カイが酷い重傷で樹に凭れていた。 激が言うには、生命の危機を感じたカイの精神が、その能力を余す所無く発揮させたのだろう、というものだった。要するにテレパシーの一種を発動させたのだ。 「……それが、何でオレに届いたんだ?」 助けを必要としたなら、自分より師匠を呼んで然るべきだろう。 「解らねぇの?………カイも罪なヤツに惚れたもんだ……」 「何か言ったか?」 「うんにゃ」 ついつい漏れてしまった同情の言葉をいつもの笑顔で誤魔化す激だった。 「……カイの具合はどうなんだ」 「あぁ、さすがにちょっとヤバい状態だったかもしんねーけど……オメーが術で応急処置したし、傷はちゃんと塞いだし。今寝たまんまなのは体力が無いだけだ。ほっとけばそのうち目を覚ます」 「そうか………」 爆はほっと胸を撫で下ろす。 おそらく無意識だろうが、険しかった表情も和む。 「……そー言えば、来た時からお前、なんか顔赤くねぇ?」 「へ?……そんな事ないぞ」 否定をした爆だが、ちょっと間が空いたのが気になる。 「そうかー……?」 「まぁ、もしかしたら日に焼けたのかもしれんな」 「うーん………」 まだ釈然としない様子の激。 「水、かえてくるから、其処を退け」 「あ、悪ぃ」 拭き取った血のせいで色のついた水を流し、桶から新しい水を汲む。 「………………」 それのついでに、自分の顔も洗った。……火照りを消すために。 熟練者のテレパシーは、伝えたい要項だけを相手に送る事が出来る。 が、カイの場合非常事態で発動されたせいか……送る必要もない事まで、爆へ届けてしまったのだ。 つまり………… (……カイが目を覚ましたら、一体どんな顔をすればいいんだ……?) うー、と頭を抱える爆。 それはただ困るだけで、ちっとも嫌ではなかった。
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