夜中花



 花火の終わった黒い空
 なんだか寂しいねと呟く言葉に

”消えてしまってそれでいい”

”いつもあると思うと、誰も見なくなってしまうから”

 だから人も死に行くのだと、
 諭すように言うのです



 今日はサーで大規模な祭りが開かれる。
 その大きさ、華やかさ共にまさにこの世界一である。
 しかし自分が誘ったのは、その祭りそのものではなく、目玉の催しとなる花火の打ち上げが目的だった。
 幼い頃から、自分しか知らない取って置きの場所。
 それを……一緒に見ようと思ったのだ。
 その場所で、夜空に咲く大輪の光の花を。
 思っていたのだ。
 それなのに。のにのにのに。
 ……はぐれちゃったv
 …………………
「爆殿ぉぉぉぉぉぉぉッ!何処ですか-------------ッ!!!」
 やけくそ混じりのカイの叫び声は、当然祭り特有の雑踏の中へ消え失せた。

 思い思いに弾かれる楽器に歌う声。
 てんでばらばらなはずなのに、何処か統一されてるような錯覚に陥るのはこの特異な雰囲気のせい。
 通り縋った金魚掬いの屋台で、座り込みそれに興じる子供二人を見て、自分の連れを思う。
(全く、何処に行ったんだあいつは)
 まるでカイが自分からはぐれたと言わんばかりだが、ガマの油売りの実演に気を取られ、気づけば隣にカイが居なくなっていたので、はぐれたのは爆の方だ。
 こういう時は下手に動かないのが賢明、だとは知っていても、この人の流れで立ち止まるのは困難だ。
 こうなればアナウンスでも流してもらうか。いや、しかしその場所も解らない。
 仕方ないので、ただ歩いてみる。もしかしたら休憩所にでもたどり着くかもしれないし。
 歩くと、どんなに周りが騒がしかろうと、何故か自分の下駄の音がよく聞こえる。
 本当は自分もカイも、いつもと変わらぬ出で立ちで赴こうとしたのだが、何処からか駆けつけたピンクが”アンタら折角の祭りにその格好はないでしょう”と浴衣をわざわざ買いに行かさせられたのであった。……というか自分の浴衣選びにつき合わさせたと言うか。
 てっきりそのままピンクもついて来るのかと思えば、先にルーシー達から誘われたのだという。
 その時妙に胸を撫で下ろしてたカイが気にならないでもなかったが。
 カランコロンと転がる音が、祭りに来ているのだという事を、改めて実感させる。
 ……祭り、なんてものに来たのは、何年ぶりだろうか。
 前、うんと前に一度だけ。
 その賑やかな喧騒に引寄せられ、行ってみた事があった。
 ……あのざわめきの中へ飛び込んでしまえば、訳も無い悲しさや悲壮感も消してくれるような気がして。
 行ってみて、結果。
 もっと悲しくなっただけだった。
 親子連れで来ている者。友達同士だけで来ている者。あるいは恋人と。
 そんな中で、自分だけが一人。
 逃げるように帰った。
 痛くて苦い、消してしまいたい思い出。
 もう二度と行くもんか、と思っていたというのに、自分は今その真っ只中に居る。
 誘われた時、躊躇しなかった、と言えば嘘になる。
 けど………
 カイと、なら。
 あの時のような事になる訳もないだろう。
 だというのに。のにのにのに。
「カイの奴は逸れるし………」
 くどいようだが原因は爆だ。
 殴ったら一発引っ叩いてやる、と無慈悲な事を考え出した時に。
「爆殿」
 その声は浮いているように、やけによく聞こえた。
 向こうから、人込みを掻き分けカイがやって来る。
「カイ!何処に行ってたんだ!」
 だから何処かへ行ってたのは爆の方だというのに。
「すいません。……さあ、行きましょう。今日は、折角の祭りですし」
 今度は逸れてしまわないように、と自然な流れで爆の手を掴む。
 爆はまだ憮然とした表情をしていて、けれどその手は離さなかった。

 このざわめきに負けないくらいの声で言う。というか叫ぶ。
「ねぇ、何処か食べに行かない!?」
「ええなぁ〜、丁度あんみつとか食いたい気分や!」
「ジャンヌもそれでいい?」
「ああ」
 女4人(1人オカマ)は見てる方も楽しめる華やかな浴衣を着込んでる。
 意見も一致した所でさぁ、出発!……という所に。
「……あれ?」
 人の波のなか、よく見知った人物を目撃した。
「カイじゃない!おーい、そんな所で何してんのー!!」
 カイの方もピンクに気がついたのか、器用にこちらへとやって来る。
「ピンク殿!爆殿を見ませんでしたか!!?」
「何……アンタらまたはぐれたの?」
 冷たい目で痛いところを突かれた。
「いや、まぁ、それはこの人ですし……」
 あはは、と笑いながら泣くカイだった。

「……それで、そうしてたら雹のヤツが復活してもっと騒ぎに……」
「雹さんらしいですね」
 くつくつと忍び笑いを零すカイ。
「で、貴様の方はどうなんだ?」
 さっきから自分の近況ばかり話していた爆としては、当然の話題の振り方で。
「………………」
「カイ?」
 足を止めてしまったカイに、数歩進んでしまった爆は立ち止まる。
 ……立ち止まる?
 この、雑踏で?
 何で誰ともぶつからないんだ?
 そう思った途端人込みが消える。提灯の明かりも、囃子の音色も。
 カイだけしか見えなくて、暗いのか明るいのかも、解らない。
「爆」
 いつもと違う呼び方。
 それはいい。たまに、二人きりの時はこうして呼んでくれるから。
 でも。
 違う。何か違う。
 目の前に居るのは、カイじゃ、ない……
 ……誰?
「ちゃんと毎日楽しいか?」
 カイの姿を借りている”彼”はそんな事を訊く。
 口が勝手に答える。
「楽しい……」
 ピンクがいきなりやってきて、何処かへ行こうと腕を引いて。
 そうかと思えば雹がいきなり現れて、どうしてか激も来る。
 ケンカになる。
 それを見てカイが止めようとおろおろする。
 いつも、誰かが居る。
 迷惑がっていて……それはただの照れ隠し。本当は、ものすごく楽しい。
「そうか」
 ”彼”は嬉しそうに微笑む。
「だったら……俺は”いい事”をしたんだな」
 手が伸びて頭を優しく撫でる。
 初めての感覚は、どうしてか”懐かしい”という感傷を呼び起こした。
 知らないのに、知っている。
 この、奇妙な実感は、一つの結論へ導く。
 もしかして……もしかして”彼”は。
「じゃあな……」
 ふ、と手が離れる。
 弾かれるように、叫ぶ。
「父さ………!」

 ------来るなッ!

「ッ!?」
「--------爆殿!」
 一度に色んな所に重力がかかったようだ。
 パラ……と踏み出した時、蹴った小石が暗い渓谷へ吸い込まれる。
 カイが引寄せてくれなかったら、自分が落ちていた。
「……危ない……です………」
 ここまで全力疾走したらしいカイは酸素が足りないのか、言葉が途中で消え陸に上がった魚のように口をぱくぱくさせた。
 ひゅんと冷たい夜風が通り過ぎる。
 ……予感めいたものはあった。
 自分の両親、少なくともそのどちらかは。
 すでにこの世には居ないのではないか、と……
「……………」
 それでも、両親揃って何時か暮らせる時を。
 まるで夢見なかった訳でも。
 無い。
「爆殿……どうしてこんな所に……?」
 ようやく落ち着いたカイは問いかけた。
 ここは祭りの会場からかなりかけ離れた森の中。
 自分もなんで此処へ来たのか不思議なくらいだ。
 ただ、何かが呼んだような気がして。
 カイの言葉に爆は振り向き……やおらその頬を抓る。
「いらいでふよ、ばくろにょ」
 痛さを訴えたらあっさり離してくれた。
 爆の様子を訝しみながら抓られた頬を摩っていると、爆は倒れ込むように、今度は自分の胸に身を預ける。
 それは縋っているようにも、見えた。
「ばばばばばば、爆殿!?」
 抱き付かれるのは別に嫌ではなくて、むしろ嬉しいくらいだが、何もこんな汗まみれでは……!
 なんておたおたするカイでも、気づく。
 自分の浴衣を握る手と、肩が、吐息が震えている。
「カイ……カ……イ……っ…」
 たどたどしく呼ぶ爆に、デジャヴを覚える。
「……………」
 何があったのか、とか、どうしたのか、とか。
 理由も訳も訊かず、その背中をそっと抱き締めた。
 ドン!と大きな振動が辺りの空気ごと揺らす。
「花火が………」
 生い茂る密林の中で、まるでそこがそのように作られた空間であるように。
 カイの視線を避けて樹が生え、花火がよく見れた。

 夏の夜の。
 宴を飾る空に咲いた花の色は赤。
 垂れて闇に消えるその形は、彼岸花を連想させた。

「……終わりましたね」
「あぁ……」
 涙の跡と、赤くなった双眸が痛々しい。
 結局、その場所で花火を見た。
 例の場所は……まぁ、次回のお楽しみという事で。
 ……来年もきっと側に居るから。ずっと。
「……何だか、寂しいですね。あっという間に消えてしまって」
「いいんだ。消えても」
 爆が言う。
「もしずっと空にあったら、誰も……」


 だから人も死に行くのだと、
 諭すように言うのです





月瀬様リクのカイ爆……というわりには二人一緒の場面が少ないような(ダメじゃん!)。
コンセプトは”朱金”なので花火にしてみました〜vこ、これでよかったのかな〜?
まぁ、一応カイは爆の心の拠り所なのよ、というのを。だから真もカイの姿になったのよ〜(いきなりバレるとまずいから信頼している人に化けた)
爆にとっては最初で最後の父子の会話です。あぁ、爆を泣かせてもうた……

ちなみに”またはぐれた”は”石言葉”の時。はぐれてばっかな二人です。